大学のフランス語へ|第20章 フランス語史と語源、辞書と調べ方
この章の狙い
要点: この章は、知らないことを調べられるようにするための章である。第2章で「綴りは古い発音の化石である」と書いた、その中身をここでたどる。歴史が分かると、例外に見えていたものの多くが理由のある形だと分かる。
後半は道具の話にあてる。辞書の使い分け、活用形から不定形(ふていけい)をたどる手順、古い綴りに出会ったときの対処。4年間の読解を支えるのは、この手順である。
ラテン語からフランス語へ
フランス語はラテン語から変化してできた言語で、イタリア語・スペイン語・ポルトガル語・ルーマニア語と姉妹関係にある。
- 📘 ロマンス諸語:ラテン語から分かれてできた言語の総称。フランス語もその1つ。
- 📘 俗ラテン語(ぞくラテンご):古典ラテン語ではなく、実際に話されていたラテン語。ロマンス諸語の直接の親にあたる。
| 時期 | 呼び名 | 目印になる出来事 |
|---|---|---|
| 〜5世紀 | 俗ラテン語 | ガリアがローマの支配下に入る |
| 9〜13世紀 | 古フランス語 | 842年『ストラスブールの誓約』が最古の記録 |
| 14〜16世紀 | 中期フランス語 | 1539年、行政文書をフランス語で書く決まりができる |
| 17世紀〜 | 近代フランス語 | 1635年アカデミー・フランセーズ創設、1694年その辞典の初版 |
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フランス文学史(第2章にあたる分野)の中世の作品は古フランス語で書かれているので、現代語訳で読むのが普通である。16世紀のモンテーニュあたりから、注釈つきで原文が読めるようになる。
なぜ綴りと発音がずれたのか
理由は3つある。どれも「綴りが先に固定され、発音が後から変わった」という同じ形をしている。
⚡ 綴りと発音がずれた3つの理由
- 1. 語末の子音が読まれなくなった。中世には読んでいたものが、17〜18世紀にかけて消えた。綴りだけが残った。
- 2. 綴りが17世紀に固定された。アカデミー・フランセーズが辞典を編み、そこで形が定まった。以後、発音が変わっても綴りは動きにくくなった。
- 3. 語源を示す文字が足りされた。ラテン語の形に近づけるため、発音しない文字をわざわざ加えた例がある。
3つ目の例が分かりやすい。doigt(指)の g は、ラテン語 digitus に由来することを示すために加えられた文字で、発音されたことは一度もない。temps の p も同じくラテン語 tempus に由来する。
| 語 | 発音しない文字 | もとのラテン語 |
|---|---|---|
| doigt | g | digitus |
| temps | p | tempus |
| corps | p | corpus |
| sept | p | septem |
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この種の文字は、辞書を引くときの手がかりになる。英語の digit、temporal、corpse と結びつけて意味を推測できる。
語彙の3つの層
フランス語の語彙は、入ってきた経路によって3つに分かれる。
| 層 | 説明 | 例 |
|---|---|---|
| 民衆語 | ラテン語から自然に変化して伝わった語。音が大きく変わっている | hôtel、frêle、écouter |
| 学者語 | 後の時代にラテン語から改めて取り入れた語。もとの形に近い | hôpital、fragile、ausculter |
| 借用語 | 他の言語から入った語 | jardin(ゲルマン系)、algèbre(アラビア語) |
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- 📘 二重語(にじゅうご):同じラテン語から、民衆語と学者語の両方の形で伝わった語のペア。
| ラテン語 | 民衆語 | 学者語 |
|---|---|---|
| hospitale | hôtel | hôpital |
| fragilis | frêle | fragile |
| causa | chose | cause |
| integrum | entier | intègre |
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意味がずれていることに注意する。同じ語源でも、hôtel と hôpital は別の意味になった。語源が同じことは、意味が同じことを保証しない。
英語との関係
1066年のノルマン征服により、英語に大量のフランス語が入った。英語の語彙のかなりの部分がフランス語由来である。
| 英語(フランス語由来) | フランス語 |
|---|---|
| government | gouvernement |
