通史|第3章 16世紀 — ルネサンスと宗教改革
この章の狙い
要点: 16世紀に、文学の条件が3つ同時に変わる。印刷術で本が複製できるようになり、イタリアから新しい文化が入り、宗教改革で信仰が分裂した。この3つが重なった結果、フランス語で書くこと自体が主張になる。
学問はラテン語で書くものだった。そこへ「自国語でも高度な文学が書ける」と宣言する人々が現れる。この章は、フランス文学がフランス語の文学になった時代の話である。
3つの条件
| 条件 | 内容 | 文学への影響 |
|---|---|---|
| 印刷術 | 15世紀半ばに発明、16世紀に普及 | 同じ本文が広く流通する。「決定版」という考えが生まれる |
| イタリア戦争 | 1494年以降、フランス王がイタリアへ遠征 | ルネサンス文化が流入。ソネットなどの形式が入る |
| 宗教改革 | 1517年以降 | 信仰が分裂し、書くことに危険が伴うようになる |
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- 📘 人文主義(ユマニスム):ギリシア・ローマの古典を原典で読み直し、そこから人間のあり方を考えようとする態度。16世紀ヨーロッパの知的運動の中心にあった。
古典に戻ることが、そのまま新しさだったという点が重要である。ルネサンス(再生)という語は、古代の再生を意味している。
さらに、行政の場面でもフランス語の地位が上がる。
⚡ 1539年 ヴィレール=コトレの王令(おうれい)
- 裁判と行政の文書をフランス語で書くことが定められた。
- それまではラテン語が使われていた。国家がフランス語を公式の言語として選んだことになる。
- 文学の側でこれに呼応するのが、10年後のデュ・ベレーの宣言である。
ラブレー — 笑いと知の巨人
- 📘 フランソワ・ラブレー(François Rabelais, 1483頃-1553):修道士・医師・作家。巨人の親子を主人公とする物語で、あらゆる知識と笑いを詰め込んだ。
| 作品 | 年 |
|---|---|
| 『パンタグリュエル』 | 1532年 |
| 『ガルガンチュア』 | 1534年ごろ |
| 『第三の書』『第四の書』 | 1546年、1552年 |
息子(パンタグリュエル)の話が先に出て、あとから父(ガルガンチュア)の話が書かれた。この順序はよく問われる。
作品の性格は、次の3点にまとめられる。
| 特徴 | 内容 |
|---|---|
| 中世の笑いの継承 | 巨人譚、下品な笑い、言葉遊び。第2章のファブリオーの流れ |
| 人文主義の教育論 | ガルガンチュアの教育の場面で、古い教育を批判し、新しい教育を提案する |
| 言語の実験 | 造語、列挙、方言の混在。フランス語の可能性を拡張した |
テレームの修道院の場面が有名で、そこには「汝の欲するところを行え」という規則だけが掲げられる。人間の本性への信頼を示した箇所として、繰り返し論じられてきた。
ラブレーは神学部から批判を受け、著作は禁書とされた。宗教改革の時代に書くことは、危険を伴った。
詩の革新 — プレイヤード派
16世紀前半の詩人クレマン・マロは、中世からの形式を受け継ぎつつ軽妙な詩を書いた。だが世紀の半ばに、詩の考え方そのものを変える一団が現れる。
- 📘 プレイヤード派:1550年ごろに結成された7人の詩人の一団。古代の詩を模範として、フランス語で高度な詩を作ろうとした。
その宣言が、デュ・ベレーの『フランス語の擁護と顕揚(けんよう)』(1549年)である。
⚡ 『擁護と顕揚』が主張したこと
- フランス語はラテン語に劣らない。足りないのは言語ではなく、それで書かれた作品である。
- 古代の作品を模倣することで、フランス語を豊かにできる。
- 中世以来の形式を捨て、ソネット・オード・悲劇といった古代・イタリア由来の形式を取り入れる。
- 📘 ソネット:14行からなる詩形。イタリアで完成し、この時期にフランスへ入った。以後、フランス詩の基本形の1つになる。
| 詩人 | 代表作 |
|---|---|
| ピエール・ド・ロンサール | 『恋愛詩集』(1552年)、「カッサンドルへのオード」 |
| ジョアシャン・デュ・ベレー | 『哀惜』(1558年)、『ローマの古蹟』(1558年) |
ロンサールの「ばらを摘め」の主題(若いうちに人生を楽しめ、という古代由来の呼びかけ)は、フランス詩の定型として長く受け継がれた。
デュ・ベレーはローマ滞在の失望を詩にした。理想としての古代と、目の前の現実のずれを書いた点で、後の詩に通じるものがある。
モンテーニュ — 新しい散文の形
- 📘 ミシェル・ド・モンテーニュ(Michel de Montaigne, 1533-1592):法官を辞して城に引きこもり、自分自身を主題にした散文を書いた。
| 作品 | 年 |
|---|---|
| 『エセー』第1巻・第2巻 | 1580年 |
| 『エセー』第3巻を含む増補版 | 1588年 |
- 📘 エセー:「試み」を意味するフランス語。モンテーニュがこの語を書物の題に使ったことで、随筆というジャンルの名前になった。
『エセー』の特徴は3つある。
| 特徴 | 内容 |
