通史|第13章 世紀転換期 — プルーストとジッド
この章の狙い
要点: 19世紀の小説は、外の世界を書くことに向かっていた。20世紀に入ると、内側の時間と、小説という形式そのものが主題になる。
プルーストは記憶と時間を、ジッドは小説を書くという行為を、作品の中心に置いた。19世紀的な小説の作り方が、内側から組み替えられる。この章は、その転換点にあたる。
時代の条件
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1894〜1906年 | ドレフュス事件。社会が二分される |
| 1900年 | パリ万国博覧会。ベル・エポックの絶頂 |
| 1905年 | 政教分離法 |
| 1909年 | 文芸誌『新フランス評論』創刊 |
| 1914年 | 第一次世界大戦 |
- 📘 ベル・エポック:19世紀末から第一次世界大戦までの、パリが繁栄と享楽を極めた時期を指す呼び名。後から振り返って付けられた名前である。
『新フランス評論』は、ジッドらが創刊した文芸誌で、20世紀前半のフランス文学の中心的な場になった。同名の出版社が、多くの重要な作品を送り出す。
プルースト
- 📘 マルセル・プルースト(Marcel Proust, 1871-1922):『失われた時を求めて』全7篇を書いた作家。病弱で社交界に出入りしたのち、部屋にこもって執筆に専念した。
| 篇 | 刊行 |
|---|---|
| 『スワン家のほうへ』 | 1913年(自費出版に近い形で刊行) |
| 『花咲く乙女たちのかげに』 | 1919年(ゴンクール賞) |
| 『ゲルマントのほう』以降 | 1920年代 |
| 最後の3篇 | 死後に刊行(1923〜1927年) |
当初は出版を断られた。アンドレ・ジッドが所属する出版社は原稿を返しており、後にジッド自身が誤りを認めたという逸話が知られている。
何が新しかったか
⚡ プルーストの3つの新しさ
- 無意志的記憶 — 意志で思い出すのではなく、感覚をきっかけに過去がまるごとよみがえる。紅茶に浸したマドレーヌの場面が有名。
- 時間そのものを主題にする — 出来事を追うのではなく、時間の中で人がどう変わるかを書く。最終篇の題は「見出された時」。
- 長大な文 — 1文が1ページ近くになることがある。関係節と挿入で、意識の動きをそのまま追う。
- 📘 無意志的記憶:意識的に思い出そうとせず、感覚の偶然の一致によってよみがえる記憶。プルーストの中心概念。
語り手が「私」でありながら、作者と完全には一致しないという構造も重要である。自伝と小説の境界をめぐる議論の出発点になり、第16章のオートフィクションへつながる。
文の長さは、フランス語で読むときの最大の壁になる。関係節を切り出す手順(フランス語の教材で扱った読み方)が、そのまま必要になる。
ジッド
- 📘 アンドレ・ジッド(André Gide, 1869-1951):小説・評論・日記を書き、『新フランス評論』の中心にいた。1947年にノーベル文学賞。
| 作品 | 年 | 内容 |
|---|---|---|
| 『背徳者』 | 1902年 | 道徳から自由になろうとする男 |
| 『狭き門』 | 1909年 | 宗教的な自己犠牲に向かう女性 |
| 『法王庁の抜け穴』 | 1914年 | 無償の行為という主題 |
| 『贋金つくり』 | 1926年 | 小説を書いている小説家が登場する |
← 横に動かして読めます →
『背徳者』と『狭き門』は、正反対の方向へ進む2作として対で読まれる。どちらの立場も肯定せず、極端まで進めてみせるのがジッドの方法である。
- 📘 紋中紋(ミザナビーム):作品の中に、その作品自体を映す小さな作品を置く手法。『贋金つくり』でジッドが意識的に用いた。
『贋金つくり』の中では、作家エドゥアールが『贋金つくり』という小説を書こうとしている。さらにジッドは『贋金つくりの日記』を別に刊行した。小説・作中の小説・制作日記が三重になる構造で、20世紀の小説の実験の出発点とされる。
ヴァレリー
- 📘 ポール・ヴァレリー(Paul Valéry, 1871-1945):詩人・思想家。マラルメ(第12章)の後継者とされる。
| 作品 | 年 |
|---|---|
| 『若きパルク』 | 1917年 |
| 『魅惑』 | 1922年 |
| 『カイエ』 | 死後刊行 |
20年以上詩を書かず、思索のノートを取り続けたのち、長篇詩で復帰した。「精神の働きそのものを見つめる」という姿勢が一貫している。
『カイエ』は、毎朝の思索を記した膨大なノートで、死後に刊行された。完成作より草稿のほうが分量が多いという点で、テクスト研究の対象として重要である。
アポリネール
- 📘 ギヨーム・アポリネール(Guillaume Apollinaire, 1880-1918):詩人・美術批評家。キュビスムの画家たちと交わり、前衛の中心にいた。
| 作品 | 年 | 特徴 |
|---|---|---|
| 『アルコール』 | 1913年 | 句読点をすべて廃止した詩集 |
| 『カリグラム』 | 1918年 | 文字の配置で絵を描く詩 |
← 横に動かして読めます →
「ミラボー橋」は、時間と愛の流れを歌った詩として広く知られる。
句読点の廃止は、読みを一義に決めないための選択である。マラルメの余白の使用(第12章)から続く流れにあり、次章のシュルレアリスムへ直接つながる。「シュルレアリスム」という語も、アポリネールが作った。
その他
| 作家 | 特徴 |
|---|---|
| コレット | 女性の身体と欲望を書いた。当初は夫の名で刊行された |
