現代|第20章 現代のフランス(1970年代〜)
この章の狙い
要点: 現代のフランスを理解する鍵は、「共和政の原則」と「実際の社会」のあいだの緊張にある。
法の下の平等、政教分離、市民は宗教や出自ではなく個人として扱われるという原則。その原則と、旧植民地からの移民とその子孫を含む実際の社会構成とのあいだで、繰り返し論争が起きてきた。
そして過去をどう語るか。ヴィシー、アルジェリア、奴隷制。記憶をめぐる問題が、現在の政治の一部になっている。
年表
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1981年 | ミッテラン大統領。左派が初めて政権を取る |
| 1981年 | 死刑の廃止 |
| 1982年 | 地方分権の改革 |
| 1986年 | 大統領と議会の多数派が異なる状態が初めて生じる |
| 1989年 | 公立学校での宗教的な服装をめぐる議論が始まる |
| 1992年 | マーストリヒト条約を国民投票で承認(僅差) |
| 1995年 | 大統領がヴィシー政府の責任を公式に認める |
| 1999年 | アルジェリアでの出来事を「戦争」と呼ぶことが法的に定められる |
| 2002年 | ユーロの現金流通が始まる |
| 2004年 | 公立学校での目立つ宗教的な標章を禁じる法律 |
| 2005年 | ヨーロッパ憲法条約を国民投票で否決。郊外での大規模な騒擾(そうじょう) |
| 2001年 | 奴隷貿易と奴隷制を人道に対する罪と認める法律 |
| 2008年 | 世界金融危機の影響 |
| 2015年 | パリで大規模なテロ事件 |
| 2018〜2019年 | 燃料税をきっかけとする抗議運動 |
| 2020年代 | 感染症の流行、物価と年金をめぐる論争 |
政治の枠組み
⚡ 1981年以後に定着したこと
- 政権交代が制度の中で起きるようになった。左派も右派も政権を担う。
- 大統領と議会の多数派が異なる状態が、複数回生じた。このとき首相が内政を主導する。
- 2000年代に大統領の任期が7年から5年に短縮され、議会選挙と時期が近づけられた。
- 地方分権が進み、地域圏に権限が移された。
| 政策の転換 | 内容 |
|---|---|
| 1981年 | 死刑廃止、国有化、労働時間の短縮 |
| 1983年 | 緊縮への転換。ヨーロッパ通貨制度にとどまることを選ぶ |
| 1990年代以降 | 民営化と財政規律。左右の経済政策の差が縮まる |
ヨーロッパ統合
⚡ フランスにとっての統合
- 戦後の出発点は、ドイツとの関係を安定させることにあった(第18章)。
- 1992年のマーストリヒト条約は、国民投票で僅差(きんさ)の承認にとどまった。国内が二分されていることが可視化された。
- 2002年にユーロが流通する。通貨政策の自由度が変わる。
- 2005年、ヨーロッパ憲法条約が国民投票で否決された。統合への支持が一様でないことが示された。
- 統合をめぐる対立は、左右の枠に収まらない。両側に賛成派と反対派がいる。
移民と共和政の原則
- 📘 共和政の原則:市民を、宗教・出自・民族ではなく個人として、法の下で等しく扱うという考え方。公的な統計で人種や宗教を集計しないという運用もこれに基づく。
⚡ どこで緊張が生じるか
- 原則は「差異を公的に認めない」ことで平等を守ろうとする。
- しかし現実には、出自による差別と、居住・雇用・教育の格差が存在する。
- 差異を数えないため、差別の実態を測ることが難しいという指摘がある。
- 一方で、集計すること自体が分断を強めるという反論もある。
- この論争に唯一の答えはない。レポートで扱うなら、両方の立場を根拠とともに示す。
⚠️ 郊外という言葉
- フランス語の「郊外」は、しばしば大規模団地と社会的な困難を指す語として使われる。
- 1950〜60年代に建設された団地(第18章)が、産業の衰退とともに困難を抱えた。
- 2005年の騒擾は、この状況が可視化された出来事として扱われる。
- この語が持つ含みそのものが、分析の対象になる。
政教分離をめぐる現在の論争
1905年の法律(第14章)は、現在も原則として生きている。しかし適用の範囲が争われてきた。
| 年 | 内容 |
|---|---|
| 1989年 | 公立中学での宗教的な服装をめぐって議論が始まる |
| 2004年 | 公立学校で目立つ宗教的な標章を身につけることを禁じる法律 |
| 2010年 | 公共空間で顔を覆うことを禁じる法律 |
| 以後 | 適用範囲をめぐる論争が続く |
⚠️ 扱うときの注意
- 政教分離は、フランスでは「国家の中立」と理解されるが、その具体的な適用は一様ではない。
- 国によって政教関係の考え方が違う。他国の枠組みでそのまま評価しない。
- 賛否の両方に、共和政の原則に立つ論拠がある。
記憶の問題
⚡ 過去をどう語るかが政治になる
