通史|第16章 現代 — ヌーヴォーロマンから今へ
この章の狙い
要点: 1950年代後半以降の文学は、19世紀的な小説の作り方を疑うことから出発する。筋・人物・心理という、それまで当然とされてきた3点が、順に問い直される。
そしてもう1つ大きな変化がある。フランス語で書かれる文学が、フランスの外へ広がった。カリブ海、マグレブ、アフリカ、ケベックの作家たちが、フランス語で書いている。「フランス文学」という枠そのものが問われるのが、この章の主題である。
ヌーヴォーロマン
- 📘 ヌーヴォーロマン:1950年代後半から60年代にかけて、従来の小説の約束を否定した作家たちの総称。中心の出版社の名から「ミニュイ派」とも呼ばれる。
| 作家 | 作品 | 年 |
|---|---|---|
| アラン・ロブ=グリエ | 『嫉妬』 | 1957年 |
| 『新しい小説のために』 | 1963年 | |
| ナタリー・サロート | 『トロピスム』 | 1939年 |
| 『疑惑の時代』 | 1956年 | |
| ミシェル・ビュトール | 『心変わり』 | 1957年 |
| クロード・シモン | 『フランドルへの道』 | 1960年 |
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⚡ ヌーヴォーロマンが否定したもの
- 筋 — 出来事が因果でつながり、結末へ向かうという作り。
- 人物 — 名前と性格と経歴を持った「登場人物」。
- 心理 — 内面を説明する語り。
- かわりに置かれたのは、物の描写・繰り返し・視点の限定である。
ロブ=グリエ『嫉妬』では、語り手が一度も「私」と言わないまま、同じ場面の描写が少しずつ変わりながら繰り返される。嫉妬という語も一度も出てこない。読者は、描写の偏りから語り手の状態を推測することになる。
ビュトール『心変わり』は、二人称「あなた」で書かれた小説である。「あなたは列車に乗る」と語られ、読者が主人公の位置に置かれる。
クロード・シモンは1985年にノーベル文学賞を受けた。
この運動は、第7章のディドロ『運命論者ジャック』や第13章のジッド『贋金つくり』と同じ系譜にある。小説の約束事を疑うという試みが、20世紀後半にまとまった形をとったことになる。
ウリポ
- 📘 ウリポ:1960年に結成された、制約を課して書くことを研究する集団。数学者と作家が集まって作られた。
| 作家 | 作品 | 制約 |
|---|---|---|
| レーモン・クノー | 『文体練習』1947年 | 同じ出来事を99通りの文体で書く |
| 『百兆の詩篇(しへん)』1961年 | 10篇のソネットの行を組み替える | |
| ジョルジュ・ペレック | 『煙滅』1969年 | 文字 e を1度も使わずに書いた長編 |
| 『人生使用法』1978年 | 集合住宅の各部屋を規則に従って記述する |
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制約は、書けないことを作るためではなく、書けることを増やすためにある、というのがウリポの考え方である。
ペレック『煙滅』は、フランス語で最も多く使われる文字 e を排して書かれている。そしてこの不在は、両親を戦争で失った作者の経験と結びつけて読まれてきた。形式上の遊びが、内容と結びつく例である。
『人生使用法』は、パリの集合住宅を1つの絵のように描き出し、各部屋の物語を並べる。1978年のメディシス賞。
1968年5月以降
1968年5月の学生と労働者の運動は、文化と学問の前提を揺さぶった。文学の領域では、構造主義とその後の理論が力を持つ時期にあたる。
| 動き | 内容 |
|---|---|
| 構造主義批評 | 作品を、作者の意図ではなく構造として読む |
| 「作者の死」 | 1968年、バルトの論文。読者の側に意味の成立を移す |
| テクスト理論 | 作品ではなくテクストとして扱う |
この領域は、文学理論・批評の分野で本格的に扱う。ここでは、1960年代以降の文学が、理論と並走していたという点だけを押さえておく。
オートフィクション
- 📘 オートフィクション:自伝と小説の境界に立つ書き方。実際の自分の経験を素材にしながら、虚構としても読まれることを前提にする。1977年にドゥブロフスキーが提唱した語。
