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9世紀から13世紀ごろのフランス語。名詞に主格と斜格の区別が残っていた。現代語とは直接読み通せないほど違う。
印刷以前の、手で書き写された本。写すたびに本文が変わるため、同じ作品でも写本ごとに違いがある。
騎士の戦いと忠誠を語る長編の韻文(いんぶん)。11世紀から13世紀にかけて成立し、吟遊詩人(ぎんゆうしじん)が節をつけて語った。
騎士が身分の高い既婚の女性に仕え、その愛によって自らを高めるという恋愛の理想。12世紀の南フランスの宮廷で生まれた。
(Chrétien de Troyes):12世紀後半の詩人。アーサー王物語をフランス語で作り上げた。
(Le Roman de Renart):狐のルナールを主人公とする物語群。騎士道物語の枠組みを動物に置き換えて、権威を風刺(ふうし)した。
(François Villon, 1431-1463以後):15世紀の詩人。盗みと殺人に関わり、追放刑を受けた。生涯の終わりは分かっていない。
ギリシア・ローマの古典を原典で読み直し、そこから人間のあり方を考えようとする態度。16世紀ヨーロッパの知的運動の中心にあった。
(François Rabelais, 1483頃-1553):修道士・医師・作家。巨人の親子を主人公とする物語で、あらゆる知識と笑いを詰め込んだ。
1550年ごろに結成された7人の詩人の一団。古代の詩を模範として、フランス語で高度な詩を作ろうとした。
14行からなる詩形。イタリアで完成し、この時期にフランスへ入った。以後、フランス詩の基本形の1つになる。
(Michel de Montaigne, 1533-1592):法官を辞して城に引きこもり、自分自身を主題にした散文を書いた。
「試み」を意味するフランス語。モンテーニュがこの語を書物の題に使ったことで、随筆というジャンルの名前になった。
1635年に創設された、フランス語を規定するための機関。辞典と文法を定め、言語を統一することを任務とした。
17世紀後半のフランス文学を特徴づける考え方。古代を模範とし、理性・秩序・明晰さを重んじ、規則に従うことで普遍的な価値に達しようとした。
(Pierre Corneille, 1606-1684):17世紀前半を代表する劇作家。義務と情熱の葛藤を、意志の力で乗り越える人物を描いた。
『ル・シッド』が三単一や真実らしさに反するとして起きた論争。アカデミー・フランセーズが裁定を下した。
(Jean Racine, 1639-1699):古典主義悲劇を完成させた劇作家。情念に押し流されて破滅する人物を描いた。
貴族や富裕層の邸宅で開かれた、文学と会話の集まり。作品が朗読され、批評された。
サロンで洗練された、優雅で凝った言葉づかいの趣味。行き過ぎた面はモリエールに笑われた(第5章)。
(Molière, 1622-1673):本名ジャン=バティスト・ポクラン。俳優・座長・劇作家を兼ね、自分の一座のために書いて自分で演じた。
(Jean de La Fontaine, 1621-1695):動物を登場させた短い韻文(いんぶん)の物語で、人間社会を描いた詩人。
人間の性質や社会の風習を観察し、体系的な理論ではなく短い断章の形で書いた書き手たち。道徳を説く人という意味ではない。
(Blaise Pascal, 1623-1662):数学者・物理学者・思想家。信仰を論じる著作を、断章の形で残した。
人間の力による救いを厳しく否定し、神の恩寵(おんちょう)を重んじた宗教的立場。パスカルもラシーヌ(第4章)もこの立場に近い環境にいた。
1687年ごろから起きた、古代の作家を絶対の模範とみなす立場(古代派)と、現代のほうが進歩しているとする立場(近代派)の対立。
理性によって偏見と迷信を退け、社会を改善できると考える18世紀の知的運動。フランス語では「光」を意味する語で呼ばれる。
(Montesquieu, 1689-1755):法官・思想家。制度を比較して考える方法を確立した。
(Voltaire, 1694-1778):本名フランソワ=マリー・アルエ。18世紀で最も広く読まれ、最も戦った作家。悲劇・歴史・書簡・小説とあらゆる形式で書いた。
