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CHAPTER 14 通史 読む目安 約5分 / ⚡暗記ボックス 1

通史|第14章 両大戦間 — ダダとシュルレアリスム

この章の狙い

要点: 第一次世界大戦の破壊は、理性そのものへの不信を生んだ。「理性の進歩」を掲げた文明が、大量死を作り出したからである。

その不信から出てくるのが、意味を作ることを拒否するダダと、無意識を書こうとするシュルレアリスムである。言葉の実験としては、フランス文学史で最も極端な時期にあたる。同時に、文体そのものを民衆の話し言葉へ寄せる動きも現れる。

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時代の条件

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出来事
1914〜1918年 第一次世界大戦。フランスは膨大な死者を出す
1916年 チューリヒでダダが始まる
1917年 ロシア革命
1924年 『シュルレアリスム宣言』
1929年 世界恐慌
1939年 第二次世界大戦

大戦は文学の前提を壊した。戦争を「英雄的なもの」として書くことができなくなり、語り方そのものを作り直す必要が生じた。

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ダダ

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  • 📘 ダダ:1916年にチューリヒで始まった芸術運動。意味・論理・芸術の価値そのものを否定した。名前自体が無意味な音として選ばれた。
事項 内容
中心人物 トリスタン・ツァラ
場所 チューリヒ(中立国)→ 1920年ごろパリへ
方法 挑発、偶然、破壊。作品を作ることへの否定

新聞を切り刻んで袋に入れ、無作為に取り出して詩にするという「作り方」が提案された。作者の意図を排除するという発想は、次のシュルレアリスムに引き継がれる。

ダダは長続きしなかった。否定だけでは続かないからである。そこから方法を持った運動として組織し直したのがシュルレアリスムになる。

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シュルレアリスム

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  • 📘 シュルレアリスム:1924年のブルトンの宣言で定義された運動。理性の統制を離れたところで働く思考を、そのまま書き取ろうとした
事項 内容
中心人物 アンドレ・ブルトン(1896-1966)
宣言 『シュルレアリスム宣言』1924年
前史 ブルトンとスーポー『磁場』(1920年)自動記述(じどうきじゅつ)の最初の実践
背景 フロイトの精神分析、ランボー(第12章)、ロートレアモン

シュルレアリスムの3つの方法

  • 自動記述 — 意識で統制せず、浮かぶままに書く。「理性による統制を離れた思考の書き取り」という宣言の定義がこれにあたる。
  • 偶然の出会い — 遠く隔たった2つのものを結びつける。思いがけない結合が、新しいイメージを生む。
  • 夢の記録 — 夢を現実と同じ資格で扱う。
  • 📘 自動記述:意識的な統制を排して、浮かんできた語をそのまま書き続ける方法。シュルレアリスムの中心的な技法
作家 作品
ブルトン 『ナジャ』 1928年
ルイ・アラゴン 『パリの農夫』 1926年
ポール・エリュアール 『苦悩の首都』 1926年
ロベール・デスノス 詩・自動記述の実践 1920年代

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『ナジャ』は、写真を挟み込んだ散文作品で、小説とも記録とも決めがたい形をしている。冒頭の「私は誰か」という問いが、主体を疑うという運動の姿勢を示している。

『パリの農夫』は、取り壊される前のパリのパサージュ(アーケード街)を歩く作品で、都市を歩くことと想像力を結びつけた。第12章のボードレール以来の「都市を歩く」系譜にある。

政治との関係

シュルレアリストの多くは共産党に接近した。「世界を変える」ことと「人生を変える」ことを同時に求めたためである。

やがて対立と分裂が起きる。アラゴンは党にとどまって運動を離れ、ブルトンは政治的な統制を拒んだ。芸術の自律と政治参加のあいだの緊張は、次章のサルトルの議論にそのまま引き継がれる。

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セリーヌ — 文体の破壊

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  • 📘 ルイ=フェルディナン・セリーヌ(1894-1961):話し言葉の文体で小説を書いた作家。
作品
『夜の果てへの旅』 1932年
『なしくずしの死』 1936年

書き言葉の規範を捨て、俗語・省略・三点リーダーを多用した文体は、当時としては衝撃的だった。フランス語の小説の文体を根本から変えたと評価される。

⚠️ セリーヌを扱うときの注意

  • 1930年代後半に反ユダヤ的な文書を発表しており、対独協力の疑いで戦後に亡命・有罪判決を受けている
  • 文体の革新と、その言説の内容は切り離せないという立場と、分けて論じるべきだという立場が対立してきた。
  • レポートで扱うときは、この論争があること自体に触れるのが誠実な書き方になる。

