形式と構造|第4章 物語論(1)— 筋の文法
この章の狙い
要点: すべての物語には、共通する型があるのではないか。登場人物を役割に還元し、出来事を機能に還元すると、数十の民話が同じ骨格を持っていることが見えてくる。
この発想が小説にも当てられ、筋を要素の組み合わせとして分析する方法が作られた。筋の分析は、この教材の中で最も手続きがはっきりしている。
枠組みの中身
- 📘 物語論:物語を、内容ではなく構造として分析する立場のこと。何が語られたかではなく、どういう仕組みで物語が成り立っているかを扱う。
⚡ 出発点になった発想
- 民話を大量に集め、共通する要素を抽出する。
- 人物の名前や属性は変わっても、その人物が果たす働きは共通している。
- したがって、人物ではなく機能を単位にすれば、物語の骨格が取り出せる。
- 機能の並ぶ順序にも規則がある。
機能と行為項
- 📘 機能:物語の進行に対して、ある行為が果たす働きのこと。「誰が」ではなく「何をしたか」で数える。
- 📘 行為項:物語の中で果たされる役割の型のこと。1人の人物が複数の役割を兼ねることも、複数の人物が1つの役割を分担することもある。
| 行為項 | 働き |
|---|---|
| 主体 | 何かを求めて動く |
| 対象 | 求められるもの |
| 送り手 | 求める動機を与える |
| 受け手 | 求めたものが最終的に向かう先 |
| 助力者 | 主体を助ける |
| 敵対者 | 主体を妨げる |
⚡ この枠組みの強み
- 人物の数と、役割の数が一致しないことが見える。
- 役割が途中で入れ替わることが特定できる。助力者が敵対者になる瞬間。
- 対象が何であるかが、作品によって曖昧なことが分かる。その曖昧さ自体が論点になる。
筋の型
⚡ よく使われる5段階
- 1. 初めの均衡 — 状態が安定している。
- 2. 均衡を破る出来事 — 何かが起きる。
- 3. 不均衡の展開 — 探索・試練・対立。
- 4. 均衡を取り戻す行為 — 解決の試み。
- 5. 新しい均衡 — 元とは違う安定。
⚠️ この型を機械的に当てない
- 当てはまるのは当たり前である。多くの物語はこの形をしている。
- 論になるのは、当てはまらない部分にあたる。
- たとえば5がない作品(新しい均衡に至らない)。2が繰り返される作品。
- 「この作品は5段階に当てはまる」で終わらせない。
この枠組みで何が見えるか
⚡ 取り出せるもの
- 役割の配置と、その入れ替わり。
- 筋の骨格と、そこからの逸脱。
- 複数の作品の構造上の比較。時代もジャンルも違う作品を並べられる。
- 繰り返しの構造。同じ機能が何度現れるか。
何が見えなくなるか
⚠️ 視野の外に出るもの
- 文体と語彙。同じ骨格でも文章はまったく違う。
- 語りの水準。誰が語っているかは、この章の枠組みでは扱えない(第5章が引き受ける)。
- 歴史的な条件。なぜその型がその時代に好まれたのか。
- 意味の重み。構造が同じでも、作品の力は同じではない。
分析の手順
⚡ 6段階
- 1. 出来事を時系列で書き出す。箇条書きでよい。
- 2. 各出来事を機能で言い換える。「〜が〜する」の形に統一する。
- 3. 行為項の表を作る。6つの役割に、人物を割り当てる。
- 4. 役割が入れ替わる箇所に印を付ける。
- 5. 5段階の型に当て、当てはまらない部分を特定する。
- 6. 当てはまらない部分が何をしているかを述べる。ここが結論になる。
当ててみる
モーパッサン『脂肪の塊』(1880年、著作権消滅)。
| 段階 | 内容 |
|---|---|
| 初めの均衡 | 乗合馬車に乗った一行が、占領下の町を出る |
| 均衡を破る | 食料がなく、一行が空腹になる |
| 展開 | 主人公が食料を分け与える。次に宿で足止めされる |
| 解決の試み | 一行が主人公を説得し、要求に応じさせる |
| 新しい均衡 | 出発できる。しかし一行は主人公を軽蔑し、食料を分け与えない |
⚡ 行為項で見る
- 主体 — 前半は一行(出発を求める)。後半も一行のまま。