| liberty | liberté |
| courage | courage |
| forest | forêt(s が消えた) |
この対応関係は、語彙を覚えるときの最大の武器になる。-tion、-té(英語の -ty)、-ment、-able で終わる語は、多くがそのまま対応する。
⚠️ 形が似ていて意味が違う語
- actuel は「現在の」(英語 actual ではない)
- librairie は「書店」(図書館は bibliothèque)
- assister à は「出席する」(助けるは aider)
- rester は「とどまる」(休むは se reposer)
- こうした語は、似ているからこそ間違える。出会うたびに書き留める。
古い綴りと語形
原文を読むときに出会う形を、いくつかまとめる。第19章の「綴りの違いを疑う」手順の中身にあたる。
| 見かける形 | 現代の形 | 説明 |
|---|---|---|
| françois | français | oi の綴りが [ɛ] を表していた。1835年に改まった |
| j'avois | j'avais | 同じ理由。半過去の語尾 |
| enfans | enfants | 複数形の t を省く綴りが19世紀まで使われた |
| poëte | poète | トレマがアクサン・グラーヴに変わった |
| très-bon | très bon | 19世紀にはハイフンで結んだ |
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1990年には正書法(せいしょほう)の改定が提案され、いくつかの語で2通りの綴りが認められている(例:oignon と ognon)。どちらも誤りではないので、答案で見かけても混乱しなくてよい。
辞書の使い分け
| 種類 | 何のために | いつ使うか |
|---|---|---|
| 仏和辞典(学習用) | 意味・発音・名詞の性・動詞の型 | 日常。最初の1冊 |
| 活用表 | 動詞の形の確認 | 活用形から不定形が分からないとき |
| 仏仏辞典 | フランス語の定義でフランス語を理解する | 3年次以降 |
| 語源辞典・歴史的辞典 | 語の意味の変遷 | 作品の語を精密に読むとき |
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無料で使えるものでは、CNRTL が最も強力である。
- 📘 CNRTL:フランス国立の言語資源センターが公開するサイト。『フランス語宝典』の全文が引け、語義の歴史・語源・用例まで載る。
19世紀以前の作品を読むときは、現代の仏和辞典では足りないことがある。当時の意味を確かめるには、語義の歴史が載っている辞典が要る。ここが、文学専攻の読解と一般的な語学学習との分かれ目になる。
調べ方の手順
分からない語に出会ったときの順序を決めておく。行き当たりばったりに引くと、時間だけが減る。
⚡ 分からない語に出会ったときの5手順
- 1. 品詞と役割を見る。動詞か名詞か。文の中で主語か目的語か。
- 2. 動詞なら、活用形から不定形を割り出す。語尾から時制の見当を付ける(-ait なら半過去、-ait ではなく -a なら単純過去、など)。
- 3. 綴りの違いを疑う。古い綴りなら現代の形に直す(françois → français)。
- 4. 辞書を引く。意味が複数あるときは、文脈に合うものを選ぶのではなく、全部読んでから選ぶ。
- 5. それでも合わないときは、語義の歴史を引く。当時の意味が現代と違う場合がある。
4の「全部読む」が重要である。最初に目に入った訳語を当てはめると、そこから先の読みがすべてずれる。時間はかかるが、結果的に速い。
読む・聴く
語源から語彙を増やす
接尾辞を知っていると、知らない語でも品詞と意味の方向が分かる。
| 接尾辞 | 品詞・意味 | 例 |
|---|---|---|
| -tion、-sion | 女性名詞。動作・結果 | traduction、décision |
| -té、-ité | 女性名詞。性質 | liberté、difficulté |
| -ment | 男性名詞。動作・結果 | changement、mouvement |
| -eur、-euse | 人・道具 | traducteur、chanteuse |
| -able、-ible | 形容詞。〜できる | lisible、faisable |
| -ique | 形容詞。〜的な | poétique、historique |
| -isme | 男性名詞。主義・流派 | romantisme、réalisme |
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文学の用語はこの形でできている。romantisme、réalisme、naturalisme、symbolisme、surréalisme はすべて -isme で、文学史の時代区分の名前にそのまま使われる。
