通史|第9章 ロマン主義 — 形式の解放とユゴー
この章の狙い
要点: ロマン主義は、宣言と論争を伴って組織された最初の文学運動である。前章までの「後から名付けられた傾向」とは違い、当事者が自分たちで綱領を書き、敵を名指しし、劇場で衝突した。
中身は一言でいえば古典主義の規則の否定である。三単一を破り、高尚な語彙の制限を捨て、悲劇と喜劇を混ぜる。第4章で見た規範を1つずつ壊していくので、両方を並べて理解すると筋が通る。
時代の条件
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1815年 | ナポレオン失脚、王政復古 |
| 1830年 | 七月革命。同じ年に『エルナニ』の初演 |
| 1848年 | 二月革命、第二共和政 |
| 1851年 | ルイ・ナポレオンのクーデタ。ユゴーは亡命する |
革命の記憶と、失われた理想が世代の背景にある。第8章の「世紀病」を引き継ぎながら、それを行動と表現へ転じようとするのがこの世代の特徴である。
宣言 — 『クロムウェル』序文
- 📘 『クロムウェル』序文(1827年):ユゴーが自作の戯曲に付した長い序文。ロマン主義演劇の綱領として読まれた。
主張は3点にまとめられる。
⚡ 序文が主張したこと
- 三単一のうち、時と場の統一を否定する。筋の統一だけを残す。
- グロテスクと崇高を並べる。美しいものだけを扱うのではなく、醜いもの・滑稽なものを同時に舞台に上げる。自然も人生もそうできているという理由による。
- ジャンルの混合。悲劇と喜劇を分ける必要はない。
- 📘 グロテスク:醜いもの、歪んだもの、滑稽なもの。ユゴーはこれを崇高と対比させることで、崇高をより際立たせると論じた。
この対比が、ユゴーの作品全体を貫く原理になる。『ノートル=ダム・ド・パリ』のカジモドは、その最も分かりやすい形である。
『エルナニ』の戦い
- 📘 『エルナニ』の戦い:1830年、ユゴーの戯曲『エルナニ』の初演をめぐって、劇場で古典派とロマン派の支持者が衝突した事件。
争点は規則違反である。三単一を守らず、韻文(いんぶん)の切り方も従来の規範を破っていた。第1幕の冒頭からアレクサンドランの句切れ(くぎれ)をずらしていることが、当時の観客には衝撃だった(詩法の知識がここで効いてくる。フランス語の教材の文学フランス語の章を参照)。
ロマン派が勝ったと語られるが、実際には論争が続いた。文学史が「事件」として整理した面があることは、注意しておく。
詩
ロマン主義の詩は、個人の感情を、自然を通して語る。
| 詩人 | 代表作 | 年 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| ラマルティーヌ | 『瞑想詩集』 | 1820年 | ロマン主義詩の出発点とされる。喪失と時間 |
| ヴィニー | 『運命詩集』 | 1864年(死後) | 沈黙と孤高。思想を詩にする |
| ミュッセ | 『四夜』ほか | 1830年代 | 苦しみと告白。感情をそのまま出す |
| ユゴー | 『東方詩集』『静観詩集』 | 1829年、1856年 | 主題も語彙も最も広い |
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『瞑想詩集』の「湖」は、過ぎた時間と失われた愛を自然に語りかける形の詩で、以後の型になった。
ユゴーの『静観詩集』は、娘の死を中心に据えた詩集である。個人の喪失から宇宙的な問いへ広がっていく構成が、しばしば論じられる。
小説と演劇 — ユゴー
- 📘 ヴィクトル・ユゴー(Victor Hugo, 1802-1885):詩・小説・戯曲のすべてで頂点に立った作家。19世紀フランス文学の中心人物であり、政治家でもあった。
| 作品 | 年 | 形式 |
|---|---|---|
| 『クロムウェル』序文 | 1827年 | 評論 |
| 『エルナニ』 | 1830年 | 戯曲 |
| 『ノートル=ダム・ド・パリ』 | 1831年 | 小説 |
| 『リュイ・ブラース』 | 1838年 | 戯曲 |
| 『静観詩集』 | 1856年 | 詩集 |
| 『レ・ミゼラブル』 | 1862年 | 小説 |
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1851年から1870年まで、ユゴーは亡命していた。第二帝政に反対したためである。『レ・ミゼラブル』は亡命中に完成した。
『レ・ミゼラブル』の性格は、次の3つが同時に成り立っている点にある。
| 側面 | 内容 |
|---|---|
| 物語 | 元徒刑(とけい)囚ジャン・ヴァルジャンの生涯 |
| 社会批判 | 貧困と法。「社会が作り出す悲惨」を告発する |
| 歴史記述 | ワーテルローの戦い、パリの下水道、1832年の蜂起(ほうき)を長く扱う |
筋と関係のない章が大量にあることが、この作品の特徴である。小説が社会と歴史をまるごと収める器になっている。
その他の作家
| 作家 | 特徴 |
|---|---|
| ジェラール・ド・ネルヴァル | 『シルヴィ』『オーレリア』。夢と記憶が現実と溶け合う。後の象徴主義とシュルレアリスムが先駆と見なした |
| ジョルジュ・サンド | 男性名で発表した女性作家。田園小説と社会小説。女性が職業作家として生きた例 |
