意味を読む|第7章 精神分析批評 — 無意識をどう読むか
この章の狙い
要点: なぜこの人物は同じ失敗を繰り返すのか。なぜこの場面だけが語られないのか。
意識では説明のつかない反復と空白を、別の論理で読む枠組みである。同時に、最も誤用されやすい枠組みでもある。何を分析の対象にできて、何にはできないのかを先に決めておく必要がある。
何を対象にするか
3つの対象がありうる。混ぜると議論が崩れる。
| 対象 | 内容 | 扱えるか |
|---|---|---|
| 作者の無意識 | 作家の心的な構造を作品から推定する | 扱えない。材料が不足しており、検証もできない |
| 登場人物の心理 | 人物を臨床の対象のように分析する | 注意が要る。人物は実在しない |
| テクストの構造 | 反復・欠落・置き換え・言い落としをテクストの働きとして読む | これが中心にあたる |
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⚠️ 1つ目をやらない
- 作品から作者の心を推定するのは、実証批評の悪い形の変種にあたる(第2章)。
- 書簡や証言があっても、それは別の資料である。
- レポートでは、テクストの記述だけを根拠にする。
⚡ 2つ目の扱い方
- 人物は実在しないので、病名を当てない。
- 代わりに、テクストが人物の何を語り、何を語らないかを見る。
- 「この人物は〜という症状を示している」ではなく、「この人物についての記述は〜という形をしている」と書く。
使える概念
- 📘 反復:同じ形の出来事・言葉・関係が、説明なしに繰り返されること。説明されないことが要点にあたる。
- 📘 置き換え:ある対象への感情が、別の対象に移されて現れること。
- 📘 凝縮:複数の要素が1つのイメージに重なること。
- 📘 言い落とし:語られるべきなのに語られない部分。沈黙・省略・話題の転換として現れる。
⚡ なぜこの4つが使えるか
- いずれもテクストの表面で確認できる。反復は数えられ、欠落は位置を示せる。
- したがって検証できる。
- 一方、「抑圧された欲望」といった内容の推定は検証できない。形の指摘にとどめる。
この枠組みで何が見えるか
⚡ 取り出せるもの
- 説明のつかない反復。筋の必然性では説明できない繰り返し。
- 不自然な欠落。語られるはずの場面が飛ばされている箇所。
- 過剰な描写。筋に必要な以上に書き込まれている対象。
- 人物の関係の型。同じ形の関係が、相手を変えて繰り返される。
何が見えなくなるか
⚠️ 視野の外に出るもの
- 歴史と社会の条件。なぜその時代にその主題が現れたのか。
- 形式の設計。語りの構造や筋の組み立て。
- 作品の意図された効果。すべてを無意識に帰すと、意識的な選択が見えなくなる。
- なにより、この枠組みは「深いものを見つけた」という感覚を与えやすい。その感覚が検証を省かせる。
分析の手順
⚡ 6段階
- 1. 反復を探す。同じ形の場面・語・関係を数える。
- 2. 欠落を探す。語られるはずなのに飛ばされている箇所を特定する。
- 3. 過剰を探す。筋に必要な以上に書き込まれている対象。
- 4. 3つを並べる。互いに関係しているか。
- 5. テクストの形として記述する。内容の推定に踏み込まない。
- 6. 他の枠組みで説明できないかを確かめる。筋の必然性や当時の慣習で説明がつくなら、そちらを採る。
6段階目が最も重要である。無意識に帰すのは、他の説明が尽きたあとにあたる。
当ててみる
スタンダール『赤と黒』(1830年、著作権消滅)の反復。
| 段階 | 内容 |
|---|---|
| 反復1 | 主人公が、年上の女性と、若い女性の両方に近づく。関係の形が対になっている |
| 反復2 | 上昇のたびに、自分から破壊する行動を取る。成功の直前に危機を招く |
| 欠落 | 主人公の母についての記述がほとんどない。父と兄は繰り返し登場する |
| 過剰 | ナポレオンへの言及。筋の必然性を超えて繰り返される |
⚡ 記述としてどう書くか
- 「テクストは、主人公の母についてほとんど語らない。一方、父との対立は◯箇所で描かれる。」
- 「上昇の場面の直後に、自ら危機を招く行動が◯回置かれている。」
- ここまでが検証できる記述にあたる。
- 「主人公は母への欲望を抑圧している」とは書かない。それは推定であり、テクストからは出てこない。
