19世紀|第10章 世紀末 — 象徴主義とアール・ヌーヴォー
この章の狙い
要点: 印象派の後に、複数の方向が同時に現れる。
画面の構成を追求する方向、内面と象徴を描く方向、装飾と工芸を重んじる方向。そして文学の象徴主義と、美術の象徴主義が同じ語で呼ばれる。その関係を確かめるのが、この章の中心にあたる。
年表
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1880年代 | 印象派の集団が緩み、各自が別の方向へ進む |
| 1884〜1886年 | 点描の大作が制作される |
| 1886年 | 文学で象徴主義の主張が発表される(02の領域) |
| 1886年 | 印象派の最終回の展覧会(第9章) |
| 1880年代後半 | ゴーガンらが南仏とブルターニュで制作する |
| 1890年代 | ナビ派の活動。装飾と平面性を重んじる |
| 1890年代 | アール・ヌーヴォーが建築と工芸に広がる |
| 1895年 | 美術商の店の名が、この様式の呼び名の由来になる |
| 1900年 | パリ万国博覧会。アール・ヌーヴォーが頂点に達する |
| 1900年代 | セザンヌの仕事が若い画家に影響を与える(第14章) |
印象派の後の3つの方向
| 方向 | 中心にあるもの |
|---|---|
| 構成の追求 | 画面の秩序を作り直す。自然を幾何学的な形に還元する |
| 点描 | 色を科学的に分解し、点で並べる。混色を目に委ねる |
| 象徴と内面 | 見えるものではなく、見えないものを描く。夢・神話・観念 |
| 装飾と平面 | 奥行きを捨て、色面と線で構成する。版画と工芸に接近する |
⚡ 共通するもの
- 印象派の「目に映るとおり」を、いずれも乗り越えようとしている。
- 絵画が、自然の再現から離れていく。
- この方向が、20世紀の抽象へつながる(第14章)。
- 📘 点描:色を混ぜずに小さな点で置き、離れて見たときに目の中で混ざることを狙う技法のこと。当時の色彩の学説に基づいている。
象徴主義
- 📘 象徴主義:見えるものの背後にある観念や心的な状態を、暗示によって表そうとする立場のこと。文学でも美術でも同じ語が使われる。
⚡ 美術における特徴
- 主題 — 神話・夢・死・宗教的な観念。
- 方法 — 説明せず、暗示する。
- 色と形 — 現実の色から離れる。装飾的な線。
- 文学との関係 — 詩人と画家が同じ集団に属し、同じ雑誌に寄稿した。
⚠️ 文学と美術の象徴主義の関係
- 同じ語だが、中身は完全には重ならない。
- 文学の象徴主義は、音と暗示による詩法の主張を含む(02・07の領域)。
- 美術の象徴主義は、主題の選択に重点がある。
- 交流は実際にあった。同じ雑誌、同じサロン(社交)、装丁と挿絵の仕事。
- したがって「共通の場があった」とは書けるが、「同じ主張だった」とは書けない(08の領域)。
ジャポニスム
- 📘 ジャポニスム:19世紀後半に、日本の版画と工芸がフランスの美術に与えた影響を指す語。
⚡ 何が取り入れられたか
- 大胆な構図。対象を画面の端で切る。
- 平面的な色面。陰影を用いない。
- 高い視点と俯瞰(ふかん)。
- 日常の主題を、装飾的に扱うこと。
- 版画そのものが収集され、画家の手元にあった。
⚠️ 影響を語るときの注意
- 収集の記録や、模写が残っている場合は、影響関係を言える(07・08の領域)。
- 似ているだけで断定しない。
- 「東洋」を一括りにする語り方そのものが、後に問い直される(08の領域のポストコロニアル批評)。
アール・ヌーヴォー
⚡ 特徴
- 曲線。植物の形に由来する。
