中世|第2章 中世 — ロマネスクとゴシック、写本装飾
この章の狙い
要点: 中世の芸術で押さえるのは2つである。建築の様式の転換と、写本という書物の形にあたる。
ロマネスクからゴシックへの転換で、壁が軽くなり、巨大な窓が可能になった。そして写本では、文字と絵が同じ頁にある。この2つが、中世の作品を読むときの前提になる。
年表
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 11〜12世紀 | ロマネスクの教会が各地に建てられる |
| 1140年代 | サン・ドニ修道院の内陣(ないじん)。ゴシックの出発点とされる |
| 1163年 | パリのノートル・ダム大聖堂の建設が始まる |
| 1194年以降 | シャルトル大聖堂が火災後に再建される |
| 13世紀 | ゴシックが各地に広がる。大聖堂の高さを競う |
| 1248年 | サント・シャペルが完成。壁がほぼ全面ステンドグラス |
| 13世紀 | 写本の生産がパリの工房に集中する |
| 14〜15世紀 | 時祷書(じとうしょ)の装飾が精緻になる |
| 15世紀初頭 | 『ベリー公のいとも豪華なる時祷書』が制作される |
| 15世紀半ば | 印刷術が入り、写本の時代が終わりに向かう |
ロマネスクとゴシック
| ロマネスク | ゴシック | |
|---|---|---|
| 時期 | 11〜12世紀 | 12世紀半ば以降 |
| アーチ | 半円 | 尖頭(せんとう) |
| 天井 | 筒形または交差の穹窿(きゅうりゅう) | 交差リブの穹窿 |
| 壁 | 厚い。窓が小さい | 薄くできる。窓が大きい |
| 支え | 壁そのもの | 飛び梁(とびばり)が外から支える |
| 内部 | 暗く、重い | 高く、明るい |
| 装飾 | 柱頭(ちゅうとう)の彫刻が豊か | ステンドグラスが中心 |
← 横に動かして読めます →
⚡ 技術と意味は結びついている
- 尖頭アーチは、半円より上に力を逃がせる。したがって高くできる。
- 交差リブが荷重を柱に集める。壁が構造から解放される。
- 飛び梁が外から支える。壁をさらに薄くできる。
- 結果として、壁の代わりに光が入る。光そのものが神学的な意味を与えられた。
- 📘 ステンドグラス:色ガラスを鉛でつなぎ、窓にはめた装飾のこと。文字を読めない人にも聖書の物語を伝える働きを持ったと説明されてきた。
⚠️ 「ゴシック」という語
- もとは否定的な意味だった。ルネサンス期に、野蛮な様式として名付けられた(第3章)。
- 19世紀に再評価される。ロマン主義がこの様式に価値を見出した(第7章)。
- したがって「ゴシック」という語の使われ方自体が、時代によって変わる(08の領域)。
大聖堂という事業
⚡ 押さえておくこと
- 数十年から百年以上かかる。したがって同じ建物の中に複数の様式が混在する。
- 都市の事業だった。司教と市民が資金を出し、規模を競った。
- 石工の職能集団が各地を移動し、技術が広まった。
- 19世紀に大規模な修復が行われた。現在見えている姿は、その修復を経ている(第12章)。
⚠️ 修復の問題
- 19世紀の修復は、「本来あるべき姿」に戻すという方針で行われた。
- したがって、当時なかった部分が加えられている場合がある。
- 写真に写っている姿を、そのまま中世のものとして扱わない。
写本と装飾
- 📘 写本:手で書き写された書物のこと。羊皮紙(ようひし)に書かれ、装飾が施された。
- 📘 時祷書:定められた時刻に唱える祈りを集めた個人用の書物のこと。14〜15世紀に、貴族の注文で豪華なものが多数作られた。
⚡ 中世の書物の形
- 文字と絵が同じ頁にある。挿絵は本文の一部として機能する。
- 余白に注釈と装飾がある。読むとは、本文と注と絵を同時に見ることだった(04の領域)。
- 頭文字が大きく装飾される。その中に場面が描かれることもある。
- 1冊ずつ違う。同じ作品でも、写本ごとに絵の内容と配置が違う。
⚡ 『ベリー公のいとも豪華なる時祷書』
- 15世紀初頭の制作。月ごとの労働と暦を描いた頁がよく知られている。
- 農村の労働、城館、貴族の生活が、細密に描かれている。
- 当時の暮らしを知る材料としても使われるが、注文主の理想化が入っていることに注意する(03の領域)。
