20世紀|第16章 プルースト『失われた時を求めて』— 時間を書く
この章の狙い
要点: この作品を通読することは、目標にしなくてよい。日本語訳で十数冊、原文で3千ページを超える。学部の4年間で通読する学生はほとんどいない。
それでも扱う理由は、20世紀の小説がここから変わったからである。何が新しかったのかは、冒頭の数十ページと、最終篇の一場面を読めば分かる。この章は、その2か所にたどり着くための地図にあたる。
作家 — 生涯と位置
- 📘 マルセル・プルースト(Marcel Proust, 1871-1922):『失われた時を求めて』を書いた作家。病弱で、後半生を部屋にこもって執筆に費やした。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1871年 | パリ近郊に生まれる。父は高名な医師 |
| 1880年代 | 喘息(ぜんそく)の発作が始まる。生涯苦しむ |
| 1890年代 | 社交界に出入りする。この観察が後の作品の材料になる |
| 1896年 | 短編集を出すが、注目されない |
| 1900年代 | 英語の美術批評を翻訳する。母の助けを借りて訳した |
| 1905年 | 母の死。以後、社交から退いて執筆に向かう |
| 1913年 | 『スワン家のほうへ』を自費に近い形で刊行 |
| 1919年 | 『花咲く乙女たちのかげに』がゴンクール賞 |
| 1922年 | 死去。最後の3篇は死後に刊行される |
最初の刊行は断られている。複数の出版社が原稿を返した。当時の基準では、筋がなく、文が長すぎると判断された。
作品の成り立ち
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 構成 | 全7篇 |
| 執筆 | 1900年代後半から死の直前まで |
| 刊行 | 1913年から1927年にかけて、断続的に |
| 死後刊行 | 最後の3篇。校正が完了していない部分がある |
| 篇 | 内容の中心 |
|---|---|
| スワン家のほうへ | コンブレーの幼年期/「スワンの恋」(語り手が生まれる前の物語) |
| 花咲く乙女たちのかげに | 海辺の避暑地。少女たちとの出会い |
| ゲルマントのほう | 貴族の社交界への参入と幻滅(げんめつ) |
| ソドムとゴモラ | 隠された欲望の発見 |
| 囚われの女 | アルベルチーヌへの嫉妬(しっと)と監視 |
| 消え去ったアルベルチーヌ | 喪失と忘却 |
| 見出された時 | 時間の作用の発見と、作品を書く決意 |
死後刊行の3篇には、決定版の問題がある。校正が完了していないため、版によって本文が違う。研究で扱うときは版の明記が必要になる。
あらすじ
全体の骨格だけを示す。
語り手(作中で一度だけ「マルセル」と呼ばれる可能性が示唆される)は、眠りと目覚めのあいだで、かつて眠った部屋を次々に思い出すところから語り始める。
幼年期のコンブレー。母のおやすみのキスを待つ夜。紅茶に浸したマドレーヌを口にした瞬間、忘れていた町の全体がよみがえる。
その町には2つの散歩道があった。「スワン家のほう」と「ゲルマントのほう」。平民の道と貴族の道であり、この2つは決して交わらないと信じられていた。
やがて語り手はパリの社交界に入る。憧れていたゲルマント家は、近づいてみれば凡庸(ぼんよう)だった。彼が理想化していたものは、次々に色あせていく。
アルベルチーヌへの愛と嫉妬。彼女を家に閉じ込め、監視し、それでも確かめられない。彼女は去り、事故で死ぬ。残されたのは嫉妬だけで、やがてそれも薄れていく。忘却が来ることが、最も残酷な事実として書かれる。
長い病臥(びょうが)ののち、語り手はゲルマント家の午後会に出る。そこで、かつての人々が老いて、見分けがつかないほど変わっていることに驚く。
その直前、中庭の敷石につまずいた瞬間、スプーンが皿に当たる音を聞いた瞬間、ナプキンの感触に触れた瞬間——過去がよみがえる。マドレーヌと同じことが、続けて起こる。
そして彼は理解する。時間は失われるが、こうした瞬間には取り戻せる。それを書き留めることが、自分の作品になる。
そして、いま読者が読み終えた作品が、その作品である。
登場人物
| 人物 | 位置 |
|---|---|
| 語り手 | 「私」。作者と一致しないように書かれている |
| スワン | 富裕なユダヤ人。「スワンの恋」の主人公。語り手の恋の先例になる |
| オデット | スワンが愛する女性。のちに彼と結婚する |
| ゲルマント公爵夫人 | 社交界の頂点。憧れの対象であり、幻滅の対象 |
| シャルリュス男爵 | 貴族。隠された欲望をめぐる主要人物 |
| アルベルチーヌ | 語り手が愛し、監視し、失う女性 |
| フランソワーズ | 女中。民衆の言葉と知恵を体現する |
主題とモチーフ
⚡ この作品の4つの主題
- 時間 — 人は時間の中で変わる。同じ人物が、数百ページ後には別人になっている。
- 無意志的記憶 — 意志で思い出すのではなく、感覚がきっかけで過去がまるごと戻る。
- 幻滅 — 憧れた対象は、近づくと凡庸になる。社交界も、恋も、土地の名前も。
- 芸術による救済 — 失われた時間を取り戻すのは、生きることではなく書くことである。
