形式と構造|第5章 物語論(2)— 語りの体系
この章の狙い
要点: 同じ筋でも、誰がどこから語るかで作品は変わる。
07の領域で扱った話法・焦点化・時間を、ここでは体系として整理する。そしてその体系を使うと、作品のどこが分析できるようになるかを見る。この教材の中で、最も多くのレポートに使われる枠組みにあたる。
3つの水準
- 📘 物語内容:語られている出来事そのもの。時系列に並べたときの筋にあたる。
- 📘 物語言説:実際に書かれたテクスト。順序も速度も、物語内容とは違いうる。
- 📘 語る行為:語るという行為そのもの。誰が、いつ、誰に向かって語っているか。
⚡ なぜ3つに分けるか
- 「物語」という語が、この3つを混ぜて使われているため、議論が噛み合わなくなる。
- 分けると、比較の軸が定まる。同じ物語内容を持つ2作品を、物語言説の面で比べられる。
- 第4章が扱ったのは物語内容の水準にあたる。この章は残りの2つを扱う。
時間
| 見るもの | 問い | 現れ方 |
|---|---|---|
| 順序 | 出来事の順に語られているか | 後戻り(回想)/先取り(予告) |
| 速さ | 何年を1行で、何分を10ページで | 要約/場面/省略/休止 |
| 頻度 | 1回のことを何回語るか | 1回のことを1回/何度も起きたことを1回/1回のことを何度も |
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⚡ 速さの5段階
- 省略 — 物語内容の時間が流れるが、テクストは0行。「三年が過ぎた」以下。
- 要約 — 長い時間を短く語る。
- 場面 — 物語内容の時間とテクストの時間がほぼ等しい。会話がその典型。
- 引き伸ばし — テクストのほうが長い。細部の描写。
- 休止 — 物語内容の時間が止まり、テクストだけが進む。風景や人物の描写。
⚡ 測れるので使いやすい
- 1ページあたり、作中で何時間が流れているかを測る。
- 極端に遅い箇所が作品の重心にあたる。極端に速い箇所は、省略が意味を持つ。
- 表にすれば、そのままレポートの根拠になる(07の領域)。
態と人称
- 📘 語り手:語っている存在。作者とは区別する(07の領域)。
| 区分 | 内容 |
|---|---|
| 語り手が物語の中にいるか | いる(登場人物でもある)/いない |
| 語る時点と語られる出来事の関係 | 後から語る/同時に語る/先に語る |
| 語りの層 | 物語の中で別の物語が語られる場合、層が重なる |
⚡ 層が重なる例
- 枠物語 — 誰かが誰かに物語を語る、という枠がある。枠の内と外で、語り手が違う。
- 層を数えると、誰が誰に語っているかが整理できる。
- 層の境目が壊れる作品は、それ自体が論点になる。
焦点化
- 📘 焦点化:出来事が、誰の知覚と知識を通して提示されているか。語り手が誰かということとは別の問いにあたる。
| 型 | 見える範囲 | 目印 |
|---|---|---|
| ゼロ焦点化 | すべて。複数の人物の内面も未来も | 「彼は知らなかったが」 |
| 内的焦点化 | 一人の人物が知っていることだけ | 他人の内面は推測の形でしか出ない |
| 外的焦点化 | 外から見える行動と発言だけ | 誰の内面にも入らない |
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⚠️ 語り手と焦点化を混同しない
- 「誰が語るか」と「誰が見るか」は別である。
- 三人称の語り手が、一人の人物の視点だけを通して語ることができる。
- 一人称の語り手が、後から知った事実を織り込むことで全知に近づくこともある。
- この区別ができるかどうかが、この章の要点にあたる。
この枠組みで何が見えるか
⚡ 取り出せるもの
- 語りの構造の全体像。誰が、どこから、どの速さで語っているか。
- 変化する箇所。焦点化が切り替わる位置、速度が変わる位置。
- 矛盾する箇所。内的焦点化のはずなのに人物が知りえない情報が出てくる。
- 他作品との比較。同じ主題でも語りの構造がまったく違うことが示せる。
何が見えなくなるか
⚠️ 視野の外に出るもの
- なぜその構造が選ばれたのか。歴史的・社会的な理由は扱えない。
- 語られている内容の重み。構造の記述にとどまる。
- 読者の側の経験。受容の問題は第10章が引き受ける。
- 術語を並べるだけで分析が終わったことにしてしまう危険が最も大きい枠組みでもある。
分析の手順
⚡ 6段階
- 1. 一節を選ぶ。
- 2. 語り手の位置を判定する。物語の中にいるか、いつ語っているか、層は何重か。
- 3. 焦点化を判定する。誰の知覚を通しているか。
