19世紀|第8章 写実主義 — 主題の転換
この章の狙い
要点: 主題の序列が、正面から崩される。
農民、労働、葬儀、日常。それまで歴史画の大画面にふさわしくないとされた主題が、歴史画の大きさで描かれる。これが制度への挑戦になり、同時期の小説と同じ問題を扱っている(02の領域)。
年表
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1848年 | 二月革命(03の領域)。社会への関心が高まる |
| 1849〜1850年 | クールベが故郷の葬儀を大画面で描く |
| 1850年代 | 石版画による風刺画が広く読まれる |
| 1855年 | 万国博覧会。クールベが独自の展示館を建てて作品を公開する |
| 1857年 | ミレーが落ち穂を拾う農婦を描く |
| 1857年 | 同年、小説と詩集が起訴される(03の領域) |
| 1860年代 | 写実主義の語が、文学でも美術でも使われる |
| 1863年 | 落選展。サロンに落ちた作品が別に展示される |
| 1865年 | マネの作品が激しい非難を浴びる |
何が挑戦だったか
⚡ 3つの点
- 主題 — 農民・労働者・葬儀・日常。アカデミーの序列で下位とされた主題(第4章)。
- 大きさ — 歴史画の大画面で描く。主題と形式の不一致が、挑発になる。
- 理想化しない — 美しく整えず、そのまま描く。顔も姿勢も類型化しない。
⚡ なぜ挑発になるのか
- 大画面は、重要な主題のためのものだった。
- そこに日常を置くことは、「何が重要か」の基準を問い直すことになる。
- したがってこれは技法の問題ではなく、制度への挑戦にあたる(08の領域の場)。
- 📘 写実主義:現実を理想化せず、見たままに描こうとする立場のこと。ただし「見たまま」自体が1つの選択であり、何を見るかがすでに主張になる。
制度の外に出る
⚡ 1855年の独自の展示
- 万国博覧会の会場の近くに、自前の建物を建てて作品を展示した。
- アカデミーとサロンの外で、直接公衆に見せるという行為にあたる。
- 入場料を取り、目録を配った。
- 芸術家が自分で発表の場を作るという先例になる(第9章)。
⚡ 1863年の落選展
- サロンの落選作が多く、不満が高まった。
- 当局が、落選作を別に展示する場を設けた。
- ここで注目された作品が、後の展開を準備する。
- 「落選」が、逆に注目を集める経路になったという点が重要にあたる(08の領域の場の逆転)。
風刺画
⚡ なぜ美術史に入るか
- 石版画によって安価に大量に刷られ、新聞に載った(03の領域)。
- 政治と社会を主題にし、同時代の人物と出来事を描いた。
- 検閲の対象になり、1835年以降は事前検閲を受けた(03の領域)。
- 同じ作者が、絵画も描いていた例がある。高級と大衆の区分が動く場所にあたる(08の領域)。
写実主義をめぐる論争
| 批判 | 内容 |
|---|---|
| 醜いものを描く | 芸術は美を目指すべきだという立場から |
| 政治的である | 労働者と農民を描くこと自体に政治性を見る |
| 技術がない | 理想化しないことを、技量の不足と見なす |
| 選択がある | 「見たまま」と言うが、何を見るかはすでに選択である |
⚡ 4つ目が現在の論点
- 写実主義は「そのまま写す」と主張したが、主題の選択は明確な選択にあたる。
- 同じ問題が、文学の自然主義にもある(02の領域)。
- 08の領域の反映論の問題と同じ構図である。
文学との並行
⚡ 同じ問題を扱っている
- 主題の拡大 — 小説でも、扱う階層と主題が広がった(02の領域)。
- 理想化の拒否 — 美化しない描写が、両方の分野で問題になった。
- 1857年の裁判 — 同じ年に、絵画の議論と文学の裁判が起きている(03の領域)。
- 「写実」という語 — 美術と文学の両方で使われ、互いに参照された。
⚠️ 並行を影響関係と混同しない
- 同じ語が両分野で使われたことは事実である。
- しかし「小説が絵画に影響した」と断定するには証拠が要る(07・08の領域)。
- 「同時期に共通する問題意識が見られる」と書くのが安全にあたる。
制度と条件
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 場 | サロン。加えて独自の展示と落選展 |
| 購入者 | 市民の購入者が増える。画商の役割も大きくなる |
| 批評 | 新聞と雑誌。作家が美術批評を書く例が多い |
| 複製 | 石版画と、のちに写真(第13章) |
| 対立 | アカデミーの規範と、制度の外の動きの緊張が強まる |
文学とのつながり
⚡ この時期の作品を読むときに要る背景
- 主題の序列 — 文学のジャンルの序列と、絵画の主題の序列は同じ構造にあたる(08の領域)。両方が同じ時期に崩れる。
- 描写の量 — 小説で、背景と物の描写が増える。絵画で日常が主題になるのと並行する。
- 作家の美術批評 — 詩人が展覧会評を書いている。その文章が、その作家の美学を知る資料になる(07の領域)。
- 1857年 — 小説の裁判と、写実主義をめぐる議論が同じ年に重なる(03の領域)。
⚠️ この時代で混同しやすい形
- 写実主義を技法の名前と考える。主題の選択と、制度への挑戦を含む立場にあたる。
- 「見たままに描く」を中立と考える。何を見るかがすでに選択である。
- 落選展を反体制の運動と考える。当局が設けた場である。
- 風刺画を美術の外と考える。同じ作者が絵画も描き、高級と大衆の区分が動く場所にあたる。
個展という手段
⚡ 制度の外に出る方法
- 公式の展覧会に落選したとき、別の場所で自分の展示を行うという方法が取られた。
- 会場を借り、入場料を取り、目録を作る。
- 宣言文を目録に載せる。自分の立場を自分で説明する。
- これは、文学における同人誌と宣言に対応する(08の領域)。
⚡ 意味
- 芸術家が、制度を通さずに公衆と直接向き合う。
- 批評家ではなく、本人が作品の枠組みを提示する。
- 後の展覧会の形式の出発点にあたる(第9章)。
- 「自分で場を作る」という発想が、19世紀後半に広がる。
批評の言葉
⚡ 写実主義をめぐる語
- 「醜い」「粗野」という語が、否定の言葉として使われた。
- 主題の低さが非難の中心にあたる。技術ではなく、何を描くかが問題にされた。
- 擁護する側は、同時代を描くことの正当性を主張した。
- この論争の語彙は、同時期の小説をめぐる論争と重なる(03・10の領域)。
⚠️ 同時期の裁判と並べる
- 1857年に、小説と詩集が公序良俗を理由に起訴されている(10の領域)。
- 絵画では起訴ではなく、審査による排除という形を取った。
- 制度の形は違うが、同じ時期に、同じ種類の反発が起きている。
- これは第19章の型4(制度)の好例にあたる。
⚡ 第8章の通過チェック
- 写実主義の3つの挑戦を言える
- なぜ大画面に日常を描くことが挑発になるかを説明できる
- 1855年の独自の展示が持った意味を3つ言える
- 1863年の落選展の経緯と、その意味を言える
- 風刺画がなぜ美術史に入るかを4つ言える
- 写実主義への4つの批判を言い、現在の論点を指せる
- 文学との並行を、影響関係と区別して説明できる
次章へ
次章は印象派である。制度の外に、自分たちで展覧会を作る。
光と色を、目に映るとおりに描く。そしてサロンではなく、自分たちの展覧会で発表する。制度の外に発表の場を作るという行為が、ここで組織的に行われる。同時期の文学の同人誌と同じ構図にあたる。