| アラン=フルニエ | 『グラン・モーヌ』(1913年)。青春と喪失 |
| ロマン・ロラン | 『ジャン=クリストフ』(1904〜1912年)。長大な教養小説 |
この時代の作品を読む
| 作品 | 読みどころ | 原文の難しさ |
|---|---|---|
| 『スワン家のほうへ』冒頭 | マドレーヌの場面。無意志的記憶が起きる過程 | 文が非常に長い。抜粋(ばっすい)で読む |
| 『狭き門』 | 手紙と日記が挟まる構成 | ジッドの文は明晰。長編入門に向く |
| 『贋金つくり』 | 作中作の構造。どこが誰の書いたものか | 構成は複雑だが文は読める |
| 「ミラボー橋」 | 反復と流れ。句読点がない効果 | 短く、詩の入門に向く |
← 横に動かして読めます →
プルーストは原文で通読するものではない。授業でも抜粋で扱われる。まずジッドで20世紀の文体に慣れるのが現実的な順序になる。
主要作品の中身
プルースト『失われた時を求めて』(1913〜1927年)
眠りと目覚めのあいだで、語り手が過去の部屋を思い出すところから始まる。幼年期のコンブレー、両親の客スワンの恋、パリの社交界、アルベルチーヌへの愛と嫉妬、そして時が経ち、老いた人々が集う最後の午後会。語り手は最後に、自分が書くべき作品を見出す。
| 篇 | 内容の中心 |
|---|---|
| 『スワン家のほうへ』 | コンブレーの幼年期/スワンとオデットの恋 |
| 『花咲く乙女たちのかげに』 | 海辺の避暑地、少女たちとの出会い |
| 『ゲルマントのほう』 | 貴族の社交界への参入と幻滅 |
| 『見出された時』 | 時間の作用の発見と、作品を書く決意 |
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 主題 | 時間が人を変えること。記憶によってそれを取り戻せるか |
| 試験で問われる点 | 無意志的記憶(マドレーヌ、敷石、ナプキン)、語り手と作者の関係、刊行事情 |
ジッド『狭き門』(1909年)
従妹アリサを愛するジェローム。アリサも彼を愛しているが、神へ至る道は狭い門を通ると信じ、地上の幸福を自ら断つ。彼女は妹への配慮も口実にしながら結婚を退け続け、孤独のうちに衰弱して死ぬ。残された日記によって、彼女がどれほど苦しんでいたかが明かされる。
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 主題 | 自己犠牲が善なのか、それとも自己愛の別の形なのか |
| 試験で問われる点 | 『背徳者』との対称、日記の挿入という構成、ジッドが結論を出さないこと |
ジッド『贋金つくり』(1926年)
複数の家族と少年たちの物語が並行して進む。その中に『贋金つくり』という小説を書こうとしている作家エドゥアールがいて、彼の日記が挿入される。彼が構想する小説は、いま読者が読んでいる小説とほぼ同じものである。
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 主題 | 小説を書くとはどういう行為か |
| 試験で問われる点 | 紋中紋(もんちゅうもん)、『贋金つくりの日記』の存在、全知の語り手を放棄したこと |
アポリネール「ミラボー橋」(『アルコール』1913年)
セーヌ川の流れに、過ぎ去った恋を重ねる。「日は暮れよ鐘は鳴れ/月日は流れわたしは残る」という反復句が各連のあとに置かれる。句読点がないため、行の切れ目だけがリズムを作る。
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 主題 | 時間の流れと、とどまる者 |
| 試験で問われる点 | 句読点廃止の効果、反復句の働き |
年表
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1902年 | ジッド『背徳者』 |
| 1909年 | ジッド『狭き門』/『新フランス評論』創刊 |
| 1913年 | プルースト『スワン家のほうへ』/アポリネール『アルコール』 |
| 1917年 | ヴァレリー『若きパルク』 |
| 1919年 | プルースト『花咲く乙女たちのかげに』(ゴンクール賞) |
| 1922年 | プルースト死去 |
| 1926年 | ジッド『贋金つくり』 |
| 1927年 | 『失われた時を求めて』完結(死後刊行分を含む) |
⚠️ この章で混同しやすい形
- 『失われた時を求めて』を1冊と考える。全7篇からなり、後半は死後に刊行された。
- 無意志的記憶を「回想」と考える。意志で思い出すのではなく、感覚がきっかけになる点が核心である。
- 紋中紋を単なる作中作と考える。作品自体を映す構造であることが要点。
- アポリネールを象徴主義の詩人と考える。前衛の側にいて、次のシュルレアリスムに直結する。
⚡ 第13章の通過チェック
- ベル・エポックという名前の性格を説明できる
- 『失われた時を求めて』の刊行事情を言える
- プルーストの3つの新しさを言える
- 無意志的記憶を説明できる
- 『背徳者』と『狭き門』の関係を言える
- 紋中紋を説明でき、『贋金つくり』の三重構造を言える
- アポリネールの2つの実験と、句読点廃止の狙いを言える
次章へ
次章は両大戦間である。第一次世界大戦の破壊が、理性そのものへの不信を生む。
まずダダが、意味を作ることを拒否する。続いてシュルレアリスムが、無意識を書く方法を探す。言葉の実験としては、フランス文学史で最も極端な時期にあたる。