思想を伝えるために書かれた短い物語。筋や人物の厚みより、考えを試すことが目的である。
1751年から刊行された大規模な事典。ディドロとダランベールが編集し、多くの執筆者が加わった。
(Jean-Jacques Rousseau, 1712-1778):ジュネーヴ生まれ。思想家・作家・音楽家。啓蒙の陣営にいながら、その前提を批判した。
(Denis Diderot, 1713-1784):『百科全書』の編者(第6章)であり、小説・戯曲・美術批評も書いた。
登場人物が書いた手紙を並べる形式の小説。語り手による説明を挟まず、当事者の言葉だけで進む。
マリヴォーの作品に見られる、恋する者どうしの繊細で回りくどい言葉のやりとり。フランス語の普通名詞になっている。
(Beaumarchais, 1732-1799):劇作家。召使いが主人を出し抜く喜劇を書いた。
(André Chénier, 1762-1794):恐怖政治期に処刑された詩人。古代の詩形を用いながら、新しい感受性を示した。作品の多くは死後の1819年に刊行された。
(Chateaubriand, 1768-1848):貴族の家に生まれ、革命を逃れてアメリカとイギリスに亡命した。帰国後、キリスト教と憂愁を主題とする作品で世代の心をつかんだ。
19世紀初頭の文学に現れる、目的を持てず憂愁に沈む心の状態。革命後に理想を失った世代の感覚として語られる。
(Madame de Staël, 1766-1817):作家・批評家。サロンの主催者として、また比較文学の先駆者として重要。ナポレオンと対立し、追放された。
スタール夫人が導入した図式。南(地中海・古代・規則)と北(ゲルマン・中世・自由)を対置する。単純化ではあるが、19世紀の論争の枠組みを作った。
18世紀末から19世紀初頭にかけて、後のロマン主義の要素を先取りした傾向の総称。運動として組織されたものではなく、後からの整理である。
(1827年):ユゴーが自作の戯曲に付した長い序文。ロマン主義演劇の綱領として読まれた。
醜いもの、歪んだもの、滑稽なもの。ユゴーはこれを崇高と対比させることで、崇高をより際立たせると論じた。
1830年、ユゴーの戯曲『エルナニ』の初演をめぐって、劇場で古典派とロマン派の支持者が衝突した事件。
(Victor Hugo, 1802-1885):詩・小説・戯曲のすべてで頂点に立った作家。19世紀フランス文学の中心人物であり、政治家でもあった。
新聞に分載された小説。続きを読ませるために毎回の終わりに引きを作る。読者層を大きく広げた。
(Stendhal, 1783-1842):本名アンリ・ベール。ナポレオン軍に従軍し、イタリアを愛した。生前の評価は低く、「1880年ごろに読まれるだろう」と自ら書いた。
スタンダールの用語。恋する者が相手に次々と美点を見出していく心の働きを、塩坑に落とした枝が結晶で覆われる比喩で説明した。
(Honoré de Balzac, 1799-1850):約90篇の小説を1つの体系にまとめようとした作家。膨大な借金を抱え、猛烈な速度で書き続けた。
バルザックが自作の小説群に与えた総題。社会全体を種の分類のように記述する構想で、風俗研究・哲学研究・分析研究に分けられた。
(Prosper Mérimée, 1803-1870):短編の名手。簡潔な文体で、異国と激情を扱った。
(Gustave Flaubert, 1821-1880):文体に極端な労力を注いだ作家。1つの文を何日も推敲したことで知られる。
登場人物の言葉や思考を、引用符も「〜と思った」も付けずに地の文に組み込む書き方。誰の声なのかが揺らぐため、皮肉にも共感にも読める。
現実と自分を取り違え、小説的な夢想に従って生きようとする傾向。主人公の名から作られた語で、批評用語として定着した。
写実主義をさらに進め、遺伝と環境によって人間を説明しようとする文学の立場。科学、とくに医学と生理学の影響を受けた。
(Guy de Maupassant, 1850-1893):短編の名手。フローベールに指導を受け、自然主義の集まりにも加わった。