制度と条件
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 注文主 | 教会と修道院、王と大貴族、都市 |
| 作り手 | 職能集団。多くは名を残さない |
| 材料 | 石・ガラス・羊皮紙・顔料。いずれも高価 |
| 見られる場所 | 教会の中。写本は個人の手元 |
| 主題 | ほぼすべてが宗教。世俗の主題は余白と装飾に現れる |
文学とのつながり
⚡ 中世の作品を読むときに要る背景
- 写本の複数性 — 『ロランの歌』のように、写本ごとに本文が違う(07の領域)。装飾も写本ごとに違う。
- 寓意(ぐうい) — 抽象的な観念を人物として描く技法が、彫刻・ステンドグラス・文学に共通して使われる(04の領域)。
- 余白の文化 — 本文と関係のない図像が余白に描かれる。笑いと逸脱の場として論じられてきた。
- 建築と文学の対応 — 大聖堂の構成と、長編の物語の構成を対比する議論が19世紀以降に行われた。ただし比喩であって、証明された関係ではない。
⚠️ この時代で混同しやすい形
- ロマネスクとゴシックの時期を取り違える。ロマネスクが11〜12世紀、ゴシックが12世紀半ば以降にあたる。
- 尖頭アーチを装飾と考える。構造上の意味があり、より高くできる。
- 「ゴシック」を当時の呼び名と考える。後の時代に、否定的な意味で付けられた名である。
- 現在見える大聖堂を、そのまま中世の姿と考える。19世紀の修復を経ている。
ロマネスクとゴシックを見分ける
建物の前に立ったとき、まず見るところを決めておく。
| 見るところ | ロマネスク | ゴシック |
|---|---|---|
| 窓 | 小さい。壁が厚い | 大きい。壁の面積が減る |
| 天井の形 | 丸みのある半円 | 先の尖った形 |
| 外の支え | ほとんどない | 外側から支える構造がある |
| 内部の明るさ | 暗い | 明るい。色ガラスの光が入る |
| 高さ | 低め | 上へ伸びる |
← 横に動かして読めます →
⚡ なぜ違いが生まれたか
- 重さをどこで受けるかが変わった。
- ロマネスクは壁全体で屋根の重さを受ける。だから壁を厚くし、窓を小さくするしかない。
- ゴシックは重さを柱と外の支えに集める。壁が重さを受けなくてよいので、窓を大きくできる。
- 色ガラスの窓は、その結果として可能になった。装飾のためだけではない。
⚠️ 「ゴシック」という語の由来
- もとは否定的な呼び名だった。16世紀以降、古代の建築を規範とする立場から、野蛮なものを指す語として使われた。
- 19世紀に評価が逆転する。中世への関心が高まり、修復と復興が進んだ(第12章)。
- したがって「ゴシック」は、当時の人が名乗った語ではない(第1章)。
写本という形
- 📘 写本(しゃほん):手で書き写して作られた本のこと。印刷が普及する前の書物はすべてこの形にあたる。
⚡ 作られ方
- 獣(けもの)の皮を加工した紙に書く。高価で、手間がかかる。
- 文字を書く人と、絵を描く人が別であることが多い。
- 金や高価な顔料が使われる。装飾された写本は、それ自体が財産にあたる。
- 注文して作らせるものであり、誰が注文したかが分かる場合が多い。
⚡ 文学研究にとっての意味
- 同じ作品でも、写本ごとに本文が違う(10・07の領域)。
- 挿絵が、当時どう読まれていたかを示す。どの場面が絵になったかが手がかりになる。
- 余白の書き込みが、読者の反応の記録として残っている場合がある。
- したがって写本は、受容史の一次資料にあたる(08の領域)。
⚡ 第2章の通過チェック
- ロマネスクとゴシックの違いを、7つの面から言える
- 尖頭アーチ・交差リブ・飛び梁が、それぞれ何を可能にしたかを言える
- 「ゴシック」という語の由来と、19世紀の再評価を言える
- 大聖堂の事業の特徴を4つ言える
- 写本の書物としての形の特徴を4つ言える
- 時祷書とは何かを言える
- 中世の作品を読むときに要る背景を4つ言える
次章へ
次章は16世紀である。イタリアからの流入が、建築と美術を変える。
ロワールの城館、フォンテーヌブローの装飾、遠近法と人体の表現。そして建築と美術の理論書が翻訳され、「規則に従って作る」という考え方が入ってくる。それが17世紀の古典主義を準備する。