通史|第4章 17世紀(1)— 絶対王政と古典主義の確立
この章の狙い
要点: 17世紀の文学は、規則の中で書かれた。何をしてよく何をしてはいけないかが細かく定められ、その制約の中で最高度の作品が生まれる。規則は作品を縛るためではなく、効果を最大にするための技術として理解された。
この章では、規則がどう作られ、何を目指していたのかを見る。そのうえで、悲劇という当時最も高い地位にあったジャンルを、コルネイユとラシーヌで比べる。
秩序へ向かう社会
16世紀の宗教戦争が終わり、王権が強まっていく。文学もこの動きの中にある。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1598年 | ナントの王令(おうれい)。宗教戦争が収束する |
| 1635年 | アカデミー・フランセーズ創設(リシュリューによる) |
| 1643年 | ルイ14世が即位(親政は1661年から) |
| 1682年 | 宮廷がヴェルサイユへ移る |
| 1694年 | アカデミー・フランセーズの辞典 初版 |
- 📘 アカデミー・フランセーズ:1635年に創設された、フランス語を規定するための機関。辞典と文法を定め、言語を統一することを任務とした。
言語を整えることと、文学を整えることは、同じ運動の両面である。詩人マレルブは、語彙を制限し、音の重なりを避け、明晰さを求めた。ラブレーが言語を広げたのに対し、マレルブは削った。
古典主義の規則
- 📘 古典主義:17世紀後半のフランス文学を特徴づける考え方。古代を模範とし、理性・秩序・明晰さを重んじ、規則に従うことで普遍的な価値に達しようとした。
規則の中身は3つに整理できる。
⚡ 古典主義の3つの規範
- 三単一の規則 — 筋の統一(1つの筋)、時の統一(24時間以内)、場の統一(1つの場所)
- 真実らしさ — 実際に起きたことより、観客が信じられることを優先する
- 礼節 — 舞台の上で流血や卑俗(ひぞく)な言動を見せない。殺人は舞台裏で起こり、報告される
三単一は、観客が舞台の出来事を信じられるようにするための工夫として説明された。3時間の上演で3年の出来事を見せれば嘘になる、という発想である。規則の根拠は「真実らしさ」にあり、規則が先にあったのではない。
| ジャンル | 地位 |
|---|---|
| 悲劇 | 最も高い。王侯貴族が主人公、韻文(アレクサンドラン) |
| 喜劇 | 低い。庶民が登場し、笑いを取る |
| 小説 | ジャンルとして認められていない |
小説の地位の低さは、19世紀まで続く。バルザックやフローベール(第10章・第11章)が小説を芸術にするまで、小説は「読み物」であって文学ではなかった。
ボワロー『詩法』(1674年)が、これらの規則をまとめた著作として知られる。ただし規則が作品より先にあったわけではない。すでに書かれた優れた作品から規則が引き出された面が大きい。
コルネイユ — 意志の悲劇
- 📘 ピエール・コルネイユ(Pierre Corneille, 1606-1684):17世紀前半を代表する劇作家。義務と情熱の葛藤を、意志の力で乗り越える人物を描いた。
代表作は『ル・シッド』(1637年)である。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 筋 | 恋人の父が自分の父を侮辱(ぶじょく)する。主人公は愛か名誉かを選ばねばならない |
| 結末 | 名誉を選んで恋人の父を討つが、二人の愛は失われない |
| 反響 | 大成功を収める一方、規則違反として激しく批判された |
- 📘 ル・シッド論争:『ル・シッド』が三単一や真実らしさに反するとして起きた論争。アカデミー・フランセーズが裁定を下した。
この論争が重要なのは、規則が理論の問題ではなく、公的な権威によって裁かれる問題になったことを示すからである。以後、劇作家は規則を意識して書くことになる。
コルネイユの人物は、苦しみながらも自分の意志で選ぶ。「かくあるべき人間」を描いていると言われる。
ラシーヌ — 情念の悲劇
- 📘 ジャン・ラシーヌ(Jean Racine, 1639-1699):古典主義悲劇を完成させた劇作家。情念に押し流されて破滅する人物を描いた。
| 作品 | 年 |
|---|---|
| 『アンドロマック』 | 1667年 |
| 『ブリタニキュス』 | 1669年 |
| 『ベレニス』 | 1670年 |
| 『フェードル』 | 1677年 |
『フェードル』は、義理の息子への愛に苦しむ王妃を描く。本人が望まない愛が、逃れようもなく本人を破壊する。
コルネイユとの違いは、次のように整理される。
| コルネイユ | ラシーヌ | |
|---|---|---|
| 人物 | 意志で選ぶ | 情念に流される |
| 主題 | 義務と情熱の葛藤 | 逃れられない情念 |
| 結末 | 崇高さに達する | 破滅する |
| 言われ方 | かくあるべき人間を描く | あるがままの人間を描く |
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この対比は文学史の定番である。ただし単純化でもあるので、答案では「そう言われることが多い」という留保を付けるのが安全である。