- 建築・家具・食器・宝飾・ポスターまで、生活全体を覆う。
- 手仕事と工業の関係が主題になる。
- 鉄とガラスを装飾的に使う(第12章)。
- 都市の地下鉄の入口の設計が、この様式の代表として知られる。
⚡ なぜ短期間で終わったか
- 手仕事に依存し、高価だった。
- 1900年の万博で頂点に達し、その後急速に古びたとされる。
- 20世紀に入ると、直線と機能を重んじる方向が力を持つ。
- 様式の寿命が短いこと自体が、この時期の特徴にあたる。
ポスターと複製
⚡ なぜ重要か
- 多色石版画により、大判のポスターが安価に刷れるようになった。
- 街頭に貼られ、誰の目にも入る。
- 画家がポスターを手がけた。高級と大衆の区分が動く場所にあたる(08の領域)。
- 文学の側でも、装丁と挿絵に画家が関わった。
文学とのつながり
⚡ この時期の作品を読むときに要る背景
- 象徴主義 — 文学と美術で同じ語が使われ、実際の交流もあった。ただし主張は同じではない。
- 雑誌という場 — 小規模な文芸誌が、詩・美術・音楽を横断して扱った(08の領域)。
- 装飾と書物 — 本そのものを美術品として作る試みが現れる。書物の物質性への関心(07の領域の版の問題)。
- 総合芸術という考え方 — 複数の分野を統合するという発想が、この時期に広く語られた(第11章)。
⚠️ この時代で混同しやすい形
- 文学の象徴主義と美術の象徴主義を同じものと考える。同じ語だが中身は完全には重ならない。
- 点描を印象派の一部と考える。印象派の方法を科学的に組み替えた別の方向にあたる。
- アール・ヌーヴォーを長く続いた様式と考える。1900年前後の短い期間が中心である。
- ジャポニスムを影響関係として無条件に断定する。証拠がある場合とない場合を分ける。
雑誌と挿絵
⚡ 世紀末の図像の場
- 文芸雑誌に、詩と版画が同じ号に載る。
- 画家と詩人が同じ集団にいる。第19章の型4がそのまま当てはまる。
- 限定部数の豪華本が作られる。詩集に版画を添えた本。
- 装丁(そうてい)と活字の選択が作品の一部として扱われる。
⚡ 文学とのつながり
- 詩に基づく版画、版画に基づく詩が同じ場で作られた。
- どちらが先かが決めがたい場合がある。
- これは第19章の型1と型4が重なる例にあたる。
- 本そのものを分析の対象にできる。紙・活字・余白・図版の配置(07の領域)。
ポスターという形式
⚡ 19世紀末に広がった
- 石版(せきばん)の技術で、大きく色鮮やかな印刷が可能になった。
- 街頭に貼られる。展覧会や公演や商品の広告。
- 文字と図像が一体になった構成。
- 芸術家がポスターを手がけた。高い芸術と応用の芸術の境が動く。
⚠️ 境界が動くことに注目する
- 応用の芸術(家具・装飾・広告)を低く見る序列が、この時期に問い直された。
- アール・ヌーヴォーは、その問い直しの運動にあたる。
- 文学でも、通俗小説と高級文学の境が問題になっている(08の領域の正典)。
- 同じ時期に、同じ種類の境界が動いている。
⚡ 第10章の通過チェック
- 印象派の後の4つの方向を言い、共通するものを言える
- 点描の原理を言える
- 美術の象徴主義の特徴を4つ言える
- 文学と美術の象徴主義の関係を、書けることと書けないことに分けて言える
- ジャポニスムで取り入れられたものを4つ言える
- アール・ヌーヴォーの特徴と、短期間で終わった理由を言える
- ポスターがなぜ重要かを3つ言える
次章へ
次章は19世紀の音楽である。オペラと歌曲、そして演奏会という場を扱う。
オペラは19世紀の最も大きな見世物だった。そして詩に曲を付ける歌曲が発達する。文学作品が音楽になるという関係が、この時期に量的に増える。