- 助力者と敵対者が入れ替わる。主人公は前半では助力者、後半では障害として扱われる。
- 対象 — 「出発」だが、後半では「自分たちの体面」も対象になっている。
- 最後の均衡は、最初の均衡と形が同じで内容が反転している。食事の場面が2回あり、2回目は与えられない。
⚡ ここから言えること
- 構造が対称になっている。2つの食事の場面が枠を作る。
- 役割の入れ替わりが、道徳的な評価の反転と一致している。
- 「新しい均衡」は、実は最初より悪い。5段階の型の第5段階が、通常とは逆に働いている。
- この構造上の指摘は、作品を読んでいない人にも検証できる。
⚠️ この章で混同しやすい形
- 行為項を登場人物と同じものと考える。役割の型であり、1人が複数を兼ねうる。
- 機能を「出来事」と同じと考える。物語の進行に対して果たす働きを指す。
- 5段階の型に当てはまることを結論にする。当てはまらない部分が論になる。
- 物語論で語り手を分析できると考える。それは次章の枠組みにあたる。
民話と小説の違い
この枠組みは民話の分析から生まれた。小説に当てるときは、差を意識する。
| 民話 | 小説 | |
|---|---|---|
| 人物 | 役割がほぼ固定 | 役割が入れ替わる |
| 機能 | 数が限られ、順序も安定 | 順序が崩れ、機能が省かれる |
| 目的 | 明示される | 曖昧なことが多い |
| 結末 | 均衡が回復する | 回復しない作品が多い |
← 横に動かして読めます →
⚡ したがって
- 小説では、型からの逸脱が論点になる(本章)。
- 「当てはまらない」という結果が、そのまま発見にあたる。
- 19世紀以降の小説ほど、逸脱が大きくなる傾向がある。
筋の分析の限界
⚠️ この枠組みでは扱えないこと
- 同じ構造を持つ2作品の、質の違い。
- 文体と語彙。
- 語りの水準(第5章)。
- なぜその型がその時代に選ばれたか(第12章)。
⚡ それでも使う理由
- 手続きがはっきりしている。誰がやっても同じ結果になる部分が大きい。
- 作品を読んでいない人にも検証できる。
- 他の枠組みの土台になる。構造を確定してから、意味づけに進める。
- レポートの「記述の章」に最も向く(第20章)。
⚡ 短編で練習する
- 長編でいきなりやると、出来事の書き出しだけで挫折する。
- 短編なら、1時間で機能の一覧が作れる。
- 『脂肪の塊』のような、構造のはっきりした短編から始めるとよい。
もう1つ当ててみる
ペローの童話(17世紀、著作権消滅)の構造。
| 機能 | 内容 |
|---|---|
| 初めの均衡 | 主人公が家にいる |
| 禁止または命令 | 「〜してはいけない」または「〜しに行きなさい」 |
| 違反または出発 | 禁止が破られる、または旅立つ |
| 加害 | 敵対者が現れ、害を加える |
| 助力 | 助力者が現れ、手段を与える |
| 解決 | 敵対者が打ち負かされる |
| 新しい均衡 | 結婚、または帰還 |
⚡ 小説と比べる
- 童話では、機能の順序がほぼ固定している。
- 19世紀の小説では、この順序が崩れる。加害が最後に来る、解決がない、均衡が回復しない。
- 『ボヴァリー夫人』を童話の型に当てると、「助力者」に当たる人物がすべて敵対者に転じることが分かる。
- この「当てはまらなさ」が、そのままレポートの論点になる(本章)。
⚡ 第4章の通過チェック
- 物語論が扱う問いを、内容との対比で言える
- 機能と行為項の定義を言える
- 6つの行為項を言える
- 筋の5段階を言え、機械的に当てない理由を言える
- この枠組みで見えるものと見えなくなるものを、それぞれ3つ言える
- 分析の6段階を言い、どこが結論になるかを言える
- 『脂肪の塊』の構造上の対称を説明できる
次章へ
次章は物語論(2)— 語りの体系である。筋から語りへ移る。
同じ筋でも、誰がどこから語るかで作品は変わる。07の領域で扱った話法・焦点化・時間を、ここでは体系として整理する。そしてその体系が、作品の分析でどう働くかを見る。