立場から読む|第15章 文化研究とメディア
この章の狙い
要点: 文学の外へ出る。
新聞、広告、映画、漫画、テレビ、そしてインターネット。これらを文学と同じ方法で読めるのか。そして「文学」という区分そのものが、いつどう作られたのか。
この教材で最も範囲の広い章であり、扱い方を間違えると何を論じているのか分からなくなる章でもある。
枠組みの中身
- 📘 文化研究:高級とされる芸術に限らず、日常の文化的な実践を分析の対象にする立場のこと。何を分析してよいかという境界そのものを問い直す。
⚡ 前提にしていること
- 意味は、正典の作品だけが持つのではない。
- 受け手は受け身ではない。与えられたものを、独自の仕方で使う。
- 文化の産物は、それが流通する条件と切り離せない(第8章)。
- 「高級/大衆」という区分自体が、歴史的に作られた(第12章)。
何を分析できるか
| 対象 | 使える枠組み |
|---|---|
| 新聞と雑誌 | 記号論(第9章)、社会批評(第8章)、受容(第10章) |
| 広告 | 記号論。第二の層の分析が最も効く |
| 映画 | 物語論(第4・5章)。ただし視覚の分析には別の道具が要る |
| 漫画 | 物語論と、コマ割りという固有の形式 |
| 連載小説・大衆小説 | 場の理論(第12章)、受容(第10章) |
| インターネットの文章 | 受容、流通、匿名性 |
⚠️ 道具をそのまま持ち込まない
- 文学の分析の道具は、言語のテクストのために作られている。
- 映像には、構図・編集・音という別の要素がある。
- 漫画には、コマの大きさと配置という要素がある。
- 「物語論で映画を分析する」と書くなら、何が移せて何が移せないかを先に述べる。
この枠組みで何が見えるか
⚡ 取り出せるもの
- 文学と他のメディアの相互の関係。新聞連載が小説の形を変えた(03の領域)。
- 「文学」という区分の歴史。いつ、誰が、何を排除したか。
- 受け手の使い方。同じ作品が、層によって違う仕方で使われる。
- 流通の条件と形式の関係。媒体が形式を規定する。
何が見えなくなるか
⚠️ 視野の外に出るもの
- 作品の細部。対象が広がるほど、1つのテクストへの精読が薄くなる。
- 形式の固有性。すべてを同じ枠で読むと、媒体ごとの違いが消える。
- なにより、対象が広すぎて論点がぼやける。レポートでは範囲を極端に絞る必要がある。
分析の手順
⚡ 6段階
- 1. 対象を1つに絞る。「広告」ではなく「ある年のある雑誌の1つの広告」。
- 2. 媒体の条件を確かめる。発行部数・読者層・価格・掲載の位置。
- 3. 使う枠組みを1つ選び、移せる部分と移せない部分を述べる。
- 4. 分析する。記号論なら第二の層を、物語論なら構造を。
- 5. 文学作品と比べる。同じ主題を扱う作品との差を示す。
- 6. 「文学」との境界について何が言えるかを述べる。
当ててみる
19世紀の新聞連載小説と、その形式(03・02の領域と接続する)。
| 段階 | 内容 |
|---|---|
| 対象 | 1836年以降に確立した新聞連載の形式 |
| 媒体の条件 | 広告収入で価格が下がり、部数が伸びた。読者層が広がる(03の領域) |
| 枠組み | 場の理論(第12章)と受容(第10章) |
| 分析 | 毎回、続きを読ませる必要がある。章の終わりに山場を置く形が定着。長く続ける圧力で分量が膨らむ |
| 比較 | 同時期の、連載でない小説と構成を比べる |
| 境界 | 「大衆小説」と「純文学」の区分が、この時期の場の中で形を取っていく(第12章) |
⚡ ここから言えること
- 19世紀の長編小説の形は、この経済的な条件と切り離せない。
- 形式の分析(第3〜5章)と、媒体の条件の分析が同じ対象で交わる。
- 「文学」の内と外の境界が、この時期に引き直されたという指摘ができる。
文学研究にどう戻すか
⚡ この章の使いどころ
