通史|第7章 18世紀(2)— ルソーと小説の展開
この章の狙い
要点: 同じ18世紀に、理性の側と感情の側が並んでいた。前章の啓蒙が理性と批判を武器にしたのに対し、この章で見る流れは感情・自然・自己の内面を重んじる。中心にいるのがルソーである。
そしてこの世紀は、小説が力をつけた世紀でもある。ジャンルとしては依然として低く見られていたが、書簡体という形式を得て、内面を書く道具になった。19世紀の小説の隆盛(第10章・第11章)は、ここに準備されている。
ルソー
- 📘 ジャン=ジャック・ルソー(Jean-Jacques Rousseau, 1712-1778):ジュネーヴ生まれ。思想家・作家・音楽家。啓蒙の陣営にいながら、その前提を批判した。
| 作品 | 年 | 内容 |
|---|---|---|
| 『学問芸術論』 | 1750年 | 学問と芸術の進歩は人を堕落させたと論じ、注目を集める |
| 『人間不平等起源論』 | 1755年 | 不平等の起源を、自然状態からの逸脱として説明する |
| 『新エロイーズ』 | 1761年 | 書簡体小説。当時の大ベストセラー |
| 『社会契約論』 | 1762年 | 主権は人民にあるとする政治論 |
| 『エミール』 | 1762年 | 教育論。発禁になり、ルソーは逃亡する |
| 『告白』 | 1782年(死後刊行) | 自伝。自分のすべてを語ると宣言した |
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ルソーの位置は、次の対比で捉えると分かりやすい。
⚡ ルソーが啓蒙とずれる点
- 啓蒙は進歩を信じた。ルソーは進歩が人を堕落させたと考えた。
- 啓蒙は理性を重んじた。ルソーは感情と良心を重んじた。
- 啓蒙は社会の洗練を評価した。ルソーは自然の状態を基準に置いた。
- ただしルソーも啓蒙の一員である。切り離して考えると、この世紀の複雑さが見えなくなる。
『告白』が文学史で決定的に重要である。
| 特徴 | 内容 |
|---|---|
| 宣言 | 自分を包み隠さず語ると冒頭で宣言する |
| 内容 | 恥ずべき行為も含めて書く |
| 影響 | 自分について書くことが文学の中心的な主題になる道を開いた |
第3章のモンテーニュ『エセー』も自分を書いたが、モンテーニュが「考えの動き」を書いたのに対し、ルソーは「生涯の出来事と感情」を書いた。近代の自伝は、ここから始まるとされる。
自然への感情、孤独、内面の告白という要素は、そのままロマン主義(第9章)の材料になる。ルソーが「ロマン主義の先駆」と呼ばれるのはこのためである。
ディドロ
- 📘 ドゥニ・ディドロ(Denis Diderot, 1713-1784):『百科全書』の編者(第6章)であり、小説・戯曲・美術批評も書いた。
| 作品 | 刊行 | 特徴 |
|---|---|---|
| 『修道女』 | 死後 | 修道院に入れられた女性の手記。制度への批判 |
| 『運命論者ジャックとその主人』 | 死後 | 語りの約束事そのものを崩す小説 |
| 『ラモーの甥』 | 死後 | 対話体。道徳と才能をめぐる議論 |
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『運命論者ジャック』では、語り手が読者に話しかけ、話を中断し、「この話をどう続けてもよい」と述べる。小説という形式そのものを問題にする書き方で、20世紀のヌーヴォーロマン(第16章)と比較されることが多い。
生前に刊行されなかった作品が多いことも特徴である。検閲を避けたためで、評価が定まるのは19世紀以降になる。
小説の展開
18世紀の小説は、形式の実験を通じて内面を書く方法を見つけた。
書簡体小説
- 📘 書簡体小説:登場人物が書いた手紙を並べる形式の小説。語り手による説明を挟まず、当事者の言葉だけで進む。
| 作品 | 作者 | 年 |
|---|---|---|
| 『ペルシア人の手紙』 | モンテスキュー | 1721年 |
| 『新エロイーズ』 | ルソー | 1761年 |
| 『危険な関係』 | ラクロ | 1782年 |
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⚡ 書簡体が可能にしたこと
- 書き手の主観だけが示される。読者は複数の手紙を突き合わせて判断する。
- 同じ出来事が、書き手によって違って見える。
- 本人が嘘を書いている可能性を、読者が考えることになる。
- この「信用できない語り」の構造が、後の小説の重要な技法になる。
ラクロ『危険な関係』は、この形式を最も鋭く使った作品である。手紙が武器として使われる——相手を操るために書かれ、盗み読まれ、証拠になる。書簡体という形式そのものが筋の一部になっている。
心理と恋愛の小説
| 作品 | 作者 | 年 | 内容 |
|---|---|---|---|
| 『マノン・レスコー』 | プレヴォ | 1731年 | 破滅的な恋愛。情熱に抗えない人物 |
| 『愛と偶然の戯れ』 | マリヴォー | 1730年 | 恋の駆け引きを描く喜劇 |
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- 📘 マリヴォダージュ:マリヴォーの作品に見られる、恋する者どうしの繊細で回りくどい言葉のやりとり。フランス語の普通名詞になっている。
