🧭全体地図📘文学史
2 / 16
CHAPTER 2 通史 読む目安 約10分 / ⚡暗記ボックス 1

通史|第2章 中世 — 武勲詩・宮廷恋愛・笑いの文学

この章の狙い

要点: 中世の文学は、声に出して語られ、耳で聞かれた。作者名が伝わらない作品も多く、写本(しゃほん)ごとに本文が違う。「作者が書いた1つの決定版がある」という前提そのものが、まだ存在しない。

覚えるべきは作品名だけではない。武勲詩(ぶくんし)・宮廷風恋愛・笑いの文学という3つの流れが、それぞれ別の聞き手に向けて別の価値を語っていた、という構図である。この3つが、後のフランス文学のジャンルの原型になる。

▲ この章の内容へ

前提 — 古フランス語という壁

⊳ この節の問題を解く(2問・1枚)

中世の作品は古フランス語で書かれており、現代フランス語とは別の言語に近い。名詞に格変化が残り、綴りも発音も違う。

  • 📘 古フランス語:9世紀から13世紀ごろのフランス語。名詞に主格と斜格の区別が残っていた。現代語とは直接読み通せないほど違う。
  • 📘 写本:印刷以前の、手で書き写された本。写すたびに本文が変わるため、同じ作品でも写本ごとに違いがある。

授業では現代フランス語訳か日本語訳で読むのが普通である。原文で読むのは中世文学を専門にする段階になってからでよい。ただし、「決定版のテクストが存在しない」という事実そのものが、文学研究では重要な論点になる。

最古の記録は842年の『ストラスブールの誓約』で、これは文学作品ではなく政治文書である。文学として残る最初のまとまった作品が、次の武勲詩にあたる。

▲ この章の内容へ

武勲詩 — 戦士の文学

⊳ この節の問題を解く(3問・2枚)

  • 📘 武勲詩:騎士の戦いと忠誠を語る長編の韻文(いんぶん)。11世紀から13世紀にかけて成立し、吟遊詩人(ぎんゆうしじん)が節をつけて語った

代表作が『ロランの歌』(La Chanson de Roland)である。

項目 内容
成立 11世紀末から12世紀初頭。最古の写本はオックスフォードにある
題材 778年、シャルルマーニュ軍の後衛がロンスヴォーの谷で全滅した事件
主人公 ロラン。援軍を呼ぶ角笛を吹くことを拒み、戦って死ぬ
主題 王への忠誠、キリスト教世界のための戦い、裏切り

史実からは300年以上あとに作られている。実際の襲撃者はバスク人だったが、作品ではイスラム勢力に置き換えられている。文学は史実の記録ではないという、この教材で繰り返し出る点の最初の例になる。

形式にも特徴がある。

武勲詩の形式

  • 10音節(おんせつ)の詩句が基本。第2章で扱うアレクサンドラン(12音節)はまだ主流ではない。
  • 同じ母音をそろえた行のまとまり(レス)で区切られる。押韻ではなく母音の反復による。
  • 同じ場面を少しずつ変えて繰り返す手法がある。耳で聞く文学だからこその技法である。

▲ この章の内容へ

宮廷風恋愛 — 愛の文学

⊳ この節の問題を解く(3問・2枚)

12世紀に、まったく違う価値を語る文学が現れる。戦士の忠誠ではなく、女性への奉仕を最高の価値とする文学である。

  • 📘 宮廷風恋愛:騎士が身分の高い既婚の女性に仕え、その愛によって自らを高めるという恋愛の理想。12世紀の南フランスの宮廷で生まれた。
担い手 地域・言語
トルバドゥール 南フランス、オック語
トルヴェール 北フランス、オイル語

この理想が、ヨーロッパの恋愛観そのものを作ったと言われる。愛が人を高めるという考え方は、ここから始まっている。

クレチアン・ド・トロワ

  • 📘 クレチアン・ド・トロワ(Chrétien de Troyes):12世紀後半の詩人。アーサー王物語をフランス語で作り上げた
作品 内容
『荷車の騎士ランスロ』 ランスロと王妃グニエーヴルの愛。宮廷風恋愛の典型
『聖杯の物語(ペルスヴァル)』 聖杯探求の主題を文学に持ち込んだ。未完

