意味を読む|第9章 記号論と間テクスト性
この章の狙い
要点: 作品の外にあるのは社会だけではない。他のテクストがある。
あらゆるテクストは、既にあるテクストの引用と組み替えでできているのではないか。そして日常の文化も、記号の体系として読める。この2つが、同じ発想から出てくる。
記号論
- 📘 記号論:言語以外のもの——衣服・食事・広告・作法など——を、意味を運ぶ体系として分析する方法のこと(04の領域)。
⚡ 2つの層
- 第一の層 — 記号が直接に指しているもの。
- 第二の層 — その記号が二次的に運ぶ含み。ここに価値観が入り込む。
- 分析の目的は、第二の層を取り出し、それが「自然なこと」として提示されている仕組みを示すことにあたる。
⚡ 文学の分析にどう効くか
- 文体そのものが第二の層を運んでいるという見方が可能になる。
- 「中立な書き方」はあるのかという問いが立てられる。
- 描写の細部——服装・食事・室内——を、意味を運ぶ記号として読める。
- 社会批評と重なる(第8章)。自然に見えるものを歴史に戻すという作業が共通する。
間テクスト性
- 📘 間テクスト性:どんなテクストも、他のテクストの引用と変形の場であるという考え方。影響関係とは違う。
⚠️ 影響関係と混同しない
- 影響関係 — AがBを読んで書いた、という事実の主張。証拠が要る(07の領域)。
- 間テクスト性 — テクストが他のテクストの反響を含んでいるという構造の指摘。作者が読んだかどうかは問わない。
- したがって、証拠がなくても論じられる。ただし恣意(しい)的になりやすいという弱点を持つ。
| 現れ方 | 内容 |
|---|---|
| 引用 | 明示的に他のテクストを引く |
| ほのめかし | 名を挙げずに参照する |
| 書き換え | 既存の物語を別の形で語り直す |
| ジャンルの約束 | その形式が持つ型を前提にする |
| 決まり文句 | 出所が特定できない、共有された言い回し |
この枠組みで何が見えるか
⚡ 取り出せるもの
- 他の作品の反響。引用・ほのめかし・書き換え。
- ジャンルの約束の使い方。守っているか、外しているか。
- 決まり文句の扱い。そのまま使うか、ずらすか。
- 描写の細部が運ぶ含み。服装や室内が何を語っているか。
何が見えなくなるか
⚠️ 視野の外に出るもの
- 作品の固有性。すべてが引用だとすると、その作品だけのものが見えにくくなる。
- 書く行為の条件。作家の選択が、既存のテクストの効果に還元されやすい。
- 社会の物質的な条件。テクストの世界に閉じやすい。
- なにより、何をもって「反響」とするかの基準が緩い。似ているだけで結びつけると、何とでも言える。
分析の手順
⚡ 6段階
- 1. 反響を疑う箇所を特定する。引用符のない引用、既視感のある表現。
- 2. 元になるテクストを探す。事典・注釈つきの版・電子テクストの検索(07の領域)。
- 3. 見つかったら、両者を並べる。どこが同じで、どこが違うか。
- 4. 違いを記述する。変形されている部分が論点になる。
- 5. 影響関係の証拠があるかを確かめる。あれば明示し、なければ「反響が見られる」と書く。
- 6. その変形が、作品の中で何をしているかを述べる。
5段階目を省くと、影響と間テクスト性が混ざる。必ず区別して書く。
当ててみる
ボードレール「アホウドリ」(『悪の華』、著作権消滅)。
| 段階 | 内容 |
|---|---|
| 反響を疑う | 詩人を鳥に喩える型は、この詩の発明ではない |
| 探す | 古代から近代まで、詩人と鳥を重ねる伝統がある |
| 並べる | 伝統では、鳥は主に高みを飛ぶ姿で語られる |
| 違い | この詩は、甲板に落とされ歩けない姿に紙幅を割く。優美さより不格好さ |
| 変形の働き | 伝統の型を引き受けたうえで、後半で反転させている。型を知っている読者ほど、落差が効く |
⚡ 書き方
- 「この詩は◯◯の影響を受けている」とは書かない。証拠がない。
- 「詩人を鳥に喩える伝統を踏まえたうえで、それを反転させている」と書く。
