通史|第10章 写実主義 — スタンダールとバルザック
この章の狙い
要点: 写実主義は、社会をそのまま書こうとする小説の傾向である。個人の感情を語ったロマン主義に対して、金・階級・野心・制度を書く。
ただし注意が要る。スタンダールもバルザックも、ロマン主義と同じ時代を生きている。運動が順番に交代したのではなく、並走していた。文学史の章立ては便宜であって、時間の順序ではない。
この章では、小説というジャンルが文学の中心へ移動していく過程を見る。第4章で見たとおり、小説はもともと低く見られていた。それが変わる。
時代の条件
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1830年 | 七月革命。銀行家と実業家の時代へ |
| 1830〜1848年 | 七月王政。金と出世が価値の中心になる |
| 1836年 | 新聞『ラ・プレス』創刊。新聞連載小説が始まる |
- 📘 新聞連載小説:新聞に分載された小説。続きを読ませるために毎回の終わりに引きを作る。読者層を大きく広げた。
小説の地位を押し上げたのは、この経済的な条件でもある。新聞が売れれば作家は食える。バルザックもデュマも連載で書いた。
スタンダール
- 📘 スタンダール(Stendhal, 1783-1842):本名アンリ・ベール。ナポレオン軍に従軍し、イタリアを愛した。生前の評価は低く、「1880年ごろに読まれるだろう」と自ら書いた。
| 作品 | 年 | 内容 |
|---|---|---|
| 『恋愛論』 | 1822年 | 恋愛の分析。結晶作用の概念 |
| 『赤と黒』 | 1830年 | 木こりの息子ジュリヤン・ソレルの野心と破滅 |
| 『パルムの僧院』 | 1839年 | イタリアを舞台にした青年の冒険と恋 |
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- 📘 結晶作用:スタンダールの用語。恋する者が相手に次々と美点を見出していく心の働きを、塩坑に落とした枝が結晶で覆われる比喩で説明した。
『赤と黒』の読みどころは3つある。
| 側面 | 内容 |
|---|---|
| 社会の分析 | 「赤(軍)」も「黒(聖職)」も、身分の低い青年が上がるための道。王政復古期には後者しか残っていない |
| 心理の書き方 | 人物の考えがその場で動いていくさまを追う。後の「意識の流れ」に通じるとされる |
| 語り手の介入 | 語り手が読者に話しかけ、批評する。中立ではない語り |
副題が「1830年年代記」であることが示すとおり、同時代を書くという意識が明確である。小説を「道に沿って持ち歩く鏡」に例えた一節はよく引かれる。
バルザック
📘 オノレ・ド・バルザック(Honoré de Balzac, 1799-1850):約90篇の小説を1つの体系にまとめようとした作家。膨大な借金を抱え、猛烈な速度で書き続けた。
📘 『人間喜劇』:バルザックが自作の小説群に与えた総題。社会全体を種の分類のように記述する構想で、風俗研究・哲学研究・分析研究に分けられた。
| 作品 | 年 |
|---|---|
| 『ゴリオ爺さん』 | 1835年 |
| 『谷間の百合』 | 1836年 |
| 『幻滅』 | 1837〜1843年 |
| 『従妹ベット』 | 1846年 |
⚡ バルザックの3つの方法
- 人物再登場法 — 同じ人物が複数の作品に登場する。作品をまたいで1つの社会ができあがる。
- 環境の描写から始める — 建物・街区・家具を詳しく書いてから人物に入る。環境が人物を説明するという考え方。
- 金額を書く — 収入・借金・持参金を具体的な数字で示す。金が人間関係を決めることを可視化する。
『ゴリオ爺さん』は、下宿屋という1つの場所に、社会の各層を集める構成になっている。地方から出てきた青年ラスティニャックが、パリで上がるとはどういうことかを学んでいく。
ラスティニャックは『人間喜劇』の他の作品にも登場し、出世していく。人物再登場法の効果が最も分かりやすい例である。
スタンダールとバルザックの違い
| スタンダール | バルザック | |
|---|---|---|
| 文体 | 簡潔。装飾を嫌う | 濃密。列挙と描写が長い |
| 関心 | 個人の意識の動き | 社会の構造と金 |
| 分量 | 数作 | 約90篇の体系 |
| 生前の評価 | 低い | 高い(ただし借金は消えず) |
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どちらも「社会を書く」が、入口が違う。スタンダールは個人の内側から、バルザックは社会の外枠から入る。
メリメと短編
- 📘 プロスペル・メリメ(Prosper Mérimée, 1803-1870):短編の名手。簡潔な文体で、異国と激情を扱った。
| 作品 | 年 |
|---|---|
| 『コロンバ』 | 1840年 |
| 『カルメン』 | 1845年 |
『カルメン』は後にオペラ化されて世界的に知られるが、原作は短く、語り手が旅行者として事件を聞き取るという枠を持っている。この枠構造が、物語の距離感を作っている。
この時代の作品を読む
