現代|第19章 第五共和政と1968年5月(1958〜1970年代)
この章の狙い
要点: 1968年5月の数週間で、フランス社会の空気が変わった。学生の運動から始まり、全国で1000万人規模のストライキに広がった。政権は倒れなかったが、社会の側が変わった。
そして1970年代、高度成長が終わり、女性の権利をめぐる法律が相次いで成立する。現在のフランス社会の輪郭は、この時期にほぼできあがる。
年表
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1958年 | 第五共和政の憲法。ド・ゴールが大統領に |
| 1960年 | 核実験。独自の防衛路線 |
| 1962年 | 大統領の直接選挙を国民投票で決める |
| 1966年 | 北大西洋条約機構の軍事機構から離脱 |
| 1968年5月 | 五月危機 |
| 1969年 | ド・ゴールが国民投票に敗れて辞任 |
| 1969〜1974年 | ポンピドゥー大統領 |
| 1973年 | 石油危機。成長が止まる |
| 1974年 | ジスカール・デスタン大統領。選挙権年齢が18歳に |
| 1975年 | 人工妊娠中絶を認める法律。離婚の要件が緩和される |
| 1970年代後半 | 失業の増加。「危機」が常態になる |
| 1981年 | ミッテラン大統領(第20章へ) |
第五共和政という制度
⚡ 他の共和政と何が違うか
- 大統領の権限が大きい。首相を任命し、議会を解散でき、非常事態の権限を持つ。
- 1962年から国民が直接選ぶ。大統領が国民から直接の正統性を得る。
- 議会の権限は抑えられている。政府が議事の主導権を握る仕組みがある。
- 安定した多数派を作りやすい。第四共和政の短命内閣(第18章)への反省にあたる。
⚠️ 制度が生む問題
- 大統領に権限が集中する。批判が制度そのものに向かうことがある。
- のちに、大統領と議会の多数派が異なる状態が生じる。このとき政策の主導権が首相に移る(第20章)。
1960年代の社会
経済成長が続き、生活が大きく変わった。
| 変化 | 内容 |
|---|---|
| 消費 | 自動車・テレビ・家電が広く普及した |
| 都市 | 郊外に大規模な団地が建設される。農村から都市への移動が続く |
| 教育 | 大学生が急増した。1950年代から60年代にかけて数倍になる |
| 若者 | 人口に占める若い世代の比重が高い。独自の文化が現れる |
| 女性 | 就労が増える。しかし法的な不平等は残っていた |
⚡ 不満が生まれた場所
- 大学 — 学生が急増したのに、施設も制度も追いつかない。規則も古いままだった。
- 工場 — 成長のなかでも、労働条件と賃金への不満が残っていた。
- 社会の規範 — 家族・性・権威をめぐる意識が、制度と合わなくなっていた。
- 政治 — 10年続いた体制への閉塞(へいそく)感。
1968年5月
⚡ 経過
- 5月初め — パリの大学での紛争が、警官隊との衝突に発展した。
- 5月中旬 — 学生の運動に労働組合が呼応し、ストライキが全国に広がった。参加者は1000万人規模とされる。
- 工場の占拠が各地で起きた。経済が事実上止まる。
- 5月末 — 賃上げなどの合意がまとまり、大統領が議会を解散した。
- 6月の選挙 — 与党が大勝した。政権は倒れなかった。
⚠️ 「失敗した」で終わらせない
- 政治的には現状維持に終わったが、社会の側の変化は大きかった。
- 権威との関係が変わった。学校、職場、家庭での上下関係が問い直された。
- 女性の運動、地域の運動、環境の運動が、その後に広がる。
- 文化と表現の面でも、この年を境として語られることが多い。
- 評価は今も分かれている。「解放」と見るか「秩序の崩壊」と見るかで、政治的な立場が分かれる。
1969年、ド・ゴールは地方制度をめぐる国民投票に敗れて辞任した。
1970年代 — 成長の終わりと権利の拡大
1973年の石油危機を境に、高度成長が終わる。
| 分野 | 変化 |
|---|---|
| 経済 | 失業が増え、以後も減らない。「危機」が一時的でなくなる |