- 4. 速さを測る。1段落ごとに、物語内容の時間がどれだけ流れるか。
- 5. 変化する箇所に印を付ける。
- 6. 変化の位置と、意味の展開を重ねる。これが結論になる。
当ててみる
フローベール『ボヴァリー夫人』(1857年、著作権消滅)。
| 段階 | 判定 |
|---|---|
| 語り手 | 冒頭だけ「私たち」。物語の中にいる語り手として始まり、途中で消える |
| その後 | 三人称。物語の外の語り手になる |
| 焦点化 | 主にエマの内的焦点化。ただし他の人物の内面に入る箇所もある |
| 話法 | 自由間接話法が全編にわたる。誰の声かが決めきれない |
| 速さ | 舞踏会の一夜が長く、その後の数か月が短い。要約と場面の落差が大きい |
⚡ 変化の位置を特定する
- 冒頭の「私たち」が消える位置。これは語りの層の消失にあたる。
- エマ以外の内面に入る箇所。内的焦点化からの逸脱として数えられる。
- 自由間接話法が集中する箇所。エマの心理が破綻に近づく部分と重なるかを確かめる。
- この3つを表にすると、そのままレポートの根拠になる。
⚠️ この章で混同しやすい形
- 物語内容と物語言説を混ぜる。「物語」という語が3つの水準を指しうる。
- 語り手と焦点化を同じものと考える。「誰が語るか」と「誰が見るか」は別。
- 語り手と作者を同一視する。07の領域で扱った基本にあたる。
- 術語を並べて分析を終える。「内的焦点化である」で止めず、それが何を作っているかを書く。
分析の表を作る
この枠組みは、表にすると一気に扱いやすくなる。
| 章・節 | 語り手 | 焦点化 | 速さ | 特記 |
|---|---|---|---|---|
| 第1章 | 物語の中(私たち) | ゼロ | 要約 | 「私たち」はここだけ |
| 第2章 | 物語の外 | 内的(シャルル) | 場面 | |
| 第3章以降 | 物語の外 | 内的(エマ) | 場面と要約 | 自由間接話法が増える |
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⚡ 表の作り方
- 章ごと、または節ごとに1行。
- 速さは5段階のどれかを書く(本章)。
- 切り替わる箇所に印を付ける。
- この表が、そのままレポートの根拠になる(07の領域)。
信頼できない語り手
- 📘 信頼できない語り手:語り手の述べることを、そのまま受け取れない場合の語り手のこと。テクストの中に、語り手の言葉を疑わせる手がかりがある。
⚡ 手がかりの型
- 矛盾。語り手の述べることが、別の箇所と食い違う。
- 他の人物の反応。語り手の説明と、周囲の反応が合わない。
- 知りえない情報。内的焦点化のはずなのに知っているはずのないことを語る。
- 極端な自己弁護。説明が過剰になる。
⚠️ 判定は慎重に
- 単に語り手が誤っているだけの箇所と区別する。
- テクストが疑わせる仕掛けを持っているかが基準にあたる。
- 一人称の作品でよく問題になるが、三人称でも起こりうる。
- この概念は、精神分析批評(第7章)や受容理論(第10章)とも接続する。
もう1つ当ててみる
プルースト『失われた時を求めて』の冒頭(著作権消滅)。
| 項目 | 判定 |
|---|---|
| 語り手 | 一人称。物語の中にいる。ただし語る時点と体験する時点が離れている |
| 距離 | 「語る私」と「体験した私」の2つがある(04の領域の自伝の問題) |
| 焦点化 | 体験した私に寄る箇所と、語る私が説明する箇所が交替する |
| 速さ | 極端に遅い。眠りに落ちる数分に多くの紙幅が割かれる |
| 頻度 | 「何度も起きたこと」を1回語る形が多用される |
⚡ ここから言えること
- 速さの偏りが、この作品の設計そのものにあたる。数十年を扱いながら、数分に何ページも使う。
- 頻度の扱いが、記憶の主題と結びつく。繰り返された過去は、1回として語られる。
- 「語る私」と「体験した私」の距離が、作品の全体を組み立てている。
- これらはすべて、第5章の3つの水準の語彙で記述できる。
⚡ 第5章の通過チェック
- 3つの水準を言え、なぜ分けるのかを説明できる
- 時間の3つの見方を言える
- 速さの5段階を言える
- 語り手の位置を判定する3つの観点を言える
- 焦点化の3つの型を言い、語り手との違いを説明できる
- 分析の6段階を言い、どこが結論になるかを言える
- 『ボヴァリー夫人』で特定すべき変化の位置を3つ言える
次章へ
次章は意識の批評である。構造から、意味の側へ移る。
1人の作家の全作品を通して、同じ主題やイメージが繰り返される。その繰り返しを追うと、その作家に固有の世界の捉え方が見えてくるのではないか。フランスで独自に発展した枠組みにあたる。