- 📘 無意志的記憶:意識的に思い出そうとせず、感覚の偶然の一致によってよみがえる記憶。この作品の中心概念。
| モチーフ | 働き |
|---|---|
| マドレーヌ | 最初の啓示。最も有名な場面 |
| 2つの散歩道 | 分かれていたものが、最後に1つにつながる |
| 名前 | 土地や人の名前が喚起する幻想と、実物とのずれ |
| 音楽 | 架空の作曲家の楽節。芸術が時間を超える例として置かれる |
文体と形式
| 要素 | 内容 |
|---|---|
| 文 | 非常に長い。1文が1ページに及ぶことがある |
| 構造 | 関係節と挿入が重なる。思考の動きをそのまま追う |
| 語り | 一人称。語る「私」と、語られる過去の「私」に時間差がある |
| 円環 | 最後に、この作品を書き始めることが語られる。終わりが始まりに戻る |
長い文には理由がある。1つの知覚が、記憶と連想を呼び、比較を生み、それが元の知覚に戻ってくる——その全体が1つの文になる。文を切ると、その運動が失われる。
読むときは、フランス語の教材で扱った「関係節を切り出す手順」がそのまま使える。挿入を外し、主語と動詞をつなぎ、それから説明を戻す。
原文を読む
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 難度 | 最高。文の長さが最大の壁 |
| 分量 | 通読は現実的でない |
| 最初に読む箇所 | マドレーヌの場面(第1篇)。数ページで、方法が凝縮している |
| 次に読む | 最終篇の敷石の場面。マドレーヌと対応している |
| 進め方 | 訳で第1篇を読み、その中の数ページを原文で精読する |
| 授業での扱い | 抜粋(ばっすい)で扱われる |
「1文を読み切る」ことを目標にする。主語を見つけ、動詞を見つけ、挿入を数える。1文に30分かけてよい。それがこの作品の読み方である。
解釈の分かれ目
| 論点 | 読みA | 読みB |
|---|---|---|
| 語り手と作者 | ほぼ同一。自伝的な作品 | 明確に区別される。語り手は作られた存在である |
| 無意志的記憶 | 作品の中心的な発見 | 例は数か所しかない。過大評価されている |
| 社交界の描写 | 風俗の記録 | 階級と欲望の分析であり、記録ではない |
| 結末 | 救済の物語 | 書くことに賭けるしかないという限定であり、楽観ではない |
| 未完成の問題 | 後半の校正不足は瑕疵(かし) | 未完成であることが、時間という主題と響き合う |
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語り手と作者の関係が最大の論点である。この作品は自伝ではないが、自伝的な素材を大量に使っている。その境目をどう扱うかが、20世紀の自伝理論の出発点の1つになった。
レポートの切り口
⚡ 問いの立て方の例
- 1文を選んで構造を図示する。主節・従属節・挿入を分解し、文の運動と内容の対応を論じる。
- マドレーヌの場面と敷石の場面を比較する。何が同じで何が違うか。2つを並べるだけで論が立つ。
- 無意志的記憶の例をすべて数える。実際に何か所あるかを確かめ、「中心的な方法」という通説を検証する。
- 名前についての記述を集める。土地の名、人の名。期待と実物のずれがどう書かれているか。
- 時間の経過はどう示されるか。「何年後」と書かれるのか、人物の変化で示されるのか。
1番目と2番目は、抜粋だけで成立する問いである。通読していなくても、正当なレポートが書ける。そこが重要になる。
邦訳と参考文献
| 種類 | 内容 |
|---|---|
| 邦訳 | 複数の全訳がある。訳者によって文の切り方が違うので、長文の扱いを比べると面白い |
| 抄訳 | 主要な場面を集めた版がある。最初はこれで足りる |
| 原文 | 全文が公開されている。マドレーヌの場面だけなら数ページ |
| 事典 | 『フランス文学小事典(増補版)』の該当項目 |
⚠️ この作品で混同しやすい形
- 1冊の本と考える。全7篇で、後半は死後刊行である。
- 無意志的記憶を「回想」と考える。意志で思い出すのではない点が核心。
- 語り手をプルースト本人と考える。区別されるように書かれている。
- 通読しないと論じられないと考える。抜粋を精読することで、正当な論が立つ。
⚡ 第16章の通過チェック
- プルーストの経歴と、刊行を断られた事実を言える
- 全7篇の題と、それぞれの中心を言える
- 死後刊行の3篇に版の問題があることを言える
- マドレーヌの場面と、最終篇の啓示の対応を説明できる
- 4つの主題を言え、無意志的記憶を正確に定義できる
- 長い文に理由があることを説明できる
- 語り手と作者の関係をめぐる論点を言える
次章へ
次章から、著作権が存続している作品に入る。第17章から第20章までは、本文を引用せず、記述だけで扱う。
最初はブルトン『ナジャ』である。プルーストが記憶の中を深く掘り下げたのに対し、ブルトンは街へ出て、偶然の出会いを記録する。そして写真を本文に挟み込む。描写をやめて写真で代える、という選択そのものが主張になっている。