大学のフランス語へ|第19章 文学フランス語 — 単純過去と文語の形
この章の狙い
要点: ここで扱う形は、自分で書くことはまずない。しかし読めなければ作品に入れない。小説の地の文は単純過去で書かれており、古典作品には接続法(せつぞくほう)半過去が出る。詩を読むには音節(おんせつ)を数える必要がある。
つまりこの章は、受け身の知識でよい。活用を自分で作れる必要はなく、目の前の形を見て「これは何の時制か」が分かればいい。その分、覚え方も違ってくる。3人称単数と3人称複数だけを確実にするのが実践的である。
単純過去
- 📘 単純過去:書き言葉で、完了した出来事を表す時制。小説の地の文、歴史記述、伝記で使われる。話し言葉では使わない。
複合過去と意味はほぼ同じで、違うのは使われる場所である。
| 時制 | 使われる場所 |
|---|---|
| 複合過去 | 会話、手紙、新聞、論文、解説 |
| 単純過去 | 小説の地の文、歴史記述、伝記 |
同じ本の中で使い分けられることもある。地の文は単純過去、登場人物の会話は複合過去、という配分になる。
作り方は3つの型
語尾の母音で3つに分かれる。a・i・u のどれかが入ると考えると見分けやすい。
| 型 | 動詞 | il | ils |
|---|---|---|---|
| a 型(-er 動詞) | parler | il parla | ils parlèrent |
| i 型 | finir、partir、prendre、faire、voir、dire | il finit、il prit、il fit、il vit | ils finirent、ils prirent |
| u 型 | être、avoir、savoir、pouvoir、vouloir、devoir、connaître | il fut、il eut、il sut、il put | ils furent、ils eurent |
← 横に動かして読めます →
venir と tenir だけが別の形をとる。il vint / ils vinrent、il tint / ils tinrent。
⚡ 読むために必要な最小限
- il / ils の形だけを確実にする。地の文は3人称で進むので、これで9割は読める。
- -a / -it / -ut で終わっていたら単純過去、と当たりを付ける。
- -èrent / -irent / -urent は3人称複数。
- 迷ったら辞書か活用表を引く。自分で作る必要はない。
紛らわしい形が2つある。
| 形 | どちらか |
|---|---|
| il finit | 現在形とも単純過去とも読める(文脈で決まる) |
| il fut / il fit | fut は être、fit は faire。1文字違いで別の動詞 |
前過去
- 📘 前過去:単純過去の助動詞に過去分詞(かこぶんし)を続けた時制。単純過去より前に完了したことを表す。
| 型 | 例 |
|---|---|
| avoir の単純過去 + 過去分詞 | il eut fini |
| être の単純過去 + 過去分詞 | il fut parti |
quand、dès que、aussitôt que のあとでだけ使われる、非常に限られた形である。
| 例 | 意味 |
|---|---|
| Quand il eut fini, il sortit. | 終えると、彼は出て行った |
大過去(第12章)と役割は同じで、単純過去の文脈で使う版だと考えればよい。
接続法半過去・接続法大過去
古典作品(17〜19世紀)に出る形である。現代では、書き言葉でもほとんど使われない。
| 形 | 例 |
|---|---|
| 接続法半過去 | qu'il parlât、qu'il fût、qu'il eût |
| 接続法大過去 | qu'il eût parlé |
アクサン・シルコンフレクスの付いた3人称単数が目印になる。現代語なら接続法現在(qu'il parle)で書かれる場所である。
| 古典の形 | 現代の形 |
|---|---|
| Je voulais qu'il vînt. | Je voulais qu'il vienne. |
| Il fallait qu'elle fût prête. | Il fallait qu'elle soit prête. |
読めれば十分で、書けなくてよい。ただしモリエール、ラシーヌ、フローベールを原文で読むときには必ず出るので、形として知っておく必要がある。
文語の特徴
時制以外にも、文章語に特有の形がある。
| 特徴 | 例 | 説明 |
|---|---|---|
| ne だけの否定 | Je ne puis vous dire … | pouvoir、savoir、cesser、oser では pas を省くことがある |
| 倒置 | Ainsi parla le roi. | 副詞や副詞句が文頭に来ると主語と動詞が入れ替わる |
| 挿入の多用 | L'auteur, qui avait alors vingt ans, publia … | 関係節や同格が名詞のあとに挟まる |
← 横に動かして読めます →
倒置と挿入は、第14章の「関係節を切り出す手順」がそのまま使える。挿入をいったん外して、主語と動詞をつなぐ。
詩を読む — 音節の数え方
フランス語の詩は、1行の音節数で形式が決まる。数えられなければ形式が分からない。
- 📘 アレクサンドラン:12音節でできた詩句。フランス古典詩の基本形で、悲劇と多くの近代詩がこの形をとる。
- 📘 半句(エミスティッシュ):アレクサンドランを6音節ずつに区切った前半と後半。その切れ目を句切れ(セジュール)という。
数えるときの規則は3つで、そのうち2つは第2章で扱った内容である。
⚡ 音節を数える3つの規則
- 1. e muet は、次の語が子音で始まるなら1音節として数える。次が母音なら数えない(エリジオンする)。
- 2. 行末の e muet は数えない。
- 3. リエゾンは通常どおり行う。
ラシーヌ(Jean Racine, 1639-1699)の悲劇『アンドロマック』(Andromaque, 1667)の一句で数えてみる。