|---|---|
| 自分を主題にする | 「私自身が私の書物の中身である」。当時としては異例だった |
| 判断を保留する | 「私は何を知っているか」という問い。断定を避け、考えの動きそのものを書く |
| 書き足していく | 版を重ねるたびに加筆した。完成させずに増やすという書き方 |
宗教戦争の時代に書かれていることが重要である。信仰をめぐって人が殺し合う中で、断定しないこと・他者の習慣を裁かないことを選んだ。「人食い人種について」の章では、未開とされる人々のほうが残酷でないかもしれないと論じている。
この態度は、18世紀の啓蒙(第6章)へ直接つながる。ヴォルテールもルソーもモンテーニュを読んでいる。
宗教戦争と文学
1562年から1598年まで、カトリックとプロテスタントの内戦が続いた。文学もこの対立から離れられない。
| 作家 | 立場・作品 |
|---|---|
| マルグリット・ド・ナヴァール | 『エプタメロン』(1559年、死後刊行)。物語集。改革派を保護した |
| アグリッパ・ドービニェ | 『悲愴曲(ひそうきょく)』(1616年)。プロテスタント側から戦争の惨状を書いた叙事詩(じょじし) |
1598年のナントの王令で戦争は一応終わる。この収束が、次の世紀の秩序への志向を準備することになる。
この時代のまとめ
| 領域 | 何が起きたか | 代表 |
|---|---|---|
| 散文(物語) | 中世の笑いと人文主義の結合 | ラブレー |
| 詩 | 古代の形式の導入、ソネットの定着 | プレイヤード派 |
| 散文(思索) | 自己を主題とする新ジャンルの誕生 | モンテーニュ |
| 言語 | フランス語が公式の言語になり、文学の言語として主張される | 王令、『擁護と顕揚』 |
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⚠️ 16世紀で混同しやすい形
- 『ガルガンチュア』が先に書かれたと考える。『パンタグリュエル』(1532年)が先である。
- プレイヤード派を「古典主義」と呼ぶ。古典主義は17世紀の運動で、別物である。
- 『エセー』を随筆の一種と考える。逆で、この作品が随筆というジャンルを作った。
- ルネサンスを「中世の否定」と単純化する。ラブレーは中世の笑いを受け継いでいる。
主要作品の中身
ラブレー『ガルガンチュア』(1534年ごろ)
巨人ガルガンチュアの誕生・教育・戦争を語る。旧来のスコラ的な教育で愚鈍になった主人公が、人文主義的な教育者のもとで学び直して有能になるという筋が中心にある。戦争の褒賞として建てられるテレームの修道院には、「汝の欲するところを行え」という規則だけが掲げられる。
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 主題 | 教育論と、人間の本性への信頼。笑いと知識が同居する |
| 試験で問われる点 | 『パンタグリュエル』(1532年)が先であること、テレームの規則、禁書処分 |
モンテーニュ『エセー』(1580年/1588年)
主題を定めずに、自分が考えたことをそのまま書いていく。旅、教育、友情、死、習慣、そして自分自身。版を重ねるごとに加筆され、前に書いたことを消さずに、その上に書き足していく。
| 章 | 内容 |
|---|---|
| 「人食い人種について」 | 新大陸の習慣を紹介し、「野蛮」と呼ぶのは自分の習慣を基準にしているだけではないかと問う |
| 「子供の教育について」 | 詰め込みを批判し、判断力を養う教育を説く |
| 「経験について」 | 最終巻。自分の身体と日常から考える |
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 主題 | 判断を保留すること。「私は何を知っているか」 |
| 試験で問われる点 | エセーという語の由来、宗教戦争期に書かれたこと、啓蒙への影響 |
プレイヤード派の詩
ロンサールの「恋人よ、見に行こう、薔薇が…」に代表される、時間の速さと若さの短さを歌う型が広く模倣された。古代の詩人ホラティウスの主題を、フランス語のソネットとオードで実現している。
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 主題 | 時の流れ、美の儚さ、そして詩による不滅 |
| 試験で問われる点 | 『擁護と顕揚』(1549年)の主張、ソネットの導入 |
⚡ 第3章の通過チェック
- 16世紀に文学の条件を変えた3つの出来事を言える
- 1539年の王令が何を定めたかを言える
- ラブレーの2作の刊行順と、作品の3つの特徴を言える
- 『擁護と顕揚』の主張を3点言える
- プレイヤード派の詩人を2人挙げ、代表作を言える
- 『エセー』の3つの特徴と、それが宗教戦争の時代に書かれた意味を言える
次章へ
次章は17世紀である。宗教戦争が終わり、王権が強まる中で、文学は規則と秩序へ向かう。
16世紀が言語と形式を広げた世紀だとすれば、17世紀はそれを削り、整える世紀である。何をしてよく何をしてはいけないかが細かく定められ、その規則の中で最高の作品が書かれることになる。