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その他の作家

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作家 作品 特徴
アンドレ・マルロー 『人間の条件』1933年 中国革命を舞台に、行動と死を書く。ゴンクール賞
ジャン・ジロドゥ 『トロイ戦争は起こらない』1935年 神話を用いて戦争を論じる演劇
ジャン・コクトー 詩・小説・映画 領域を横断した
アンリ・ミショー 『プリュム』ほか 内面の異様な風景を書く詩
サン=ジョン・ペルス 『遠征』 荘重(そうちょう)な長詩。1960年にノーベル賞

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この時代の作品を読む

作品 読みどころ 原文の難しさ
『シュルレアリスム宣言』 自動記述の定義の箇所 評論。文は追える
『ナジャ』 写真と文の関係。ジャンルが決めがたいこと 短め。講読で扱われる
『パリの農夫』 パサージュの描写 語彙が広い
『夜の果てへの旅』 話し言葉の文体。三点リーダーの効果 俗語が多く、初級では難しい
エリュアールの詩 短く、イメージが明快 詩の入門に向く

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シュルレアリスムの散文は、意味を追おうとすると読めない。イメージの連鎖として読む構えが要る。まず短い詩から入るのが実際的である。

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主要作品の中身

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ブルトン『シュルレアリスム宣言』(1924年)

辞書の項目のような形で、シュルレアリスムを定義する。「口述、あるいは書くこと、その他あらゆる方法によって、思考の実際の働きを表現しようとする、心の純粋な自動現象。理性による一切の統制を離れ、美的・道徳的な配慮の外で行われる思考の書き取り」。あわせて、小説における描写の陳腐(ちんぷ)さを痛烈に批判している。

論点 内容
主題 無意識を書く方法の宣言
試験で問われる点 定義の文言、フロイトの影響、リアリズム批判

ブルトン『ナジャ』(1928年)

「私は誰か」という問いで始まる。語り手はパリでナジャという不思議な女性に出会い、数日をともに過ごす。彼女の言葉と振る舞いは予測がつかず、やがて彼女は精神病院に収容される。本文には写真が挿入され、描写の代わりを務める。

論点 内容
主題 偶然の出会い、狂気と詩、主体の不確かさ
試験で問われる点 写真の使用と描写の拒否、ジャンルの決めがたさ

アラゴン『パリの農夫』(1926年)

取り壊しの決まったオペラ座通りのパサージュを歩き、店の看板、通行人、床屋のショーウィンドウを、神話のように語る。日常の都市が、歩く者の想像力によって別のものに変わる。

論点 内容
主題 現代の神話としての都市
試験で問われる点 ボードレール以来の遊歩(ゆうほ)の系譜、後の都市論への影響

セリーヌ『夜の果てへの旅』(1932年)

バルダミュが、第一次大戦の戦場、アフリカの植民地、アメリカの工場、パリ郊外の貧民街を渡り歩く。どこにも救いはなく、人間の卑小(ひしょう)さだけが繰り返し示される。話し言葉のリズム、俗語、三点リーダーによる切断が、語りそのものを息づかいに近づける。

論点 内容
主題 文明への全面的な不信
試験で問われる点 文体の革新、ゴンクール賞を逃したこと、作者の後年の言説をめぐる論争

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年表

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出来事
1916年 チューリヒでダダ開始
1920年 ブルトン、スーポー『磁場』
1924年 『シュルレアリスム宣言』
1926年 アラゴン『パリの農夫』/エリュアール『苦悩の首都』
1928年 ブルトン『ナジャ』
1932年 セリーヌ『夜の果てへの旅』
1933年 マルロー『人間の条件』
1939年 第二次世界大戦

⚠️ この章で混同しやすい形

  • ダダとシュルレアリスムを同じものと考える。ダダは否定、シュルレアリスムは方法を持った探究である。
  • 自動記述を「思いつきを書くこと」と考える。理性の統制を外すという明確な目的がある。
  • シュルレアリスムを美術だけの運動と考える。出発点は文学であり、宣言も文学の宣言である。
  • 『ナジャ』を小説と断定する。ジャンルが決めがたいこと自体が作品の性格である。

第14章の通過チェック

  • 大戦が文学の前提をどう壊したかを言える
  • ダダの開始年・場所・中心人物と、その方法を言える
  • シュルレアリスム宣言の年と、自動記述の定義を言える
  • シュルレアリスムの3つの方法を言える
  • 『ナジャ』と『パリの農夫』の特徴を言える
  • 運動と政治の関係、そして分裂の理由を説明できる
  • セリーヌの文体上の功績と、扱うときの注意を言える

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次章へ

次章は戦後である。占領と抵抗の経験が、文学は何のためにあるのかという問いを前面に出す。

サルトルは、書くことは社会に関わることだと主張する。カミュは、世界に意味がないという前提から出発する。そして演劇では、言葉が通じないことそのものを舞台にする作品が現れる。

読了の記録はこの端末の中だけに残ります。

📗 読み終えたら、この章の問題で理解を確かめましょう。

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