通史|第6章 18世紀(1)— 啓蒙と批判の精神
この章の狙い
要点: 18世紀の作家は、文学者であると同時に思想家である。小説も劇も、考えを運ぶ器として使われた。だから作品を読むときには、「何を主張しているか」を問う必要がある。
そしてもう1つ。書くことが危険だった。検閲があり、投獄も亡命もあった。匿名・偽の出版地・寓話(ぐうわ)の形式は、それをかいくぐるための技術である。形式そのものが政治的な条件から生まれているという点が、この世紀を読むときの鍵になる。
世紀の空気
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1715年 | ルイ14世の死。摂政(せっしょう)時代に入り、社会の空気がゆるむ |
| 1751年 | 『百科全書』刊行開始 |
| 1762年 | ルソー『社会契約論』『エミール』 |
| 1789年 | フランス革命 |
- 📘 啓蒙:理性によって偏見と迷信を退け、社会を改善できると考える18世紀の知的運動。フランス語では「光」を意味する語で呼ばれる。
文学の場が変わったことも大きい。
| 場 | 性格 |
|---|---|
| サロン | 女性が主催し、作家・学者・貴族が集う。作品と思想が議論される |
| カフェ | 身分を越えて集まり、議論する。新聞や小冊子が読まれた |
| アカデミー | 権威の場。ただし啓蒙の書き手も次第に迎え入れられる |
宮廷から離れたところに読者が生まれたことが、文学の内容を変えた。読者は貴族だけではなくなる。
モンテスキュー
- 📘 モンテスキュー(Montesquieu, 1689-1755):法官・思想家。制度を比較して考える方法を確立した。
| 作品 | 年 | 内容 |
|---|---|---|
| 『ペルシア人の手紙』 | 1721年 | 書簡体小説。ペルシア人がパリを訪れ、驚きを手紙に書く |
| 『法の精神』 | 1748年 | 政体を比較し、権力の分立を論じた |
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『ペルシア人の手紙』の仕掛けが重要である。
⚡ 外部の目という装置
- 異邦人の目を借りて、自国の習慣を「奇妙なもの」として描く。
- こうすると、直接批判せずに批判できる。検閲をかいくぐる技術でもある。
- 宗教・王権・社交界のすべてが、「彼らの奇妙な風習」として書かれる。
- この装置は、モンテーニュの「人食い人種について」(第3章)から続く系譜にある。
『法の精神』の権力分立の議論は、アメリカ合衆国憲法やフランス革命期の憲法に影響した。文学史の作品でありながら、政治思想史の古典でもある。
ヴォルテール
- 📘 ヴォルテール(Voltaire, 1694-1778):本名フランソワ=マリー・アルエ。18世紀で最も広く読まれ、最も戦った作家。悲劇・歴史・書簡・小説とあらゆる形式で書いた。
| 作品 | 年 | 内容 |
|---|---|---|
| 『哲学書簡』 | 1734年 | イギリスの制度と思想を紹介し、フランスを暗に批判した。焚書(ふんしょ)処分 |
| 『カンディード』 | 1759年 | 哲学コントの代表作 |
| 『寛容論』 | 1763年 | カラス事件をきっかけに、宗教的不寛容を論じた |
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- 📘 哲学コント:思想を伝えるために書かれた短い物語。筋や人物の厚みより、考えを試すことが目的である。
『カンディード』は、「この世界は可能な限り最善である」という楽天主義を、次々に起こる災厄で反駁する構成になっている。リスボン大地震(1755年)が背景にある。
結末の「われわれの畑を耕さねばならない」という一句は、抽象的な議論を離れて具体的な仕事に向かうことの表明として、繰り返し引用される。
カラス事件では、ヴォルテールは冤罪で処刑された人物の名誉回復のために闘い、実際に判決を覆させた。作家が社会に介入するという型が、ここで作られている。20世紀のゾラ(第11章)やサルトル(第15章)につながる系譜である。
『百科全書』
- 📘 『百科全書』:1751年から刊行された大規模な事典。ディドロとダランベールが編集し、多くの執筆者が加わった。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 期間 | 1751年〜1772年(本文と図版を合わせて長期にわたる) |
| 編集 | ディドロ、ダランベール |
| 執筆 | ヴォルテール、モンテスキュー、ルソーらも寄稿 |
| 特徴 | 技術と手仕事の項目を重視し、図版を多数収めた |
刊行は妨害され、途中で許可を取り消されている。それでも続けられた。
⚡ 『百科全書』が新しかった点
- 知識を体系として並べ、誰でも参照できるようにした。
- 職人の技術を、学問と同じ資格で扱った。それまで書き残されなかった領域である。