ラシーヌの言語は、きわめて限られた語彙でできている。使う語を絞り、単純な言葉の組み合わせで最大の効果を出す。この「削ることによる強さ」が古典主義の到達点とされる。
なお、ラシーヌはジャンセニスム(人間の自由意志を厳しく制限する宗教的立場)の教育を受けており、その影響が人物造形に及んでいると論じられてきた。思想と文学のつながりを扱う分野で、詳しく検討される論点である。
サロンと小説の芽
宮廷の外では、貴族の女性が主催するサロンが文学の場になっていた。
- 📘 サロン:貴族や富裕層の邸宅で開かれた、文学と会話の集まり。作品が朗読され、批評された。
- 📘 プレシオジテ:サロンで洗練された、優雅で凝った言葉づかいの趣味。行き過ぎた面はモリエールに笑われた(第5章)。
このサロン文化の中から、後の小説につながる作品が生まれる。
| 作品 | 作者 | 年 |
|---|---|---|
| 『クレーヴの奥方』 | ラファイエット夫人 | 1678年 |
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短く、心理の分析に集中した物語で、近代的な心理小説の先駆とされる。当時の長大な物語とは違い、筋を絞り、登場人物の内面の動きを追う。小説がジャンルとして認められていない時代に、後の小説の形が現れている。
この時代のまとめ
| 領域 | 内容 |
|---|---|
| 言語 | アカデミーが規範を作る。マレルブは語彙を削り、明晰さを求めた |
| 演劇 | 三単一・真実らしさ・礼節。悲劇が最も高いジャンル |
| 悲劇 | コルネイユ(意志)からラシーヌ(情念)へ |
| 散文 | サロンの中から心理小説が芽生える |
⚠️ 17世紀で混同しやすい形
- 規則が先にあって作品が縛られたと考える。規則は優れた作品から引き出された面が大きい。
- 三単一の目的を「形式美」と考える。目的は真実らしさ、つまり観客に信じさせることにある。
- コルネイユとラシーヌの世代を同じと考える。コルネイユが1世代上で、『ル・シッド』は『アンドロマック』の30年前である。
- 当時の小説を現代と同じ地位に置く。小説はジャンルとして認められていなかった。
主要作品の中身
コルネイユ『ル・シッド』(1637年)
ロドリーグとシメーヌは愛し合っているが、シメーヌの父がロドリーグの父を侮辱する。ロドリーグは父の名誉のために決闘してシメーヌの父を殺す。シメーヌは復讐を求めながらも彼を愛し続ける。王の裁定と、ロドリーグのムーア人に対する武勲によって、破局は先送りされる。
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 主題 | 愛と名誉の葛藤を、意志によって引き受けること |
| 試験で問われる点 | 論争の争点(三単一違反、真実らしさ、結末の曖昧(あいまい)さ)、アカデミーの裁定 |
ラシーヌ『フェードル』(1677年)
フェードルは、夫テゼの息子イポリットへの愛に苦しんでいる。夫の死の知らせを受けて愛を告白するが、夫は生きて戻る。追い詰められたフェードルは、乳母の入れ知恵でイポリットを讒言(ざんげん)し、夫は息子を呪って死なせる。フェードルは毒を仰いで真実を告げ、死ぬ。
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 主題 | 本人が望まない情念が、当人と周囲を破壊する |
| 試験で問われる点 | ジャンセニスムとの関係、限られた語彙による表現、コルネイユとの対比 |
ラファイエット夫人『クレーヴの奥方』(1678年)
宮廷に上がった若い女性が、夫のある身でヌムール公を愛してしまう。彼女は不義に踏み出さず、夫に自分の心を告白するという異例の行動を取る。夫は嫉妬のうちに死に、彼女は自由になったあとも公と結ばれることを選ばない。
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 主題 | 情念と義務、そして自ら選ぶ断念 |
| 試験で問われる点 | 近代心理小説の先駆とされる理由、告白の場面の異例さ、匿名で刊行されたこと |
読むときの手がかり
17世紀の悲劇は、舞台上で事件が起きない。決闘も死も、すべて舞台裏で起こり、報告として語られる(礼節の規則)。したがって、読むべきものは出来事ではなく、人物が語る言葉そのものになる。誰が、誰に、何を言えないでいるかを追うと、筋が立ち上がってくる。
⚡ 第4章の通過チェック
- アカデミー・フランセーズの創設年と任務を言える
- 古典主義の3つの規範を言え、三単一の目的を説明できる
- ジャンルの序列を言え、小説の地位を説明できる
- 『ル・シッド』の年と、論争が起きた理由を言える
- コルネイユとラシーヌの違いを4点で言え、単純化である旨も添えられる
- ラシーヌの言語の特徴を言える
- 『クレーヴの奥方』が文学史上なぜ重要かを言える
次章へ
次章も17世紀だが、悲劇以外のジャンルを扱う。喜劇のモリエール、寓話(ぐうわ)のラ・フォンテーヌ、そして人間を観察して短く書いたモラリストたちである。
高い地位のジャンルが規則で固められていた一方で、低いとされたジャンルのほうに自由があった。モリエールが今日まで読まれ続けているのは、そのためでもある。