| 音節 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 前半 | Je | t'ai | mais | in | cons | tant |
← 横に動かして読めます →
| 音節 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 後半 | qu'au | rais | -je | fait | fi | dèle |
← 横に動かして読めます →
6音節目のあとで切れるのが古典悲劇のアレクサンドランである。この句切れ(くぎれ)を無視して読むと、詩句のリズムが崩れる。
第2章で読んだヴェルレーヌ「秋の歌」の冒頭は、4音節・4音節・3音節という短い詩句でできている。
| 行 | 音節数 |
|---|---|
| Les sanglots longs | 4 |
| Des violons | 4 |
| De l'automne | 3 |
violons は vi-o-lons で3音節である。母音が続くとき、1音節に数えるか2音節に数えるかは詩によって変わる。ここでは3音節に数えないと4音節にならない。このように、音節数のほうから読み方が決まることがある。
韻
- 📘 韻(ライム):行末の音のそろい。フランス詩では、行末の母音とそれ以降の音が一致することをいう。
並べ方に名前が付いている。
| 名前 | 型 | 説明 |
|---|---|---|
| 平韻 | AABB | 2行ずつそろえる |
| 交差韻 | ABAB | 1行おきにそろえる |
| 抱擁韻 | ABBA | 外側と内側でそろえる |
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そろっている音の数によって、豊かさの段階がある。
| 段階 | 条件 |
|---|---|
| 貧しい韻 | 母音1つだけ一致 |
| 十分な韻 | 母音とその前後の子音が一致 |
| 豊かな韻 | 3つ以上の音が一致 |
詩の分析では、韻の種類と豊かさを指摘するのが基本の作業になる。この先の詳しい詩法は、文学研究の領域で扱う。
19世紀の綴りと古い語形
原文を読むと、辞書に載っていない形に出会うことがある。多くは綴りの歴史的な違いである。
| 見かける形 | 現代の形 |
|---|---|
| j'avois | j'avais(半過去の -ois は18世紀まで) |
| enfans | enfants(-nts の t が省かれた綴り) |
| poëte | poète(トレマがアクサンに変わった) |
| très-bon | très bon(19世紀はハイフンで結んだ) |
辞書に無い語に出会ったら、まず綴りの違いを疑う。そのうえで語源辞典を引く。この手順は第20章で扱う。
読む・聴く
読み物 — 単純過去で書かれた文章
以下は本教材で作成した、単純過去の練習用の文章である。il の形だけに注目して読む。
| フランス語 | 日本語 |
|---|---|
| Il se leva tôt et sortit sans bruit. | 彼は早く起き、音を立てずに出て行った。 |
| Il marcha longtemps dans les rues vides. | 彼は人けのない通りを長く歩いた。 |
| Quand il eut trouvé le café, il entra. | カフェを見つけると、彼は中に入った。 |
| Il commanda un café et prit son livre. | コーヒーを注文し、本を取り出した。 |
| Il ne put pas lire : il pensait à autre chose. | 読むことができなかった。別のことを考えていたのだ。 |
読みどころ
- se leva / sortit / marcha / entra / commanda はすべて単純過去。-a は a 型、-it は i 型である。
- prit は prendre、put は pouvoir の単純過去。-it と -ut の違いで型が分かる。
- Quand il eut trouvé は前過去。quand のあとでしか出ない形である。
- il pensait だけが半過去。背景の説明なので、単純過去の文脈でも半過去はそのまま使われる。「線と点」の対立(第12章)は変わらない。
- 最後の文の ne put pas は現代の形。文語では ne put と pas を省くこともある。
大学のフランス語で
授業で原文を読むときの手順は決まっている。
⚡ 原文を読むときの5手順
- 1. 時制を見分ける。単純過去なら地の文、複合過去なら会話か引用。
- 2. 挿入を外す。カンマで挟まれた部分をいったん飛ばし、主語と動詞をつなぐ。
- 3. 関係節を切り出す(第14章の手順)。
- 4. 分からない語の綴りを疑う。古い綴りなら現代の形に直して辞書を引く。
- 5. 韻文(いんぶん)なら音節を数える。形式が分かると、句切れと強調の位置が見える。
この手順を身につけると、辞書を引く回数そのものが減る。読めない原因の多くは語彙ではなく構造にあるからである。
⚡ 第19章の通過チェック
- 単純過去と複合過去が、それぞれどこで使われるかを言える
- 単純過去の3つの型を、il の語尾で見分けられる
- il fut と il fit を区別できる
- 前過去がどんな接続詞のあとで使われるかを言える
- 接続法半過去の目印を言える
- アレクサンドランの音節数と句切れの位置を言える
- 音節を数える3つの規則を言える
- 韻の3つの並べ方を言える
次章へ
最後の章では、なぜフランス語の綴りと発音がこれほどずれているのかを歴史からたどる。第2章で「綴りは古い発音の化石である」と書いた、その中身にあたる。
あわせて、辞書と参考書の使い分け、語源をたどる方法、調べ方の手順を扱う。ここまでの19章が「知っていること」を増やす章だったのに対し、最後の章は「知らないことを調べられるようにする」章である。