テクストと読者|第11章 脱構築の読み — 決定不能性
この章の狙い
要点: テクストが、自分で自分を裏切る箇所を探す。
作品が前提にしている対立——自然と文化、本物と偽物、内と外、話し言葉と書き言葉——が、その作品自身の記述の中で崩れている箇所がある。それを外からの批判ではなく、テクストの内側から示すのがこの読みにあたる。
最も誤用が多い語でもある。「批判する」の意味で使わない(04の領域)。
枠組みの中身
- 📘 脱構築:テクストが依拠している対立の一方が優位に置かれていることを示し、その優位が、そのテクスト自身の記述によって崩れることを内側から示す手続きのこと。
⚡ 3段階の手続き
- 1. 対立を特定する。そのテクストが前提にしている二項の対立を取り出す。
- 2. 優位を確認する。どちらが正しい・自然・本来のものとされているか。
- 3. 崩れを示す。優位に置かれた項が、実は劣位の項に依存していることを、テクストの記述から示す。
⚠️ やってはいけないこと
- 外から「その対立は間違っている」と言う。それは批判であって脱構築ではない。
- 対立を逆転させて終わる。優位を入れ替えるだけなら、同じ構造が残る。
- 「決定できない」で終わる。どこで決定できなくなるのかを、テクストの箇所で示す。
- 📘 決定不能性:テクストの中に、どちらとも決められない箇所があること。曖昧さ一般ではなく、決定を妨げる仕組みがテクストの側にあることを指す。
この枠組みで何が見えるか
⚡ 取り出せるもの
- 作品が前提にしている対立の一覧。
- その対立が揺らぐ箇所。
- 決定できない語や場面。どちらの読みも根拠を持つ箇所。
- 作品が自分の主張を裏切る瞬間。
何が見えなくなるか
⚠️ 視野の外に出るもの
- 作品の全体の設計。部分の亀裂に注意が向く。
- 歴史と社会の条件。テクストの内部に閉じやすい。
- 作品ごとの差。「どのテクストも崩れる」という結論に流れやすい。
- なにより、やり方を覚えると、どんな作品でも同じ結論に到達してしまう。その退屈さが最大の批判にあたる(第18章)。
分析の手順
⚡ 6段階
- 1. 作品が繰り返し使う対立を拾う。3つか4つ。
- 2. どちらが優位に置かれているかを、記述から確かめる。
- 3. 優位の項が、劣位の項によって定義されている箇所を探す。
- 4. 決定できない語・場面を特定する。どちらの読みも本文から支持できる箇所。
- 5. その箇所を引用し、両方の読みを併記する。
- 6. 決定できないことが、作品の中で何をしているかを述べる。
6段階目が最も難しい。「決定できない」で止めず、その宙づりが作品の効果とどう関わるかを書く。
当ててみる
ラシーヌ『フェードル』(1677年、著作権消滅)。
| 段階 | 内容 |
|---|---|
| 対立 | 潔白と罪/意志と運命/語ることと沈黙 |
| 優位 | 潔白が求められ、罪は隠される。沈黙が徳とされる |
| 崩れ | 潔白を主張する言葉が、罪を語ることでしか成り立たない。「私の心の底は陽の光より清らかではない」という趣旨の台詞は、潔白の主張であると同時に、罪の告白の形をしている |
| 決定不能 | この台詞を、無実の訴えと読むか、罪の自白と読むか。どちらも本文から支持できる |
| 効果 | 語れば罪になり、黙れば罪を認めることになる。この宙づりが、劇の緊張を作っている |
⚡ 書き方の要点
- 「この台詞は曖昧である」で終えない。
- 2つの読みを、それぞれ本文の根拠とともに示す。
- そのうえで、どちらとも決められないことが劇の構造とどう関わるかを述べる。
- 決定不能性は、作品の欠陥ではなく仕組みとして扱う。
誤用の見分け方
レポートでよく見る誤用を並べる。
| 誤用 | 正しくは |
|---|---|
| 「この作品を脱構築する」 | テクストが自ら崩れる箇所を示すのであって、こちらが崩すのではない |