- ヴィシー — 1995年に国家の責任が公式に認められた(第17章)。
- アルジェリア — 1999年に「戦争」という語が公式になった(第18章)。拷問や引き揚げ、現地協力者の扱いをめぐる議論は続いている。
- 奴隷制 — 2001年の法律で、奴隷貿易と奴隷制が人道に対する罪と認められた(第15章)。
- 植民地 — 教育でどう教えるかをめぐって論争が起きた。
- これらはすべて、この教材の前の章の内容が現在に接続している例にあたる。
社会の条件
| 条件 | 内容 |
|---|---|
| 人口 | ヨーロッパの中では出生率が比較的高い。高齢化は進む |
| 経済 | 失業が長期にわたり高い水準にある。地域差が大きい |
| 教育 | 進学率は上がったが、出身による格差が指摘され続けている |
| 都市 | 大都市圏への集中と、地方の縮小 |
| メディア | インターネットの普及で、世論の形成の場が大きく変わった |
文学とのつながり
⚡ 現代の作品を読むときに要る背景
- 移民と郊外を書く文学 — 1980年代以降、移民の子の世代による作品が現れる。第18・19章の内容が前提になる。
- 記憶の文学 — 占領期を書き続ける作家がいる(作品と作家の領域の最終章を参照)。書けないことを書くという主題は、この章の記憶の問題と重なる。
- フランス語圏の文学 — 旧植民地の作家が、フランス語で書きながらフランスを相対化する。
- 自伝的な書き方 — 出身階層と教育をめぐる経験を書く作品が、近年よく読まれている。
- 政教分離と共和政の原則 — 現代の論争そのものが、作品の主題として扱われることがある。
⚠️ 現代を扱うときの注意
- 現在進行中の事柄は、評価が定まっていない。「〜という議論がある」と書く。
- 統計と出来事の年は、必ず出典を確かめる。記憶で書かない。
- 政治的な立場が分かれる主題では、両論を示す。
- 教材の記述は、書かれた時点のものである。最新の状況は自分で確かめる。
現代史をレポートで扱う手順
評価が定まっていない主題を扱うときは、手順を決めておくと安全である。
⚡ 5段階
- 1. 事実を確定する。年・法律の名称・数字。必ず複数の資料で確かめる。
- 2. 用語を選ぶ。評価を含む語は、誰の語かを明示する(第15章)。
- 3. 立場を並べる。主要な議論を2つ以上、根拠つきで示す。
- 4. 自分の判断を書くなら、根拠を限定する。「本稿が扱った範囲では」と付ける。
- 5. 記述の時点を書く。「20XX年時点で」。
⚠️ 避けること
- 現在進行中の事柄について断定する。
- 一方の立場の用語だけで記述する。
- 統計を出典なしに書く。
- 作品の主題を、現代の論争に直結させて説明を済ませる。作品の記述を根拠にする(文学研究の方法の領域を参照)。
この教材と他の領域のつなぎ方
| 知りたいこと | 開く領域 |
|---|---|
| その時代に何が起きたか | この教材(03) |
| その時代にどんな作品が書かれたか | フランス文学史(02) |
| 個々の作品の中身 | 作品と作家(10) |
| その時代の考え方 | 思想・哲学(04) |
| 美術・音楽・建築 | 文化と芸術(05) |
| 論の立て方・引用の作法 | 文学研究の方法(07) |
| 読み方の枠組み | 文学理論・批評(08) |
⚡ 使う順序の例
- 作品が指定された → 10で中身を押さえる → 03で刊行年の背景を引く → 07で問いを立てる。
- 時代から入る → 02で流れを見る → 03で条件を確かめる → 10で個別の作品へ。
⚡ 第20章の通過チェック
- 1981年以後に定着した政治の枠組みを4つ言える
- 1983年の経済政策の転換を言える
- 1992年と2005年の国民投票の結果を言える
- 共和政の原則とは何か、どこで緊張が生じるかを説明できる
- 政教分離をめぐる2004年と2010年の法律を言える
- 記憶の問題として、ヴィシー・アルジェリア・奴隷制それぞれの年を言える
- 現代を扱うときの注意を4つ言える
この教材を終えて
20章で、ガリアから現在までを通した。細部は忘れてよい。残しておくのは順序と、時代ごとの条件である。
⚡ これからの使い方
- 作品の刊行年が分かったら、早見表でその年を引く。同じ年に何があったかが出る。
- 作中の年と刊行年が違うなら、両方を引く(第1章)。
- 人物の行動が理解できないとき、その時代の制度を見る。身分・相続・徴兵・検閲。
- レポートで背景を書くときは、年表ではなく条件を書く。「その時代に何が可能だったか」。
この教材が扱わなかったのは、思想の中身と、芸術の中身である。なぜその時代にその考え方が現れたのか、どんな絵が描かれ、どんな音楽が作られたのか。それを扱うのが、思想・哲学の領域と、文化と芸術の領域にあたる。
歴史という骨格ができたいま、次はその上に載る中身である。