形式と構造|第3章 形式への注目 — 異化と手法
この章の狙い
要点: 意味は内容にあるのではなく、形の側にある。同じ出来事を語っても、語り方が違えば別の作品になる。
そして芸術の役割は、見慣れたものを見慣れないものにすることだという主張が現れる。この発想が、以後のすべての枠組みの土台になる。
枠組みの中身
- 📘 形式主義:作品を、作者の意図や社会的な背景からではなく、そこで用いられている手法の体系として分析する立場のこと。1910年代のロシアで始まり、1960年代のフランスに大きな影響を与えた。
⚡ 中心にある3つの主張
- 文学性 — 研究の対象は「文学とは何か」ではなく、あるテクストを文学たらしめている性質である。したがって扱うのは形式にあたる。
- 異化(いか) — 日常の知覚は自動化している。芸術は、対象を見慣れないものにすることで、知覚し直させる。
- 素材と手法 — 素材(出来事・題材)と、それを配置する手法を区別する。同じ素材でも手法が違えば別の作品になる。
- 📘 異化:見慣れたものを、あたかも初めて見るかのように提示する技法のこと。説明を省く、視点をずらす、名を伏せるといった形を取る。
| 素材 | 手法 |
|---|---|
| 何が起きたか | どの順序で、誰の目から、どの速さで語るか |
| 出来事の時系列 | 語りの中での配置 |
| 人物の性質 | 提示の仕方(説明するか、行動で示すか) |
⚡ なぜこの区別が効くか
- 筋の要約が同じでも、作品はまったく違うものになりうる。
- したがって「あらすじ」を語ることは、作品を語ることではない(07の領域)。
- 分析の対象は、素材ではなく手法になる。
この枠組みで何が見えるか
⚡ 取り出せるもの
- 技法の目録。その作品が使っている手法を列挙できる。
- 手法の働き。その手法が、読者の知覚に何をしているか。
- 手法の分布。どの場面で、どの手法が集中しているか。
- 同じ素材を扱う他の作品との差。手法の面で比較できる。
何が見えなくなるか
⚠️ 視野の外に出るもの
- 歴史と社会の条件。なぜその時代にその手法が現れたのかは扱えない。
- 作品の主題的な重み。何が語られているかより、どう語られているかに寄る。
- 読者の側の条件。誰にとって「見慣れたもの」なのかが問われない。
- これらは第8章・第10章・第12章の枠組みが引き受ける。
分析の手順
⚡ 5段階
- 1. 一節を選ぶ。長くて2ページ。
- 2. 素材を一文で書く。「登場人物が部屋に入り、手紙を見つける」。
- 3. 手法を列挙する。順序・視点・速度・省略・繰り返し・言い換え。
- 4. 素材と手法のずれを特定する。素材の順序と、語りの順序は同じか。
- 5. ずれが読者の知覚に何をしているかを述べる。
当ててみる
ラ・フォンテーヌ『寓話』の「狼と子羊」の冒頭。
⚡ 本文
- « Un Agneau se désaltérait / Dans le courant d'une onde pure. »
- 訳:一頭の子羊が喉を潤していた/澄んだ流れの中で。
| 段階 | 内容 |
|---|---|
| 素材 | 子羊が水を飲んでいる |
| 手法1 | 場所が次の行に送られる(07の詩法のまたがり)。読者は一瞬待たされる |
| 手法2 | 子羊の名詞が大文字で書かれ、種としてではなく登場人物として提示される |
| 手法3 | 「澄んだ」という語が、後の狼の言いがかりと衝突するように置かれている |
| ずれ | 物語の教訓は冒頭に置かれているが、場面はその後に来る。結論を先に示す構成 |
⚡ ここから言えること
- 待たされることと、大文字による人格化が、寓話の枠組みを作っている。
- 「澄んだ」の一語が、後の不当な言いがかりを準備している。手法の分布を追うと、結末が冒頭から仕込まれていることが分かる。
- 素材(子羊が水を飲む)だけを取り出しても、この効果は説明できない。