騎士道物語というジャンルは、ここで形が定まる。のちのヨーロッパ文学に長く影響し、16世紀にはこの型を笑い飛ばす作品(『ドン・キホーテ』)が生まれるほど広く読まれた。

『トリスタンとイズー』

避けられない愛を描いた物語で、12世紀に複数の版が作られた。媚薬(びやく)を誤って飲んだ二人が、意志とは無関係に愛し合ってしまう。

宮廷風恋愛が「自分を高める愛」であるのに対し、こちらは「破滅させる愛」である。同じ12世紀に、正反対の愛の物語が並んでいたことになる。

『薔薇物語』

13世紀の長編寓意(ぐうい)詩で、2人の作者が別々の時期に書いた前半と後半でできている

部分 作者 時期 性格
前半 ギヨーム・ド・ロリス 1230年ごろ 宮廷風恋愛の技法を寓意で語る
後半 ジャン・ド・マン 1270年ごろ 百科全書的で、宮廷風恋愛に批判的

← 横に動かして読めます →

同じ作品の中で価値観が反転しているため、中世の思想の変化を見るうえで重要な作品とされる。

▲ この章の内容へ

笑いの文学 — 市民の文学

⊳ この節の問題を解く(1問・2枚)

騎士の理想を語る文学と並んで、それを笑う文学があった。担い手は都市の市民層である。

ジャンル 内容
ファブリオー 短い滑稽な韻文物語。庶民の生活、色恋、だまし合い
『狐物語(きつねものがたり)』 狐のルナールが権力者を出し抜く動物寓話(ぐうわ)の集成。12〜13世紀
笑劇(しょうげき) 喜劇の一種。『パトラン先生』(15世紀)が代表作
  • 📘 『狐物語』(Le Roman de Renart):狐のルナールを主人公とする物語群。騎士道物語の枠組みを動物に置き換えて、権威を風刺(ふうし)した

フランス語で狐を意味する renard は、この主人公の名前が普通名詞になったものである(もとの語は goupil)。作品が言語そのものを変えた例にあたる。

風刺と笑いは、フランス文学の一貫した特徴になる。ラブレー、モリエール、ヴォルテールへとつながる流れが、ここに始まっている。

▲ この章の内容へ

演劇

⊳ この節の問題を解く(1問・1枚)

中世の演劇は教会から始まった

種類 内容
典礼劇・奇跡劇(きせきげき) 聖書の場面や聖人の奇跡を演じる。教会の中から始まり、やがて広場へ出た
聖史劇(せいしげき) 大規模な宗教劇。数日かけて上演されることもあった
笑劇 世俗の喜劇。短く、庶民的

舞台は同時に複数の場所を表した(天国・地上・地獄が並んで置かれる)。17世紀の三単一の規則(第4章)とは正反対の作りである。演劇の規則は自然なものではなく、時代ごとの約束事であることが分かる。

▲ この章の内容へ

ヴィヨン — 中世の終わりの詩人

⊳ この節の問題を解く(1問・1枚)

  • 📘 フランソワ・ヴィヨン(François Villon, 1431-1463以後):15世紀の詩人。盗みと殺人に関わり、追放刑を受けた。生涯の終わりは分かっていない。
作品
『形見分け(かたみわけ)』 1456年
『遺言詩集(ゆいごんししゅう)』 1461年ごろ

死と時間の流れ、貧しさ、後悔を、自分自身の声で語った。中世の文学が多く匿名的だったのに対し、ヴィヨンの詩は本人の生涯と切り離せない

「近代的な詩人の最初の一人」とされるのはこのためで、19世紀のロマン主義(第9章)や象徴主義(第12章)の詩人たちが、彼を再発見して自分たちの先駆と見なした。

▲ この章の内容へ

この時代のまとめ

流れ 聞き手 価値 代表
武勲詩 領主と騎士 忠誠・信仰・武勇 『ロランの歌』
宮廷風恋愛・騎士道物語 宮廷、とくに女性 愛による自己の向上 クレチアン・ド・トロワ
笑いの文学 都市の市民 機知・現実・風刺 『狐物語』、ファブリオー

