導入|第1章 全体地図 — 文学史を何のために学ぶか
この章の狙い
要点: 文学史は年表を覚える科目ではない。作品を読むための地図である。同じ一文でも、それが1660年に書かれたのか1860年に書かれたのかで、意味も効果もまったく変わる。文学史はその差を読み取るための道具にあたる。
だから覚え方も変わる。「誰がいつ何を書いたか」だけを覚えても、作品を読むときには使えない。必要なのは、なぜその時代にその形式が生まれ、誰がそれを読んだのかという筋である。この教材は、その筋の側から書いてある。
文学史で何が分かるか
作品を1つ読むときに、文学史は3つのことを教える。
| 教えること | 例 |
|---|---|
| 作品の位置 | 『ボヴァリー夫人』は、ロマン主義への反発として書かれた |
| 形式の理由 | 17世紀の悲劇が三単一の規則を守るのは、宮廷の観客と当時の演劇観のため |
| 読者の顔 | 18世紀の小説は、書簡体が多い。手紙という形式が読者に信じられていたため |
3つ目が見落とされやすい。文学は誰かに読まれるために書かれるので、読者が変わると文学も変わる。中世は聞く文学、17世紀は宮廷の文学、19世紀は新聞を買う中産階級の文学である。この変化を追うことが、文学史の背骨になる。
時代区分
この教材は、仏文専攻の各サイトで共通の時代区分を使う。フランス史・思想・文化のどのサイトを開いても同じ区切りなので、年号から相互に行き来できる。
| 区分 | 年 | この教材の章 |
|---|---|---|
| 中世 | 〜1500 | 第2章 |
| 16世紀・ルネサンス | 1500〜1600 | 第3章 |
| 17世紀・古典主義 | 1600〜1715 | 第4章・第5章 |
| 18世紀・啓蒙 | 1715〜1789 | 第6章・第7章 |
| 革命とナポレオン | 1789〜1815 | 第8章 |
| 19世紀前半・ロマン主義 | 1815〜1848 | 第9章 |
| 19世紀後半・写実主義と自然主義 | 1848〜1885 | 第10章・第11章 |
| 世紀末・象徴主義 | 1885〜1914 | 第12章・第13章 |
| 両大戦間 | 1914〜1945 | 第14章 |
| 戦後 | 1945〜1968 | 第15章 |
| 現代 | 1968〜 | 第16章 |
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区切りの年は目安である。またがる作家は多い。ユゴーは1802年生まれで1885年に死んでおり、ロマン主義の中心にいながら晩年まで書き続けた。区分は作家を分類する箱ではなく、地図の縮尺だと考える。
3つの軸で読む
作品を文学史の中に置くとき、次の3つを毎回確かめると、覚えた知識が使える形になる。
⚡ 文学史を読むときの3つの軸
- 1. ジャンル — 詩か、演劇か、小説か。それぞれ別の歴史を持っている。
- 2. 読者 — 誰が、どこで、どうやってその作品に接したか。
- 3. 何への反発か — 新しい運動は、たいてい直前の運動への反発として現れる。
3つ目が、文学史をつなげて理解するための鍵になる。
| 運動 | 何への反発か |
|---|---|
| ロマン主義 | 古典主義の規則(三単一、高尚な語彙) |
| 写実主義 | ロマン主義の誇張と主観 |
| 象徴主義 | 自然主義の即物性 |
| シュルレアリスム | 理性と論理そのもの |
| ヌーヴォーロマン | 19世紀的な小説の作り(筋、人物、心理) |
「〜主義」という名前を単独で覚えると意味がない。何に対する反発だったのかとセットにすると、その運動が何を捨てて何を選んだのかが見えてくる。
文学史の落とし穴
⚠️ 文学史でやりがちな誤り
- 運動の名前を、当事者が使っていたと考える。多くは後世の命名か、敵からの呼び名である。「バロック」も「印象派」も、もとは悪口だった。
- 作家を1つの運動に閉じ込める。ユゴーもボードレールも、複数の枠にまたがる。「代表作家」は便宜的な札にすぎない。
- 直線的な進歩と考える。文学は良くなっていくものではない。変わっていくだけである。
- 年表だけを覚える。年号は作品を位置づけるための道具であって、目的ではない。
とくに2つ目は、レポートで減点される原因になりやすい。「ボードレールはロマン主義の詩人である」と書くと誤りだが、「ロマン主義の影響下にありながら、そこから抜け出した」なら正確である。文学史の記述では、言い切りの強さを調整する必要がある。
授業との対応
この教材は、明治大学文学部フランス文学専攻「フランス文学史A・B」の進度に合わせて並べてある。
| 授業 | 扱う範囲 | この教材 |
|---|---|---|
| フランス文学史A(春学期) | 中世から19世紀ロマン主義まで | 第2章〜第9章 |
| フランス文学史B(秋学期) | 写実主義から20世紀まで | 第10章〜第16章 |
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授業の指定参考書は『フランス文学小事典(増補版)』である。この教材と併用することを前提にしている。役割は次のように分けられる。
| 役割 | |
|---|---|
| 小事典 | 引く。個々の作家・作品・用語を調べる |
| この教材 | 通す。なぜその順で並ぶのかを理解する |
人名と作品名の日本語表記は、小事典に合わせてある。表記が割れやすい領域なので、答案では一貫した表記を使う。
他の分野とのつながり
文学史だけを読んでも、作品が生まれた条件までは分からない。この教材は、他の3つの領域と対にして使う。
| 領域 | 何を補うか |
|---|---|
| フランス史 | 王政・革命・共和政・戦争。作品が書かれた時点で何が起きていたか |
| 思想・哲学 | デカルト、ルソー、実存主義。作家が前提にしていた考え方 |
| 文化・社会 | サロン、新聞、出版、教育。作品が誰にどう届いたか |
本文では、他の領域で扱うべき事柄に触れたときに、その旨を書いてある。リンクは張っていない(各サイトはそれぞれ独立して作られるため)が、探す場所は分かるようにしてある。
この教材の使い方
⚡ 3通りの使い方
- 通読する。第2章から順に読む。文学史の筋が通るのは、この読み方だけである。
- 作品を読む前に引く。授業で扱う作品が決まったら、その作家の節だけを読む。位置が分かってから読むと、作品の狙いが見える。
- 試験前に要点集を通す。16章の要点が1枚に集まっている。
問題演習は、作家名と作品名から引き出せるかを確かめるためにある。読んで分かったつもりでも、名前が出てこなければ答案には書けない。分野別の成績で正答率が低い時代が、そのまま読み直す章になる。
⚡ 第1章の通過チェック
- 文学史が作品を読むために何を教えるかを、3つ言える
- 共通の時代区分を、中世から現代まで順に言える
- 文学史を読むときの3つの軸を言える
- 主要な運動が「何への反発か」を4つ言える
- 運動の名前について、やりがちな誤りを2つ言える
- 小事典とこの教材の役割の違いを言える
次章へ
次章から通史に入る。最初は中世である。
中世の文学は、いまのフランス語では読めない(古フランス語で書かれている)。書物として黙読されるのではなく、声に出して語られ、聞かれた。作者の名前が分からない作品も多い。現代の「文学」とは前提が違うところから始まることになる。