| アレクサンドル・デュマ | 『三銃士』『モンテ=クリスト伯』。新聞連載小説で広い読者を得た |
ネルヴァルの位置づけは変化してきた。同時代には周縁的だったが、20世紀に再評価された。文学史の評価が固定されたものではないことの例である。
この時代の作品を読む
| 作品 | 読みどころ | 原文の難しさ |
|---|---|---|
| 『エルナニ』 | 冒頭の詩句の切り方。規則破りがどこにあるかを目で確かめる | 韻文。注釈つきなら読める |
| 『ノートル=ダム・ド・パリ』 | カジモドとフロロ。グロテスクと崇高の対比 | 建築描写が長く、語彙が広い |
| 『レ・ミゼラブル』 | ジャン・ヴァルジャンと司教の場面(第1部)。抜粋(ばっすい)で読むのが現実的 | 長大。抜粋での講読が普通 |
| 『瞑想詩集』「湖」 | 時間と自然への呼びかけ。ロマン主義詩の型 | 12音節(おんせつ)。詩法の知識があれば読める |
| 『シルヴィ』 | 記憶と現在の層が重なる語り | 短く、文体は明晰 |
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授業で扱われることが多いのは『レ・ミゼラブル』の抜粋と、ロマン主義詩である。ユゴーの詩は語彙が広いので、まず散文から入るほうが負担が小さい。
主要作品の中身
ユゴー『ノートル=ダム・ド・パリ』(1831年)
15世紀のパリ。大聖堂の鐘つきで、醜く聾のカジモドが、踊り子エスメラルダを愛する。彼女に執着する助祭長フロロは、手に入らないと知ると彼女を魔女として告発する。カジモドは彼女を大聖堂に匿うが、救うことはできない。
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 主題 | グロテスクと崇高。醜い者の中の高貴さ、聖職者の中の欲望 |
| 試験で問われる点 | 大聖堂そのものが登場人物のように扱われること、中世への関心 |
ユゴー『レ・ミゼラブル』(1862年)
パン一切れを盗んで19年を徒刑場で過ごしたジャン・ヴァルジャンが、司教の慈悲に触れて生き方を変える。名を変えて市長となるが、警官ジャヴェールに追われ続ける。孤児コゼットを引き取り、育て、1832年の蜂起のバリケードで彼女の恋人を救って死んでいく。
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 主題 | 法と正義のずれ。社会が作り出す悲惨 |
| 試験で問われる点 | 筋と無関係な長い章(ワーテルロー、下水道)の意味、亡命中の執筆 |
ラマルティーヌ「湖」(『瞑想詩集』1820年)
愛する人と過ごした湖に、一人で戻ってくる。時よ止まれと呼びかけ、過ぎ去った時間を自然に問う。個人の感情を、自然への語りかけとして表現する型を確立した。
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 主題 | 時間の不可逆性、記憶の場所としての自然 |
| 試験で問われる点 | ロマン主義詩の出発点とされる理由、アレクサンドランの使い方 |
ネルヴァル『シルヴィ』(1853年)
パリで舞台女優に恋する語り手が、故郷の村へ向かう夜の道すがら、過去の記憶をたどる。幼なじみのシルヴィ、幻のような娘アドリエンヌ、そして現在の女優。3人の女性像が重なり合い、現在と過去の層が溶け合う。
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 主題 | 記憶と夢と現実の境界 |
| 試験で問われる点 | プルーストが高く評価したこと、20世紀の再評価 |
年表
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1820年 | ラマルティーヌ『瞑想詩集』 |
| 1827年 | ユゴー『クロムウェル』序文 |
| 1830年 | 七月革命/『エルナニ』の戦い |
| 1831年 | ユゴー『ノートル=ダム・ド・パリ』 |
| 1848年 | 二月革命 |
| 1851年 | ユゴー亡命(〜1870年) |
| 1856年 | ユゴー『静観詩集』 |
| 1862年 | ユゴー『レ・ミゼラブル』 |
⚠️ ロマン主義で混同しやすい形
- 三単一を全部否定したと考える。序文が否定したのは時と場で、筋の統一は残している。
- 『エルナニ』の戦いを一夜の決着と考える。論争は続いた。文学史が事件として整理した面がある。
- ロマン主義を「感情的な文学」とだけ捉える。形式の解放が中心の主張である。
- ユゴーをロマン主義だけで括る。60年以上書き続け、後期の作品は運動の枠に収まらない。
⚡ 第9章の通過チェック
- 『クロムウェル』序文の主張を3点言える
- グロテスクと崇高の関係を説明できる
- 『エルナニ』の戦いの争点と、語られ方への注意を言える
- ロマン主義の詩人を4人挙げ、代表作を言える
- 『レ・ミゼラブル』の3つの側面を言える
- ユゴーの亡命の時期と理由を言える
- ネルヴァルの評価の変化を説明できる
次章へ
次章は写実主義である。ロマン主義が個人の感情を語ったのに対し、社会をそのまま書こうとする小説が現れる。
スタンダールとバルザック。どちらもロマン主義と同時代を生きているが、書いたものは正反対に近い。運動が交代したのではなく、並走していたという点に注意して読むことになる。