| 産業 | 炭鉱・鉄鋼・繊維など、古い産業地域が衰退する |
| 移民 | 1974年に労働移民の受け入れが原則停止される。しかし家族の呼び寄せは続く |
| 郊外 | 団地に低所得層と移民世帯が集中していく |
⚡ 同時に権利が広がった
- 1974年 — 選挙権年齢が18歳に引き下げられた。
- 1975年 — 人工妊娠中絶を認める法律が成立した。激しい議論を経ての成立にあたる。
- 1975年 — 離婚が合意によっても可能になった。
- 1970年代を通じて、民法典の家族に関する規定が改められていく(第10章の家父長的な規定が、ここで解体される)。
社会の条件
| 条件 | 内容 |
|---|---|
| 世代 | 戦後生まれの世代が社会の中心に出てくる |
| メディア | テレビが全国に普及。国営放送の位置づけが論点になる |
| 地方 | 地域言語と地域文化を求める動きが強まる |
| 環境 | 公害と原子力をめぐる運動が現れる |
| 労働 | 組合の力が強い一方、失業が構造化していく |
文学とのつながり
⚡ この時期の文学の条件
- 理論の隆盛(りゅうせい) — 1960年代から70年代にかけて、言語・構造・記号をめぐる理論が文学研究に大きく入ってくる。詳しくは文学理論の領域で扱う。
- 1968年と文学 — 出版・書店・雑誌の側でも新しい試みが現れた。書く行為の政治性が問われた。
- 女性の書き手 — 権利をめぐる運動と並行して、女性の書き手と読者の位置が変わる。
- ヌーヴォーロマン以後 — 小説の形式をめぐる実験が続く一方、自伝的な書き方への関心も強まる。
- 移民の経験を書く文学 — 郊外と移民世帯の増加を背景に、後の世代の作家が現れる(第20章)。
⚠️ この時代で混同しやすい形
- 五月危機で政権が倒れたと考える。6月の選挙で与党が大勝している。辞任は翌年である。
- 大統領の直接選挙を1958年からと考える。1962年の国民投票で決まった。
- 1974年に移民が来なくなったと考える。労働移民の受け入れ停止であり、家族の呼び寄せは続いた。
- 1975年の法律を無条件の容認と考える。期間などの条件つきの法律にあたる。
1968年の評価はどう変わったか
同じ出来事の評価が、数十年で何度も変わっている。
| 時期 | どう語られたか |
|---|---|
| 直後 | 秩序の崩壊として批判する側と、解放として肯定する側に分かれた |
| 1970〜80年代 | 参加した世代が社会の中心に出て、肯定的な語りが強まる |
| 1990年代以降 | 個人主義と消費社会を準備したという批判が現れる |
| 2000年代以降 | 政治的な争点として繰り返し持ち出される |
⚡ この変化から学ぶこと
- 近い過去ほど、評価が政治的になる。
- 「何が起きたか」と「どう評価されてきたか」を分けて書く。
- これは第13章のコミューン、第17章のヴィシーと同じ構造にあたる。
- 記憶の変遷そのものが、研究の主題になる。
制度と社会のずれ
⚠️ 1960年代を「豊かな時代」だけで見ない
- 生活水準は上がったが、法律は追いついていなかった。既婚女性の権利、家族に関する規定(第10章の民法典)。
- 大学の制度と規則も、旧来のままだった。
- 移民労働者の住環境は劣悪な例が多かった。
- 成長の恩恵は一様ではない。地域と階層で差がある。
- 五月危機は、この「ずれ」が表に出た出来事として説明されることが多い。
⚡ 第19章の通過チェック
- 第五共和政が他の共和政と違う点を4つ言える
- 大統領の直接選挙が決まった年を言える
- 1960年代に不満が生まれた場所を4つ言える
- 五月危機の経過を、5月初めから6月の選挙まで言える
- 五月危機の政治的な結果と、社会的な帰結を分けて説明できる
- 1973年以降に何が変わったかを4つ言える
- 1974年と1975年に成立した権利に関する法律を言える
次章へ
最終章は現代のフランスである。1981年の政権交代から現在まで。
ヨーロッパ統合、共和政の原則をめぐる論争、移民と郊外、そして記憶の問題。この章の内容が、いまフランス語で書かれている文学の背景にあたる。