- 作品の媒体を確かめる。新聞連載か、単行本か、雑誌掲載か(07の領域)。
- 媒体が形式に与えた条件を書く。
- 同時代の他のメディアと比べる。同じ事件が新聞と小説でどう扱われたか。
- 「文学とは何か」という問いを、歴史的に扱う。本質ではなく、境界の歴史として。
⚠️ レポートでの注意
- 対象を絞る。広すぎると、記述が印象論になる(第2章)。
- 史料を示す。部数・価格・読者層は、推測で書かない(07の領域)。
- 「現代のメディアも同じだ」と一般化しない。条件が違う。
⚠️ この章で混同しやすい形
- 文化研究を「サブカルチャー研究」と考える。分析の境界そのものを問う立場にあたる。
- 文学の道具をそのまま他のメディアに使う。移せる部分と移せない部分を述べる。
- 「高級/大衆」の区分を自明のものとして使う。歴史的に作られた区分である。
- 対象を広く取る。レポートでは極端に絞る。
対象を絞る練習
この章の最大の失敗は、対象が広すぎることにある。
| 悪い設定 | 直した設定 |
|---|---|
| 19世紀の新聞と文学 | ある1紙の、ある年の連載小説の1回分 |
| 映画と小説 | ある小説と、その映画化1本の、同じ場面 |
| 漫画の物語論 | ある作品の、ある1話のコマ割りと語りの関係 |
| インターネットと読書 | ある作品についての、ある期間の読者の投稿 |
⚡ 絞り方の基準
- 1つの対象を、全部見られる大きさにする。
- 比較するなら、対応する部分だけを比べる。
- 史料が手に入る範囲にする(07の領域)。
適応と翻案
- 📘 翻案(ほんあん):ある作品を、別の媒体や別の設定に作り変えること。映画化・舞台化・翻訳・書き換えを含む。
⚡ 分析の要点
- 何が保たれ、何が変えられたかを表にする(第9章の間テクスト性と同じ手続き)。
- 媒体の制約による変更と、解釈による変更を分ける。
- 前者は必然、後者は選択にあたる。選択のほうが論点になる。
- 翻案は、原作の読み方の1つでもある。したがって批評として読める(第14章の書き返し)。
⚠️ 原作との優劣を論じない
- 「原作のほうが優れている」は分析ではない。
- どこがどう変わり、それが何をしているかを書く。
- これは第2章の印象批評を避けるための原則と同じにあたる。
もう1つ当ててみる
1857年の裁判と、その報道(03の領域と接続する)。
| 段階 | 内容 |
|---|---|
| 対象 | 同じ年に、小説と詩集が公序良俗を理由に起訴された |
| 媒体の条件 | 裁判の記録が印刷され、読まれた(03の領域) |
| 枠組み | 受容(第10章)と場の理論(第12章) |
| 分析 | 起訴状と弁論が、作品のどの箇所を問題にしたかを拾う。論拠の型を分類する |
| 比較 | 小説は無罪、詩集は有罪。何が判断を分けたか |
| 境界 | 「文学」と「わいせつ」の境界が、法廷で引かれたという点が論点になる |
⚡ なぜ文化研究の例になるか
- 裁判の記録は、文学作品ではないが、文学の境界を決めた文書にあたる。
- 法廷の言葉と、批評の言葉を比べられる。
- 同じ作品が、法廷・新聞・文芸誌でどう語られたかを並べられる。
- 史料が残っており、確かめられる(07の領域)。
⚡ 第15章の通過チェック
- 文化研究が前提にしている4つを言える
- 対象ごとに使える枠組みを3組言える
- 道具を他のメディアに持ち込むときの注意を言える
- この枠組みで見えるものと見えなくなるものを、それぞれ3つ言える
- 分析の6段階を言い、最初の段階で何をするかを言える
- 新聞連載が小説の形式に与えた条件を説明できる
- 文学研究にこの章をどう戻すかを4つ言える
次章へ
次章は生成研究である。完成した作品ではなく、書かれる過程そのものを読む。
草稿・メモ・削られた部分。そこには、刊行された本文には残っていないものがある。フランスで特に発展した方法であり、07の領域で扱った版の問題と直結する。