形式主義のその後
⚡ どこへ流れたか
- 物語論へ。手法の体系化が、筋と語りの分析につながる(第4・5章)。
- 記号論へ。テクストを体系として扱う発想が引き継がれる(第9章)。
- 文体論へ。語の選択と統語の分析。
- 一方、社会批評からは「歴史を無視している」と批判された(第8章)。
⚠️ この章で混同しやすい形
- 形式主義を「内容を軽視する立場」と考える。素材と手法を区別し、手法を分析の対象にする立場にあたる。
- 異化を「難解にすること」と考える。知覚し直させることであり、難解さは手段の一つにすぎない。
- 手法の列挙で分析が終わると考える。手法が何をしているかを述べて初めて分析になる。
- 形式主義をフランス生まれと考える。1910年代のロシアで始まり、1960年代にフランスへ影響した。
文体論という隣接分野
- 📘 文体論:語の選択・構文・音の配置といった言語の細部を分析する分野のこと。形式への注目と近いが、言語学寄りの方法を取る。
⚡ 何を数えるか
- 語彙 — 語の種類の多さ、繰り返される語、特定の分野に偏った語。
- 構文 — 文の長さ、従属節の深さ、並列と従属の比率。
- 時制 — 分布と切り替え(07の領域)。
- 音 — 頭韻、母音の反復(07の詩法)。
⚡ 形式への注目との違い
- 文体論は、言語の単位で数える。
- 形式主義は、手法の単位で捉える。
- 両者は補い合う。数えた結果を、手法として意味づけるという順序で使う。
手法の目録を作る
⚡ 1作品につき1枚の表を作る
| 手法 | 現れる箇所 | 働き |
|---|---|---|
| 省略 | ◯ページ、◯ページ | 出来事を飛ばし、後から補わせる |
| 反復 | ◯箇所 | 同じ語が◯回。強調か空転か |
| 視点の移動 | ◯ページ | 誰の目から見るかが切り替わる |
| 順序の入れ替え | ◯ページ | 出来事の順と語りの順が違う |
← 横に動かして読めます →
⚡ 表の使い方
- 箇所と回数を先に埋める。働きの欄は後で埋める。
- 回数の多い手法から扱う。
- この表が、レポートの記述の章になる(第20章)。
- 数えられるので検証できる(07の領域)。
もう1つ当ててみる
ボードレール「アホウドリ」の第1連(『悪の華』、著作権消滅)。
| 段階 | 内容 |
|---|---|
| 素材 | 船乗りが海鳥を捕まえ、甲板に置く |
| 手法1 | 「しばしば、暇つぶしに」で始まる。行為の動機が最初に置かれ、残酷さが日常として提示される |
| 手法2 | 鳥を「王」「旅の道連れ」と呼ぶ語彙が、捕獲という行為と衝突する |
| 手法3 | 1連目は空、2連目は甲板。空間の落差が連の切り替えと一致する |
| ずれ | 素材は「鳥を捕まえた」だけだが、語彙の選択が価値の反転を作っている |
⚡ 異化として読む
- 見慣れた「鳥を捕まえる」という行為が、王を辱(はずかし)める行為として提示される。
- 語彙の選択だけで、知覚が組み替えられている。
- 素材を要約しても、この効果は残らない。
- これが「素材と手法」の区別の実際の意味にあたる。
⚡ 第3章の通過チェック
- 文学性・異化・素材と手法の3つの主張を言える
- 素材と手法の区別が、あらすじの扱いに何をもたらすかを言える
- この枠組みで見えるものを4つ言える
- 見えなくなるものを3つ言い、それを引き受ける章を言える
- 分析の5段階を言える
- ラ・フォンテーヌの例で、手法を3つ指摘できる
- 形式主義が後の枠組みにどう流れたかを3つ言える
次章へ
次章は物語論(1)— 筋の文法である。形式への注目を、物語の構造へ広げる。
すべての物語には、共通する型があるのではないか。登場人物を役割に還元し、出来事を機能に還元すると、数十の民話が同じ骨格を持っていることが見えてくる。この発想が、小説の分析にも当てられていく。