| 作家 | 作品 | 特徴 |
|---|---|---|
| アニー・エルノー | 『場所』1983年、『事件』2000年、『歳月』2008年 | 自分の経験を、社会階層の記録として書く。2022年ノーベル文学賞 |
| パトリック・モディアノ | 『暗いブティック通り』1978年 | 記憶と占領期の探索。2014年ノーベル文学賞 |
| エルヴェ・ギベール | 1990年代 | 病と死を書く |
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エルノーは「私」を語りながら、個人の話にしない。自分の育った環境と、そこから離れていく過程を、階層移動の記録として書く。社会学的な視点を文学に持ち込んだと評価される。
モディアノは、占領期のパリと、そこで消えた人々を繰り返し書く。記憶が確かでないことを前提にした語りが特徴である。授業の演習でも扱われる作家である。
フランス語圏の文学
フランス語で書かれる文学は、フランスだけのものではない。
| 地域 | 作家・動き |
|---|---|
| カリブ海 | エメ・セゼール(ネグリチュード)、エドゥアール・グリッサン、パトリック・シャモワゾー |
| マグレブ | タハール・ベン・ジェルーン、アシア・ジェバール、カメル・ダーウド |
| サハラ以南アフリカ | レオポール・セダール・サンゴール |
| ケベック | 独自の文学と言語政策 |
| フランス在住・出身 | マリー・ンディアイ、レイラ・スリマニ |
- 📘 ネグリチュード:1930年代にセゼールとサンゴールらが提唱した、黒人としての文化的自覚を肯定する運動。フランス語で書きながら、フランスの支配を批判した。
⚡ この領域の中心的な問い
- 支配した側の言語で書くとはどういうことか。
- フランス語で書けば「フランス文学」なのか。それとも別の文学なのか。
- 「フランス語圏文学」という区分自体が、中心と周縁を作ってしまわないか。
この問いは、文学理論のポストコロニアル批評と、フランス語圏の領域で本格的に扱う。文学史としては、20世紀後半に「フランス文学」の枠が問われるようになったという事実を押さえておく。
2008年にル・クレジオ、2014年にモディアノ、2022年にエルノーがノーベル文学賞を受けている。フランス語で書く作家が、現在も国際的に読まれ続けていることの現れである。
この時代の作品を読む
| 作品 | 読みどころ | 原文の難しさ |
|---|---|---|
| 『文体練習』 | 同じ話を99通りに書き分ける。文体そのものが主題 | 短い断章の集まり。初級でも入れる |
| 『嫉妬』 | 繰り返される描写のわずかな差 | 語彙は平易だが、読み方に慣れが要る |
| 『暗いブティック通り』 | 記憶をたどる語り。確定しない過去 | 文は明晰。現代文学の入門に向く |
| 『場所』 | 感情を抑えた文体。「平板な書き方」という選択 | 短く、文は非常に明晰 |
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現代の作家は、原文が読みやすいものが多い。19世紀の長編より、モディアノやエルノーのほうが先に読めることが多い。時代順に読む必要はない。
主要作品の中身
ロブ=グリエ『嫉妬』(1957年)
熱帯の植民地の家。バナナ農園、ブラインドの隙間、テーブルに置かれた3人分の食器。同じ場面が、少しずつ違う形で何度も描写される。妻Aと隣人フランクの会話、車で出かけて戻らない一夜。語り手は一度も「私」と言わず、嫉妬という語も出てこない。読者は、描写の執拗さと歪みから、見ている者の状態を推測する。
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 主題 | 見ることと、見る者の心理。心理を書かずに心理を示す |
| 試験で問われる点 | 反復と差異、語り手の不在、題名の二重の意味(嫉妬/ブラインド) |
ペレック『人生使用法』(1978年)
パリの集合住宅の正面をはがして、全ての部屋を同時に見るという設定。各部屋と各住人の物語が、チェス盤の騎士の動きに従った順序で語られる。中心にあるのは、自分の描いた絵をパズルにして解き続けた男の物語である。