読み物 — Pourquoi l'orthographe est difficile(なぜ綴りは難しいのか)
| フランス語 | 日本語 |
|---|---|
| L'orthographe française n'est pas illogique : elle est ancienne. | フランス語の正書法は非論理的なのではない。古いのである。 |
| Elle garde la trace de mots qu'on ne prononce plus. | それは、もう発音されない語の痕跡(こんせき)を保っている。 |
| Le g de « doigt » vient du latin digitus. | doigt の g はラテン語 digitus に由来する。 |
| On ne l'a jamais prononcé en français. | フランス語でそれが発音されたことは一度もない。 |
| Quand on connaît l'histoire, les exceptions deviennent des règles. | 歴史を知れば、例外は規則になる。 |
語注
| 語 | 品詞・意味 |
|---|---|
| orthographe | 女性名詞。正書法、綴り |
| illogique | 形容詞。非論理的な |
| ancien | 形容詞。古い(名詞の後ろに置いた場合) |
| garder | 動詞(第1群)。保つ |
| trace | 女性名詞。痕跡 |
| prononcer | 動詞(第1群)。発音する |
| venir de | 〜に由来する |
| exception | 女性名詞。例外 |
| devenir | 動詞(第3群)。〜になる |
読みどころ
- elle est ancienne の ancienne は être の後ろにあるので、「古い」の意味である(第6章)。
- qu'on ne prononce plus は関係代名詞 que(第14章)と ne … plus(第4章)。
- On ne l'a jamais prononcé の l' は le で、前文の g を指す。過去分詞(かこぶんし)は一致していない(直接目的補語が前にあるので一致するはずだが、指す語が男性単数なので形が変わらない)。
- 最後の文は quand + 現在形。ここは未来のことではなく一般論なので、第13章の未来形の規則は働かない。
大学のフランス語で
語源と語史は、卒業論文のテーマにもなりうる領域である。
| フランス語 | 日本語 |
|---|---|
| Ce mot avait au dix-septième siècle un sens plus large. | この語は17世紀にはより広い意味をもっていた。 |
| L'auteur emploie ce terme dans son acception ancienne. | 作者はこの語を古い語義で用いている。 |
| Il faut donc se reporter au dictionnaire de l'époque. | したがって当時の辞書に当たる必要がある。 |
作品の語を当時の意味で読むという作業は、文学研究の基本である。現代の辞書だけで読むと、作者が書いていない意味を読み込んでしまう。この点は、文学研究の方法を扱う分野でさらに詳しく扱う。
⚡ 第20章の通過チェック
- フランス語がラテン語から変化してできたことを、4つの時期で説明できる
- 綴りと発音がずれた3つの理由を言える
- doigt の g が発音されない理由を言える
- 二重語とは何かを、例を挙げて説明できる
- 英語と似ていて意味が違う語を4つ言える
- 古い綴りを4つ挙げ、現代の形に直せる
- 分からない語に出会ったときの5手順を言える
- 文学用語に使われる接尾辞を5つ言える
次章へ
ここまでの20章で、現代フランス語の初級文法と、文学作品を読むための最低限の知識が一周した。
そして、この20章が扱わなかったものが1つある。語彙の量である。文法は20章で終わるが、語彙には終わりがない。
次章から第26章までが単語帳である。A1からB2まで、約2,500語を主題ごとに並べ、語法と熟語を加えた。まず第21章で、語彙をどう増やすかの手順を決める。
⚡ ここからの回し方
- 参照層(第3章〜第18章)は、授業で詰まったときに引く。通読はもうしなくてよい。
- 単語帳(第22章〜第26章)は、毎日少しずつ。一問一答と往復させる。
- 訓練層は続ける。正答率の低い分野が、そのまま読み直す章になる。
- 教材層は、この教材の外へ出す。授業の教科書、講読の記事、そして作品の原文へ。
第1章で決めた通過条件に戻って、いま自分がどの段階にいるかを確かめる。A2を抜けていれば、講読の授業についていける。B1に入っていれば、原文で作品が読める。