| 「脱構築=批判」 | 批判は外から。脱構築は内側から |
| 「脱構築=解体」 | 組み立て直しの含みを持つ語である |
| 「すべては決定不能だ」 | どこで、なぜ決定できないのかを示さなければ何も言っていない |
| 「二項対立を乗り越える」 | 逆転や統合ではなく、優位が成り立たないことを示す |
⚡ 使わないという選択
- 説明できないなら使わない(第1章)。
- 「両方の読みが本文から支持できる」と書けば足りる場面が多い。
- 術語を使わずに同じ内容を書けるなら、そのほうが安全にあたる。
⚠️ この章で混同しやすい形
- 脱構築を「批判」の意味で使う。最も多い誤用である。
- 対立を逆転させて終える。同じ構造が残るだけになる。
- 「決定不能」を曖昧さ一般の意味で使う。決定を妨げる仕組みがテクストの側にあることを指す。
- どの作品でも同じ結論に至ることを、方法の強みと考える。それが最大の批判にあたる。
反復と決定不能
⚡ どこを探すか
- 同じ語が、両立しない2つの意味で使われている箇所。
- 登場人物の言葉と、地の文が食い違う箇所(第5章の自由間接話法)。
- 作品が価値を置くものが、その反対のものに依存している箇所。
- 結末が、始まりの前提を崩している箇所。
⚡ 自由間接話法との関係
- 誰の声か決まらないという事態は、この枠組みの好例にあたる(第5章)。
- 皮肉とも共感とも読める。どちらも本文から支持できる。
- したがって『ボヴァリー夫人』は、この枠組みでよく扱われる。
- ただし「決定できない」で終えず、その宙づりが作品の何を作っているかを述べる(本章)。
いつ使わないか
⚠️ 使わないほうがよい場合
- 作品に明確な対立の構造がない場合。無理に見つけると恣意的になる。
- 他の枠組みで説明がつく場合。より単純な説明を優先する。
- 術語を説明できない場合(第1章)。
- 結論が予測できてしまう場合(第18章)。
⚡ 代わりの書き方
- 「両方の読みが本文から支持できる」と書く。術語なしで同じ内容が書ける。
- 「この語は、◯ページでは〜の意味だが、◯ページでは〜の意味で使われている」と具体的に書く。
- この書き方なら、誤用の危険がない。
もう1つ当ててみる
ラ・フォンテーヌ『寓話』の「教訓」(著作権消滅)。
| 段階 | 内容 |
|---|---|
| 対立 | 教訓(一般的な真理)/物語(個別の出来事) |
| 優位 | 教訓が優位に置かれている。物語は教訓の例として提示される |
| 崩れ | しかし教訓は、物語なしには成り立たない。しかも教訓と物語が食い違う寓話がある |
| 決定不能 | 「狼と子羊」の教訓は「強者の理屈が常に最良だ」という趣旨だが、これは規範なのか、諦めの記述なのか。どちらとも読める |
| 効果 | 教訓が物語を支配しきれないことが、この寓話集の力になっている |
⚡ 書き方の注意
- 「教訓と物語が矛盾している」と書いて終えない。
- 2つの読みを、それぞれ根拠とともに示す(本章)。
- そのうえで、決定できないことが読者に何をさせるかを述べる。
- この寓話集は、教訓と物語の関係が単純でないため、この枠組みの練習に向く。
⚡ 第11章の通過チェック
- 脱構築の3段階の手続きを言える
- やってはいけない3つを言える
- 決定不能性の定義を、曖昧さとの違いから言える
- この枠組みで見えるものと見えなくなるものを、それぞれ3つ言える
- 分析の6段階を言い、最も難しい段階を言える
- 『フェードル』の例で、2つの読みを併記できる
- 誤用の5つの型を言える
次章へ
次章は文学史の理論である。個々の作品から、文学という制度そのものへ視点を移す。
なぜこの作品が正典(せいてん)になり、あの作品は忘れられたのか。ジャンルとは何か。作家はどんな空間の中で位置を取っているのか。02の文学史が扱った「流れ」そのものを、分析の対象にする。