19世紀後半の詩の一派。感情を抑え、彫刻のように完成された形式を目指した。
芸術は道徳や有用性に奉仕すべきではないという立場。19世紀後半の詩と小説の両方に影響した。
(Charles Baudelaire, 1821-1867):近代詩の出発点とされる詩人。美術批評家でもあり、翻訳者でもあった。
自然界のさまざまな要素が互いに呼応し、感覚を越えた統一を示すという考え。ボードレールの同名の詩に由来する。
韻律(いんりつ)を持たない散文の形で書かれた詩。『パリの憂鬱』がこの形式を確立した。
(Paul Verlaine, 1844-1896):音楽性を最優先した詩人。ランボーとの関係と、その破局で知られる。
(Arthur Rimbaud, 1854-1891):10代で詩を書き、20歳前後で詩をやめた。以後は商人としてアフリカへ渡った。
(Stéphane Mallarmé, 1842-1898):言葉の配置そのものを詩にした詩人。英語教師として生計を立て、自宅の「火曜会」に若い作家を集めた。
1886年にモレアスが宣言を発表して名前が定着した文学運動。目に見える世界の背後にあるものを、直接名指さずに暗示によって示そうとした。
19世紀末から第一次世界大戦までの、パリが繁栄と享楽を極めた時期を指す呼び名。後から振り返って付けられた名前である。
(Marcel Proust, 1871-1922):『失われた時を求めて』全7篇を書いた作家。病弱で社交界に出入りしたのち、部屋にこもって執筆に専念した。
意識的に思い出そうとせず、感覚の偶然の一致によってよみがえる記憶。プルーストの中心概念。
(André Gide, 1869-1951):小説・評論・日記を書き、『新フランス評論』の中心にいた。1947年にノーベル文学賞。
作品の中に、その作品自体を映す小さな作品を置く手法。『贋金つくり』でジッドが意識的に用いた。
(Paul Valéry, 1871-1945):詩人・思想家。マラルメ(第12章)の後継者とされる。
(Guillaume Apollinaire, 1880-1918):詩人・美術批評家。キュビスムの画家たちと交わり、前衛の中心にいた。
1916年にチューリヒで始まった芸術運動。意味・論理・芸術の価値そのものを否定した。名前自体が無意味な音として選ばれた。
1924年のブルトンの宣言で定義された運動。理性の統制を離れたところで働く思考を、そのまま書き取ろうとした。
意識的な統制を排して、浮かんできた語をそのまま書き続ける方法。シュルレアリスムの中心的な技法。
(1894-1961):話し言葉の文体で小説を書いた作家。
(Jean-Paul Sartre, 1905-1980):哲学者・小説家・劇作家・批評家。戦後フランスの知識人の代表とされる。
人間には決められた本質がなく、自分の選択によって自分を作っていくとする立場。「実存は本質に先立つ」という定式で知られる。
作家が社会と政治に関わり、責任を引き受けること。サルトルの中心的な主張。
(Albert Camus, 1913-1960):アルジェリア生まれ。貧しい環境から出て、抵抗運動の新聞に関わった。1957年にノーベル文学賞。
世界には意味がないのに、人間は意味を求めてしまう——そのずれそのものを指すカミュの概念。世界が無意味だという主張ではない。
(Simone de Beauvoir, 1908-1986):哲学者・作家。『第二の性』(1949年)で、女性が置かれた状況を体系的に分析した。
1950年代のパリで上演された、筋・人物・言葉の通常の約束を壊した演劇の総称。後から与えられた呼び名である。
1950年代後半から60年代にかけて、従来の小説の約束を否定した作家たちの総称。中心の出版社の名から「ミニュイ派」とも呼ばれる。
1960年に結成された、制約を課して書くことを研究する集団。数学者と作家が集まって作られた。
自伝と小説の境界に立つ書き方。実際の自分の経験を素材にしながら、虚構としても読まれることを前提にする。1977年にドゥブロフスキーが提唱した語。
1930年代にセゼールとサンゴールらが提唱した、黒人としての文化的自覚を肯定する運動。フランス語で書きながら、フランスの支配を批判した。