← 横に動かして読めます →

⚠️ 中世で混同しやすい形

  • 武勲詩と騎士道物語を同じものと考える。前者は戦いと忠誠、後者は愛と冒険で、聞き手も価値も違う。
  • 『ロランの歌』を史実の記録と考える。300年以上あとの作品で、敵の設定も変えられている。
  • 『薔薇物語』を1人の作品と考える。前半と後半で作者も価値観も違う。
  • 中世を「暗黒時代」と考える。この章で見たとおり、恋愛の理想も風刺も演劇も、この時代に形ができている。

▲ この章の内容へ

主要作品の中身

⊳ この節の問題を解く(3問・2枚)

『ロランの歌』(11世紀末〜12世紀初頭)

シャルルマーニュのスペイン遠征の帰路、後衛を任されたロランが、義父ガヌロンの裏切りによってサラセン軍の大軍に襲われる。ロランは援軍を呼ぶ角笛を吹くことを名誉のために拒み、部下が次々に倒れたのちにようやく吹くが、間に合わずに戦死する。シャルルマーニュは戻って復讐し、ガヌロンは裁かれる。

論点 内容
主題 封建的な忠誠と、名誉の過剰。角笛を吹かない選択が英雄的か愚かかは、古くから論じられてきた
試験で問われる点 成立時期、題材の史実との差、10音節詩句とレスの構成

『トリスタンとイズー』(12世紀)

王の使いとしてイズーを迎えに行ったトリスタンが、船上で誤って媚薬を飲み、二人は逃れられない愛に落ちる。王への裏切りと、愛からの逃亡が続き、最後は二人の死で終わる。

論点 内容
主題 意志と無関係に人を支配する愛。宮廷風恋愛の「自己を高める愛」と正反対
試験で問われる点 宮廷風恋愛との対比、媚薬という装置の意味

『薔薇物語』(13世紀)

夢の中で薔薇の花(=愛する女性)を求める若者の遍歴(へんれき)を、擬人化された抽象概念(〈理性〉〈危険〉〈嫉妬〉など)との対話として語る。前半は恋愛の作法を寓意で説き、後半は百科全書的な脱線と、宮廷風恋愛への批判に傾く。

論点 内容
主題 恋愛の技法と、その相対化
試験で問われる点 2人の作者と、前半後半の価値観の反転

ヴィヨン『遺言詩集』(1461年ごろ)

自分の死を仮構し、知人や敵に「形見」を配るという枠で、貧困・老い・死・後悔を歌う。挿入された「昔の美女たちのバラード」の反復句「去年の雪はいまいずこ」がよく知られる。

論点 内容
主題 時間の流れと死。匿名的でない、個人の声
試験で問われる点 中世の終わりに位置すること、19世紀の詩人による再発見

▲ この章の内容へ

年表

⊳ この節の問題を解く(1枚)

出来事
842年 『ストラスブールの誓約』(最古のフランス語の記録)
11世紀末〜12世紀初頭 『ロランの歌』成立
12世紀後半 クレチアン・ド・トロワの活動
12〜13世紀 『狐物語』/ファブリオー
1230年ごろ 『薔薇物語』前半(ギヨーム・ド・ロリス)
1270年ごろ 『薔薇物語』後半(ジャン・ド・マン)
1456年 ヴィヨン『形見分け』
1461年ごろ ヴィヨン『遺言詩集』
15世紀 笑劇『パトラン先生』

第2章の通過チェック

  • 中世の文学が、書物ではなく声で伝わったことを説明できる
  • 『ロランの歌』の成立時期・題材・主題を言える
  • 宮廷風恋愛とは何かを説明でき、担い手の呼び名を2つ言える
  • クレチアン・ド・トロワの功績と代表作を2つ言える
  • 『薔薇物語』の前半と後半の違いを言える
  • 笑いの文学のジャンルを3つ言える
  • ヴィヨンが「近代的」とされる理由を言える

▲ この章の内容へ

次章へ

次章は16世紀である。印刷術が広まり、イタリアから新しい文化が入り、宗教改革が起きる。書物が複製できるようになったことで、文学の前提そのものが変わる。

そして、フランス語で書くこと自体が主張になる時代でもある。学問はラテン語で書くものだった中で、あえてフランス語を選ぶ作家たちが現れる。

読了の記録はこの端末の中だけに残ります。

📗 読み終えたら、この章の問題で理解を確かめましょう。

この章の問題を解く ▶
🧭全体地図へ戻る