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 主題 | 全体を記述しようとする試みと、その不可能性 |
| 試験で問われる点 | ウリポ的な制約、断章の集積という構成、バルザック的な全体小説との関係 |
モディアノ『暗いブティック通り』(1978年)
記憶を失った探偵が、自分の過去を探す。手がかりを追ってたどり着くのは、占領期のパリで消えた人々の痕跡(こんせき)である。名前、写真、住所。確かめても確かめても、過去は輪郭を結ばない。
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 主題 | 記憶の不確かさと、歴史に消された人々 |
| 試験で問われる点 | 探偵小説の枠組みの流用、占領期という主題の反復 |
アニー・エルノー『場所』(1983年)
父の死をきっかけに、その生涯を書く。小作人の子から工場労働者を経て、小さな店の主人になった父。教師になった娘との間に開いていく距離。感情を排した平板な文体が意識的に選ばれており、「文学的に書くこと」そのものが階層の裏切りになるという自覚が示される。
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 主題 | 階層移動と、書くことの立場性 |
| 試験で問われる点 | 「平板な書き方」の選択、自伝と社会学の中間という位置、オートフィクションとの距離 |
年表
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1947年 | クノー『文体練習』 |
| 1957年 | ロブ=グリエ『嫉妬』/ビュトール『心変わり』 |
| 1960年 | ウリポ結成 |
| 1963年 | ロブ=グリエ『新しい小説のために』 |
| 1968年 | 五月危機/バルト「作者の死」 |
| 1969年 | ペレック『煙滅』 |
| 1977年 | オートフィクションの語が提唱される |
| 1978年 | ペレック『人生使用法』/モディアノ『暗いブティック通り』 |
| 1985年 | クロード・シモン、ノーベル文学賞 |
| 2008年 | ル・クレジオ、ノーベル文学賞 |
| 2014年 | モディアノ、ノーベル文学賞 |
| 2022年 | エルノー、ノーベル文学賞 |
⚠️ この章で混同しやすい形
- ヌーヴォーロマンを1つの流派と考える。作家たちの方法はかなり違う。共通するのは「否定したもの」のほうである。
- ウリポの制約を言葉遊びと切り捨てる。『煙滅』のように、制約が主題と結びつく場合がある。
- オートフィクションを自伝と同一視する。虚構として読まれることを前提にしている点が違う。
- フランス語圏文学を「周辺」と位置づける。その区分自体が問われている、というのが現在の議論である。
⚡ 第16章の通過チェック
- ヌーヴォーロマンが否定した3つを言える
- 『嫉妬』と『心変わり』の形式上の特徴を言える
- ウリポの考え方を、制約の意味とともに説明できる
- 『煙滅』の制約と、それが読まれてきた文脈を言える
- オートフィクションを定義でき、代表的な作家を2人挙げられる
- フランス語圏の文学が提起する中心的な問いを3つ言える
- 2000年代以降のノーベル文学賞受賞者を3人言える
この教材を終えて
全16章で、中世から現在までを一周した。ここから先は、作品そのものを読む段階に入る。
⚡ これからの使い方
- 作品を読む前に、その作家の節だけを開く。位置が分かってから読むと、何が新しかったのかが見える。
- 授業で作品が指定されたら、その時代の章の「この時代の作品を読む」の表を見る。原文の難しさの見当が付く。
- 試験前は要点集を通す。16章の要点が1枚に集まっている。
そして、この教材が扱わなかったことが2つある。作品そのものと、それをどう分析するかである。
文学史は、作品を読むための地図でしかない。地図を覚えても、道を歩いたことにはならない。次は、実際に作品を読む段階——作品と作家を扱う領域と、それを分析する方法を扱う領域へ進むことになる。