- 項目のあいだに参照を張り、直接書けない批判を別の項目に忍ばせた。検閲への対抗手段でもある。
「啓蒙」という運動を、1つの物として形にした事業であり、この世紀を象徴する。
検閲と、それをかいくぐる形式
18世紀の作家は、書いたものによって投獄・亡命・焚書を経験している。ヴォルテールはバスティーユに入れられ、イギリスへ亡命した。ディドロも投獄された。
対抗する技術がいくつもあった。
| 技術 | 内容 |
|---|---|
| 匿名・変名 | 作者名を出さない |
| 偽の出版地 | 国外で刷ったように見せる |
| 異邦人の目 | 『ペルシア人の手紙』の型 |
| 遠い時代・遠い国 | 舞台をずらして同時代を語る |
| 寓話・コント | 現実の話ではないという建前を保つ |
形式は美学の問題であるだけでなく、書ける/書けないの問題でもある。この視点は、検閲のあった他の時代(17世紀の『タルチュフ』、20世紀の占領期)を読むときにも使える。
この時代のまとめ
| 作家 | 主な武器 | 代表作 |
|---|---|---|
| モンテスキュー | 比較と分析、外部の目 | 『ペルシア人の手紙』『法の精神』 |
| ヴォルテール | 皮肉と速度、社会への介入 | 『カンディード』『寛容論』 |
| ディドロら | 集団による知の組織化 | 『百科全書』 |
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⚠️ 18世紀前半で混同しやすい形
- 啓蒙を「無神論」と同一視する。多くの啓蒙思想家は神の存在自体は否定せず、教会の権威と不寛容を批判した。
- 哲学コントを普通の小説として読む。人物の心理や筋の必然性より、思想を試すことが目的である。
- 『百科全書』をディドロ1人の仕事と考える。ダランベールとの共同編集で、多数の執筆者がいる。
- 『ペルシア人の手紙』を旅行記と考える。フランス人が書いた虚構の書簡体小説である。
主要作品の中身
モンテスキュー『ペルシア人の手紙』(1721年)
2人のペルシア人がフランスを旅し、見聞を故郷へ手紙で書き送る。パリの流行、王の権威、教皇、社交界の作法が、「彼らの奇妙な風習」として報告される。並行して、故郷に残された後宮の女性たちの手紙が挿入され、そちらでは支配と反乱が進行する。
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 主題 | 相対化。自分の社会を外から見ること |
| 試験で問われる点 | 書簡体であること、後宮の筋が持つ意味(専制の批判との対応) |
ヴォルテール『カンディード』(1759年)
「この世界は可能な限り最善である」と教わった青年カンディードが、城を追われ、戦争・地震・宗教裁判・奴隷制・詐欺(さぎ)に次々と遭う。教師パングロスは、どんな惨事のあとも同じ楽天論を繰り返す。世界を一周したのち、一同は小さな畑にたどり着き、「われわれの畑を耕さねばならない」という一句で終わる。
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 主題 | 楽天主義の反駁と、抽象的な議論から具体的な仕事への転換 |
| 試験で問われる点 | 哲学コントという形式、リスボン地震(1755年)との関係、結末の解釈 |
『百科全書』(1751〜1772年)
知識を項目に分けて並べ、参照でつなぐ。技術と手仕事の項目に多くの図版を割いた点が新しい。直接書けない批判は、無関係に見える項目に置いて相互参照で示すという手法が使われた。
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 主題 | 知識の組織化と、そのものが持つ政治性 |
| 試験で問われる点 | 編者、期間、技術項目の重視、刊行の妨害 |
読むときの手がかり
18世紀の物語は、筋の必然性や人物の厚みを求めて読むと肩透かしになる。カンディードは何度も死にかけ、死んだはずの人物が平然と再登場する。それは失敗ではなく、思想を試すための装置である。「この場面は何を論駁しているのか」を問うのが、正しい読み方になる。
⚡ 第6章の通過チェック
- 18世紀に文学の場がどこへ移ったかを言える
- 『ペルシア人の手紙』の仕掛けと、その系譜を説明できる
- 『法の精神』の主張と、その後世への影響を言える
- 哲学コントとは何かを説明でき、『カンディード』の構成を言える
- カラス事件でヴォルテールがしたことと、その系譜上の意味を言える
- 『百科全書』の刊行期間・編者・新しかった点を3つ言える
- 検閲をかいくぐる形式の技術を4つ言える
次章へ
次章も18世紀だが、別の流れを扱う。理性と批判の啓蒙に対して、感情・自然・自己の告白を重んじる書き手が現れる。その中心がルソーである。
同じ世紀の中に、理性の側と感情の側が並んでいる。そして後者が、19世紀のロマン主義(第9章)へまっすぐつながっていく。あわせて、この世紀に大きく発展した小説の流れも見る。