- 伝統の側の具体例を1つか2つ示す。示せない場合は「伝統がある」とだけ書き、断定しない。
決まり文句の分析
⚡ なぜ有効か
- 決まり文句は、誰のものでもない言葉である。出所が特定できないのに、意味を運ぶ。
- 作品が決まり文句をそのまま使うか、ずらすかで、その作品の姿勢が見える。
- 『ボヴァリー夫人』の分析では、この観点が長く用いられてきた。人物の言葉が決まり文句で埋まっていることが、作品の主題と結びつく。
- 数えられる。同じ言い回しが何回、誰の口から出るかを表にできる。
⚠️ この章で混同しやすい形
- 間テクスト性を影響関係と同じと考える。前者は構造の指摘、後者は事実の主張で、証拠の要否が違う。
- 似ているものを何でも結びつける。変形の記述がないと分析にならない。
- 記号論を「記号の意味を調べる方法」と考える。二次的な含みを取り出し、その自然さを解く方法にあたる。
- 決まり文句を「凡庸な表現」として片づける。作品がそれをどう扱うかが分析の対象である。
引用を見つける道具
間テクスト性の分析は、元のテクストを見つけられるかで決まる。
| 道具 | 使い方 |
|---|---|
| 注釈つきの版 | 編者が典拠を示していることが多い(07の領域) |
| 電子テクストの全文検索 | 語句をそのまま検索する |
| 引用句辞典 | 有名な言い回しの出典が引ける |
| 聖書と古典の索引 | 西洋の作品では参照が多い |
| 先行研究 | 既に指摘されている典拠を確かめる |
⚠️ 見つからないとき
- 「典拠は特定できなかった」と書く(07の領域)。
- 似ているだけで断定しない。
- ジャンルの約束や決まり文句として扱えないかを考える。
パロディと模作
| 語 | 内容 |
|---|---|
| パロディ | 元のテクストの形式を使い、内容をずらして滑稽(こっけい)にする |
| 模作 | 元のテクストの文体を真似る。必ずしも滑稽にしない |
| 書き換え | 元の物語を別の視点や結末で語り直す(第14章) |
⚡ 分析の要点
- 3つとも、元のテクストを読者が知っていることを前提にしている(第10章の期待の地平)。
- したがって、想定された読者の知識を復元する材料になる。
- どこを残し、どこを変えたかを表にする。変えた部分が主張にあたる。
- プルーストが複数の作家の模作を書いている。文体の分析としても読める。
もう1つ当ててみる
ラ・フォンテーヌ『寓話』の間テクスト性(著作権消滅)。
| 段階 | 内容 |
|---|---|
| 反響を疑う | 筋そのものが、古代の寓話集に既にある |
| 探す | 古代の寓話の翻訳と注釈は、17世紀に広く読まれていた |
| 並べる | 筋は同じ。子羊が水を飲み、狼が言いがかりをつけ、食う |
| 違い | 韻文になっている。教訓の位置が変わる。会話の応酬が長い |
| 変形の働き | 裁判の場面のように書かれている。狼が理由を並べ、子羊が反論する形が、筋の残酷さを際立たせる |
⚡ 書き方
- この場合は、影響関係の証拠がある。寓話集の翻案であることは自明にあたる。
- したがって「〜を典拠とする」と書ける。
- 論点は、変形の部分である。何を足し、何を変えたか。
- 典拠が明らかな作品は、間テクスト性の分析の練習に向く。
⚡ 第9章の通過チェック
- 記号の2つの層を言い、分析の目的を言える
- 間テクスト性と影響関係の違いを、証拠の要否から説明できる
- 反響の現れ方を5つ言える
- この枠組みで見えるものと見えなくなるものを、それぞれ3つ言える
- 分析の6段階を言い、省いてはいけない段階を言える
- 「アホウドリ」の例で、書いてよい形と書いてはいけない形を分けられる
- 決まり文句の分析がなぜ有効かを言える
次章へ
次章は受容理論である。ここまでの章は、意味がテクストの側にあると前提していた。
しかし、テクストは読まれるまで意味を持たないのではないか。読者は何を補い、何を期待し、どう裏切られるのか。そして「当時の読者」と「いまの読者」は同じものを読んでいるのか。