意味を読む|第6章 意識の批評 — 主題を追う読み
この章の狙い
要点: 1人の作家の全作品を通して、同じ主題やイメージが繰り返される。その繰り返しを追うと、その作家に固有の世界の捉え方が見えてくるのではないか。
フランスで独自に発展した枠組みにあたる。構造の分析とは違い、繰り返されるものの中身を扱う。そして現在は批判も多い。その批判の中身まで押さえる。
枠組みの中身
- 📘 主題批評:作品に繰り返し現れるイメージ・感覚・関係を集め、その作家の世界の捉え方を再構成しようとする批評のこと。テマティック批評とも呼ばれる。
⚡ 前提にしていること
- 作品は、1人の意識が世界と関わる仕方の現れである。
- その意識は、繰り返されるイメージの中に読み取れる。
- したがって、1作品ではなく全作品を材料にする。
- 現象学の影響を受けている(04の領域)。意識と世界の関わりを記述するという構えが共通する。
何を集めるか
| 種類 | 例 |
|---|---|
| 物質のイメージ | 水・火・空気・土。液体と固体、透明と不透明 |
| 感覚 | 触覚・温度・光の強さ・音の質 |
| 空間の関係 | 高いと低い、内と外、開くと閉じる、中心と周縁 |
| 時間の感覚 | 持続・切断・反復・停止 |
| 身体の関係 | 距離・接触・隔たり |
⚡ 集め方
- 語そのものではなく、感覚の質で集める。「水」という語がなくても、流れる・溶ける・浸すは同じ系列にあたる。
- 全作品から集める。1作品では偶然かもしれない。
- 対立する項を探す。乾と湿、明と暗。対立が見つかると構造が見える。
- 中心になるイメージが1つか2つに絞れたら、それがその作家の核にあたるとされる。
この枠組みで何が見えるか
⚡ 取り出せるもの
- 作家に固有のイメージの体系。
- 作品をまたぐ一貫性。初期作と後期作をつなぐ線。
- 描写の細部の意味。背景として読み飛ばされる部分が、体系の一部として意味を持つ。
- 他の作家との差。同じ主題を扱っても、感覚の質が違う。
何が見えなくなるか
⚠️ 視野の外に出るもの
- 歴史と社会。イメージの体系が、どんな条件で作られたのかは扱えない。
- 作品ごとの差。全作品を1つの意識に還元すると、個々の作品の設計が消える。
- 形式と構造。語りや筋の分析とは相性が悪い。
- 他の作家との共有。あるイメージが、その作家固有ではなく時代の共有物である可能性。
⚠️ 現在の主な批判
- 「作家の意識」を前提にしている。主体を出発点に置く枠組みへの批判が、そのまま当てはまる(04の領域)。
- 選択が恣意(しい)的になりやすい。何を集めるかで結論が決まる。
- 検証しにくい。集めなかった例外をどう扱うのかが示されない。
- したがって現在は、この枠組みを単独で使うことは少ない。
分析の手順
⚡ 6段階
- 1. 1つの感覚の系列を決める。まずは1つだけ。
- 2. 作品からその系列に属する記述を全部拾う。ページ番号つきで。
- 3. 数える。何箇所あるか。総数を示す(07の領域)。
- 4. 分布を見る。どの部分に集中しているか。誰に結びついているか。
- 5. 対立する系列を探す。あれば、対の構造として整理する。
- 6. 例外を書く。系列に合わない箇所を明示する。これが恣意性への対策になる。
当ててみる
ボードレール『悪の華』(1857/1861年、著作権消滅)の「上と下」の系列。
| 段階 | 内容 |
|---|---|
| 系列 | 上昇と下降。飛ぶ・昇る/落ちる・沈む・重い |
| 集める | 部立ての名からして「憂鬱」と「理想」が対になっている |
| 分布 | 上昇の語は詩の前半に、下降の語は後半に集中する詩が多い |
| 対立 | 上昇(空・鳥・香り・光)/下降(泥・重さ・深淵・墓) |
| 例外 | 上昇と下降が同じ行に現れる詩がある。ここが単純な対立を崩す |