『マノン・レスコー』は、第4章の『クレーヴの奥方』から続く心理小説の系譜にあり、19世紀のロマン主義的な情熱の物語へつながる。
ボーマルシェ — 革命前夜の喜劇
- 📘 ボーマルシェ(Beaumarchais, 1732-1799):劇作家。召使いが主人を出し抜く喜劇を書いた。
| 作品 | 年 |
|---|---|
| 『セビリアの理髪師』 | 1775年 |
| 『フィガロの結婚』 | 1784年 |
『フィガロの結婚』は上演許可が長く下りなかった。召使いのフィガロが、生まれだけで特権を得ている貴族を正面から批判する台詞があるためである。
革命の5年前に、貴族の観客がこの劇に喝采したという事実が、しばしば時代の空気を示すものとして語られる。モリエールから続く喜劇の批判性(第5章)が、社会の変わり目で最も鋭くなった例である。
この時代のまとめ
| 流れ | 内容 | 代表 |
|---|---|---|
| 感情と自然 | 理性より感情、社会より自然。自己の告白 | ルソー |
| 形式の実験 | 語りの約束事を崩す | ディドロ |
| 書簡体 | 主観だけを並べ、読者に判断させる | ラクロ |
| 心理と恋愛 | 情熱に抗えない人物 | プレヴォ、マリヴォー |
| 喜劇 | 身分制度への批判 | ボーマルシェ |
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⚠️ 18世紀後半で混同しやすい形
- ルソーを啓蒙の外に置く。批判はしたが、啓蒙の一員である。
- 『告白』とモンテーニュ『エセー』を同じものと考える。前者は生涯と感情、後者は考えの動きを書いている。
- 書簡体を「読みやすくするための工夫」と考える。主観の並置と、信用できない語りを可能にする装置である。
- ディドロの小説を同時代の作品として位置づける。多くは死後に刊行され、評価は19世紀以降である。
主要作品の中身
ルソー『告白』(1782年、死後)
「私は、いまだかつて例のない企てを始める」という宣言で始まる。幼年期から中年までの生涯を、恥ずべき行為も隠さずに書く。盗みの罪を他人になすりつけた話、施設に預けた自分の子どものこと。書いていることが事実かどうかより、「すべてを語る」と宣言したこと自体が新しい。
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 主題 | 自己の全体を言葉にすること。近代の自伝の出発点 |
| 試験で問われる点 | モンテーニュ『エセー』との違い、ロマン主義への影響 |
ルソー『新エロイーズ』(1761年)
家庭教師サン=プルーと、貴族の娘ジュリの恋を、往復書簡で描く。身分差によって結ばれず、ジュリは別の男と結婚する。それでも二人は手紙を交わし続け、感情と徳のあいだで揺れる。当時の大ベストセラーで、読者からの手紙が殺到したことが記録に残っている。
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 主題 | 感情の価値、自然と徳 |
| 試験で問われる点 | 読者が登場人物に感情移入した現象そのものが、文学史の資料になる |
ラクロ『危険な関係』(1782年)
メルトゥイユ侯爵夫人とヴァルモン子爵が、他人の純潔を破壊することを競い合う。二人の書簡が計画を語り、標的となった女性たちの手紙がそれと並置される。同じ出来事が、加害者の視点と被害者の視点で二重に書かれる。最後は二人とも破滅する。
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 主題 | 言葉が武器になること。手紙が計画・証拠・凶器になる |
| 試験で問われる点 | 書簡体という形式が筋そのものになっている点、結末の道徳的な体裁 |
プレヴォ『マノン・レスコー』(1731年)
良家の青年デ・グリューが、マノンへの情熱のためにすべてを失っていく。彼女は彼を愛しながらも贅沢を捨てられず、二人は詐欺(さぎ)と投獄を繰り返し、最後は流刑地で終わる。
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 主題 | 抗しがたい情熱。理性で説明できない愛 |
| 試験で問われる点 | 語り手が当事者であること、心理小説の系譜上の位置 |
⚡ 第7章の通過チェック
- ルソーの主要著作を5つ、年とともに言える
- ルソーが啓蒙とずれる点を3つ言え、それでも啓蒙の一員だと補える
- 『告白』の文学史上の意味を、モンテーニュとの違いを含めて言える
- ディドロの小説の特徴と、刊行事情を言える
- 書簡体小説が可能にしたことを3つ言える
- 『危険な関係』で形式が筋の一部になっている点を説明できる
- 『フィガロの結婚』が時代の空気を示すとされる理由を言える
次章へ
次章は革命とナポレオンの時代である。社会が根本から変わり、文学もその衝撃を受ける。
この時期に、憂愁(ゆうしゅう)・孤独・自然への傾倒を全面に出す作家が現れる。シャトーブリアンとスタール夫人である。ルソーが準備したものが、革命という断絶を経て、ロマン主義という形になっていく。