⚡ 他の説明を先に試す
- 反復2は、当時の社会的な上昇の困難で説明できないか(03の領域)。
- 欠落は、当時の小説の慣習で説明できないか。
- 過剰は、ナポレオンの記憶が19世紀前半に持っていた政治的な力で説明できないか(03の領域)。
- これらを検討したうえで、なお残るものだけを扱う。
この枠組みの現在
⚡ どう使われているか
- 単独で使われることは減った。ジェンダーの批評やポストコロニアル批評と組み合わせられることが多い(第13・14章)。
- テクストの構造を扱う方向が主流になっている。内容の推定は避けられる。
- 一方、「語りえないもの」を扱う議論とは接続する(04の領域の証言の問題)。
⚠️ この章で混同しやすい形
- 作品から作者の心を推定する。材料が不足し、検証もできない。
- 登場人物に病名を当てる。人物は実在しない。
- 反復を見つけた時点で結論にする。他の説明が尽きたあとに使う。
- 「無意識」という語を、意識していないこと一般の意味で使う。枠組みごとに定義が違う(04の領域)。
家族の枠組みへの批判
⚠️ 精神分析の枠組みが前提にしているもの
- 特定の家族の形を前提にしているという批判がある(04の領域)。
- その形が普遍的でないなら、他の文化の作品に当てるときに問題になる(第14章)。
- 歴史的な変化も考慮されにくい。17世紀の家族と20世紀の家族は違う(03の領域)。
⚡ どう扱うか
- 枠組みを捨てるのではなく、限定して使う(第18章)。
- 「この枠組みは、19世紀の市民家族を描いた作品には有効だが、〜には当てはまらない」と書く。
- ジェンダーの批評(第13章)と組み合わせると、この前提そのものを論点にできる。
使ってよい概念と、使わない概念
| 使ってよい | 使わないほうがよい |
|---|---|
| 反復(数えられる) | 幼児期の経験(テクストにない) |
| 欠落(位置を示せる) | 抑圧された欲望(推定) |
| 置き換え(対応が示せる) | 病名・診断 |
| 過剰(分量で示せる) | 作者の心的な構造 |
⚡ 基準は1つ
- テクストの表面で確認できるか。
- 確認できるなら使える。できないなら、推定として明示するか、使わない。
- この基準を守れば、この枠組みの誤用のほとんどは防げる。
⚡ 他の枠組みと組み合わせる
- 単独では現在ほとんど使われない(本章)。
- ジェンダーの批評(第13章)、ポストコロニアル批評(第14章)と組み合わせる形が多い。
- 語りの分析(第5章)とも接続する。信頼できない語り手の分析と重なる。
もう1つ当ててみる
モーパッサン『脂肪の塊』の反復と欠落(著作権消滅)。
| 種類 | 内容 |
|---|---|
| 反復 | 食事の場面が2回。構造が対称になっている(第4章) |
| 反復 | 主人公が与える/与えられないという関係の型が繰り返される |
| 欠落 | 主人公が要求に応じる場面そのものが、直接には語られない |
| 過剰 | 食料の描写が、筋に必要な以上に詳しい |
⚡ 記述としてどう書くか
- 「要求に応じる場面は、テクストには書かれていない。前後の記述から読者が補う。」——検証できる記述にあたる(第10章の空白)。
- 「食料の描写は◯行に及び、他の描写より長い。」
- 「主人公の内面は、他の人物より少なく語られる。」
- ここまでが記述で、そこから先は解釈にあたる。
⚡ 他の枠組みで説明できないか
- 欠落は、当時の出版の慣習で説明できないか(03の領域)。
- 食料の過剰な描写は、飢餓という筋の必然で説明できないか。
- これらを検討したうえで、なお残るものだけを扱う(本章の6段階目)。
⚡ 第7章の通過チェック
- 3つの対象を言い、扱えるものと扱えないものを分けられる
- 登場人物を扱うときの書き方の違いを言える
- 使える4つの概念を言い、なぜ検証できるかを言える
- この枠組みで見えるものと見えなくなるものを、それぞれ3つ言える
- 分析の6段階を言い、最も重要な段階を言える
- 『赤と黒』で、検証できる記述と推定を書き分けられる
- この枠組みの現在の使われ方を言える
次章へ
次章は社会批評である。作品を、書かれた社会の条件の中に置き直す。
誰が書き、誰が読み、誰が金を出したのか。作品の中で、金と階級と労働はどう描かれているのか。そして作品自体が商品であるという事実を、分析にどう組み込むか。