| 作品 | 読みどころ | 原文の難しさ |
|---|---|---|
| 『赤と黒』 | ジュリヤンの内心の独白。語り手の介入がどこにあるか | 文は短く明晰。初めての長編に向く |
| 『ゴリオ爺さん』 | 冒頭の下宿屋の描写。環境から人物へ入る手順 | 語彙が多く、描写が長い |
| 『カルメン』 | 枠の語り手と、語られる物語の関係 | 短く、講読の教材によく使われる |
| 『幻滅』 | 文学と新聞の世界そのものが主題。19世紀の出版事情が分かる | 長大。抜粋(ばっすい)向き |
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最初に原文で読むならメリメかスタンダールである。バルザックは語彙と描写の密度が高く、初級を終えた直後には重い。
主要作品の中身
スタンダール『赤と黒』(1830年)
製材業者の息子ジュリヤン・ソレルは、記憶力と野心を武器に身分を上げようとする。まず地方の名士レナール家の家庭教師となり、夫人と関係を持つ。神学校を経てパリの侯爵家の秘書となり、令嬢マチルドと結ばれかけるが、レナール夫人の告発の手紙によって破滅する。彼は夫人を銃で撃ち、裁判で自ら死刑を選ぶような弁論をして処刑される。
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 主題 | 王政復古期に、身分の低い青年が上がる道はあるか。赤(軍)と黒(聖職) |
| 試験で問われる点 | 副題「1830年年代記」、語り手の介入、法廷での演説の意味 |
バルザック『ゴリオ爺さん』(1835年)
安下宿に、娘たちに財産を吸い上げられた老人ゴリオが住んでいる。同じ下宿の法学生ラスティニャックは、上流社会に近づく中で、ゴリオの娘たちが父を顧みないことを知る。ゴリオは誰にも看取られずに死に、葬儀に娘たちは来ない。埋葬を終えたラスティニャックは、パリの街を見下ろして「さあ、今度はおれとお前の勝負だ」と言う。
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 主題 | 金が家族と人間関係を作り変えること。野心の始まり |
| 試験で問われる点 | 冒頭の下宿屋の長い描写の役割、人物再登場法(ラスティニャックの再登場) |
スタンダール『パルムの僧院』(1839年)
ワーテルローの戦いに憧れて参加する青年ファブリスは、戦場で何が起きているのか最後まで理解できない。「英雄的な戦争」を内側から見ると混乱でしかないという、この場面が有名である。以後、イタリアの小宮廷での陰謀と恋が語られる。
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 主題 | 個人から見た歴史の不可解さ |
| 試験で問われる点 | ワーテルローの場面が後世に与えた影響(歴史の描き方の転換) |
メリメ『カルメン』(1845年)
考古学者である語り手が、スペインでドン・ホセという男に出会う。ホセは、ジプシーの女カルメンに惹かれて軍を捨て、密輸(みつゆ)者になり、自由を譲らないカルメンを最後には刺し殺す。物語は、処刑を待つホセが語った告白として提示される。
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 主題 | 情熱と自由。異国を見るまなざしそのもの |
| 試験で問われる点 | 枠構造(学者の語り/ホセの語り)、オペラとの違い |
年表
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1822年 | スタンダール『恋愛論』 |
| 1830年 | 七月革命/スタンダール『赤と黒』 |
| 1835年 | バルザック『ゴリオ爺さん』 |
| 1836年 | 新聞連載小説の開始 |
| 1839年 | スタンダール『パルムの僧院』 |
| 1845年 | メリメ『カルメン』 |
| 1848年 | 二月革命 |
| 1850年 | バルザック死去 |
⚠️ 写実主義で混同しやすい形
- ロマン主義の次に来た運動と考える。同時代に並走していた。
- スタンダールが生前に評価されたと考える。評価が定まるのは死後である。
- 『人間喜劇』を1つの長編と考える。約90篇の小説群に与えられた総題である。
- バルザックの描写を「余分」と考える。環境が人物を説明するという方法の一部である。
⚡ 第10章の通過チェック
- 新聞連載小説が小説の地位に与えた影響を言える
- 結晶作用とは何かを説明できる
- 『赤と黒』の読みどころを3点言える
- 『人間喜劇』とは何かを正確に言える
- バルザックの3つの方法を言える
- 人物再登場法の効果を、例を挙げて説明できる
- スタンダールとバルザックの違いを4点で言える
次章へ
次章では、写実主義をさらに徹底させた作家を扱う。フローベールは、作者の判断を作品から消そうとした。そしてゾラは、小説を科学の実験に見立てた。
同時に、この時期は作家が裁判にかけられた時代でもある。『ボヴァリー夫人』も『悪の華』(第12章)も、同じ1857年に公序良俗を理由に起訴された。文学と社会の衝突が、最も見えやすい形で起きる。