⚡ ここから言えること
- 詩集全体に「上がろうとして落ちる」という運動があるという指摘が可能になる。
- 「アホウドリ」は、この運動を1篇に凝縮した詩として読める。空では優美な鳥が、甲板では歩けない。
- 例外の詩が、この運動の単純化を防いでいる。
- 数と分布を示せば、この読みは検証できる。
⚠️ 注意
- 「ボードレールの意識はこうだった」とは書かない。書けるのは「テクストにこの系列がこう分布している」までにあたる。
- 作家の伝記に結びつけない(第2章)。
- 他の詩人にも同じ系列があるかを確かめる。その作家固有かどうかは、比較しないと言えない。
⚠️ この章で混同しやすい形
- 主題批評を「テーマを述べる批評」と考える。感覚とイメージの系列を集める方法にあたる。
- 1作品だけで分析できると考える。全作品を材料にする枠組みである。
- 集めた例だけを示す。例外を明示しないと恣意的になる。
- 現在も主流の方法と考える。単独で使われることは少なく、他の枠組みと組み合わせられる。
現象学的批評との関係
主題批評は、意識をめぐる哲学と近い場所にある(04の領域)。
⚡ 共通するもの
- 説明する前に記述するという構え。
- 意識と世界の関わりを扱う。
- 科学的な説明への距離。
⚠️ 違うもの
- 哲学は意識一般を、主題批評は1人の作家の意識を扱う。
- 哲学は方法を反省するが、主題批評は方法の反省が薄いという批判がある。
- 04の領域で扱う現象学と、この章の批評を同一視しない。
実際の読み方
1つの系列を追うとき、どう作業するか。
⚡ 手順の細部
- 紙に印刷して、色分けする。画面上より速い。
- 系列ごとに色を決める。水/火/上下/内外。
- 色の分布を眺める。どの部分に集中しているかが目で見える。
- 集中している部分だけを精読する(07の領域)。
- 数を数える。印象で「多い」と書かない(07の領域)。
⚡ 1作品から始める
- 本来は全作品を材料にする枠組みだが、学部では1作品でよい。
- その場合、「この作品では」と範囲を限定して書く。
- 「この作家は」と書くには、複数の作品を確かめる必要がある。
- 範囲の限定を明示することが、この枠組みを使うときの最低条件にあたる(第18章)。
もう1つ当ててみる
ラシーヌ『フェードル』の「光と闇」の系列(著作権消滅)。
| 段階 | 内容 |
|---|---|
| 系列 | 光・陽・見られること/闇・隠れること・地下 |
| 集める | 主人公の台詞に、光を避ける語と、見られることへの恐れが繰り返される |
| 分布 | 告白の場面に集中する。語ることと、光にさらされることが重なる |
| 対立 | 光(真実・裁き・父の視線)/闇(隠蔽・欲望・死) |
| 例外 | 光を求める台詞もある。単純な対立ではない |
⚡ 注意
- 「ラシーヌの意識」とは書かない(本章)。この作品ではと限定する。
- 他の作品にも同じ系列があるかは、比較しないと言えない。
- この系列は、脱構築の読み(第11章)とも接続する。光を避けながら光を求めるという矛盾が、決定不能の箇所を作る。
⚡ 第6章の通過チェック
- 主題批評が前提にしている4つを言える
- 集める対象を5種類言える
- 語ではなく感覚の質で集める理由を言える
- この枠組みで見えるものと見えなくなるものを、それぞれ3つ言える
- 現在の主な批判を3つ言える
- 分析の6段階を言い、恣意性への対策がどれかを言える
- 『悪の華』の上下の系列について、言えることと言えないことを分けられる
次章へ
次章は精神分析批評である。繰り返しの中でも、説明のつかない繰り返しと、不自然な欠落を扱う。
なぜこの人物は同じ失敗を繰り返すのか。なぜこの場面だけが語られないのか。意識では説明のつかない反復と空白を、別の論理で読む枠組みにあたる。同時に、最も誤用されやすい枠組みでもある。