19世紀|第7章 19世紀前半 — ロマン主義の絵画
この章の狙い
要点: 新古典主義の厳格さに対して、動きと色彩と激情が前に出る。
そして決定的なのは、同時代の事件を大画面で描くという試みである。歴史画の主題が、古代から現在へ移る。この転換が、次章の写実主義への道を開く。
年表
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1800年代 | 新古典主義が公式の様式として続く(第6章) |
| 1819年 | ジェリコーが同時代の海難事故を大画面で描く |
| 1824年 | サロンで、色彩を重んじる絵画が注目される |
| 1827年 | 文学でロマン主義の主張が示される(02の領域) |
| 1830年 | ドラクロワが七月革命を主題にした作品を発表(03の領域) |
| 1830年代 | バルビゾンの村に画家が集まり、戸外で風景を描く |
| 1830年代〜 | 中世とゴシックの再評価が進む(第2章・第12章) |
| 1840年代 | 風景画の地位が上がる |
| 1848年 | 二月革命。主題がさらに現在へ向かう(第8章) |
何が変わったか
| 新古典主義 | ロマン主義 | |
|---|---|---|
| 主題 | 古代・美徳・犠牲 | 同時代の事件・異国・情念 |
| 素描と色彩 | 素描が優位 | 色彩が優位(第4章の論争の反復) |
| 構図 | 水平と垂直・左右対称 | 対角線・不安定・渦(うず) |
| 筆致 | 滑らかで、筆の跡を消す | 筆の跡を残す |
| 感情 | 抑制 | 表出 |
| 光 | 均等 | 強い明暗の対比 |
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⚡ 色彩と素描の論争の反復
- 17世紀のアカデミーで起きた論争(第4章)が、19世紀に別の形で繰り返される。
- 素描を重んじる側が新古典主義の系譜、色彩を重んじる側がロマン主義の系譜とされた。
- ただしこの整理は単純化にあたる。双方の画家が、互いの要素を取り入れている。
- 「対立する2人の画家」という図式は、後の時代が作った枠組みである(08の領域)。
同時代を描く
⚡ 1819年の作品が持った意味
- 実際に起きた海難事故を主題にした。
- 大画面。歴史画の形式で、同時代の出来事を描いた。
- 英雄ではなく、遭難者を描いた。主題の序列(第4章)が揺らぐ。
- 政治的な含みを持った。当局の責任が問われていた事件にあたる(03の領域)。
⚡ 1830年の作品
- 七月革命を主題にした(03の領域)。
- 寓意(ぐうい)の人物と、実在の階層の人物が同じ画面にいる。
- 理想化された像と、現実の描写が混在する。
- この混在が、後に写実主義から批判される(第8章)。
⚠️ 政治的な読み方に注意
- 絵が特定の立場を主張しているかは、慎重に判断する。
- 注文の事情、発表の場、当時の批評を確かめる(07の領域)。
- 現在の政治的な読み方を、そのまま当時に投影しない。
風景と戸外
⚡ 風景画の地位が上がる
- アカデミーの序列では下位だった(第4章)。
- 19世紀前半に、風景画を専門とする画家が増える。
- バルビゾンの村に画家が集まり、森と農村を描いた。
- 戸外で下絵を描くようになる。現場の光を写すという発想が生まれる。
- これが印象派の前提になる(第9章)。
- 📘 戸外制作:屋外で直接描くこと。19世紀前半に絵具の携行が容易になったことが、これを可能にした。
⚡ 技術の条件
- 金属の筒に入った絵具が普及し、屋外へ持ち出せるようになった。
- これがなければ、戸外制作は難しい。
- 技術の条件が様式を可能にするという例にあたる(第5章の劇場と同じ構図)。
中世の再評価
⚡ 何が起きたか
- ゴシックが、野蛮な様式から、フランス固有の様式へと評価が変わる(第2章)。
- 文学の側でも中世が主題になる(02の領域)。
- 修復の事業が始まる。大聖堂が大規模に手を入れられる(第12章)。
- 国民の過去という観念と結びついている(03の領域)。
⚠️ 再評価の政治性
- 中世を評価することは、革命が否定した過去を評価することでもある。
- したがって政治的な立場と結びつきやすい。
- 一方、共和派の側からも中世が評価された例がある。単純な図式にしない。
制度と条件
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 場 | サロンが中心。入選が経歴を左右する |
| 注文主 | 国家・教会に加え、市民の購入者が増える |
| 批評 | 新聞と雑誌で書かれ、広く読まれる(03の領域) |
| 複製 | 石版画(せきばんが)が普及し、図像が安価に広まる |
| 対立 | アカデミーの規範と、それを外れる作品の緊張が続く |
文学とのつながり
⚡ この時期の作品を読むときに要る背景
- 同時代を描くという転換 — 絵画で起きたことは、小説でも起きている。現在を主題にする(02の領域)。
- 色彩と動き — ロマン主義の文学が古典主義の規則を破ったのと、同じ構図が絵画にもある(02の領域)。
- 批評の場 — 作家が美術批評も書いた。ボードレールがサロン評を書いている(第8章・第9章)。
- 石版画と挿絵 — 新聞と書物に図像が入る。風刺画が政治的な力を持つ(03の領域)。
⚠️ この時代で混同しやすい形
- ロマン主義と新古典主義を、時期が完全に分かれると考える。同時期に併存している。
- 「素描の画家」と「色彩の画家」の対立を、単純な二分と考える。双方が互いの要素を取り入れている。
- 戸外制作を印象派の発明と考える。19世紀前半に始まっている。
- 中世の再評価を、保守的な立場だけのものと考える。共和派の側からも評価された。
主題をどこから取るか
⚡ ロマン主義の絵画が選んだ主題
- 同時代の事件。戦争、遭難、政治的な出来事。歴史画の序列を、現在の出来事で満たす。
- 文学作品。詩と小説と戯曲から場面を取る。
- 異国。北アフリカと中東への旅行に基づく主題。
- 極端な感情の場面。恐怖、狂気、絶望。
⚡ 文学との直接の関係
- 同時代の文学から主題を取っている。第19章の型1が、そのまま当てはまる。
- どの場面が選ばれたかが、当時の読まれ方を示す(08の領域の受容)。
- 作家と画家が交友していた例が多い。書簡が資料になる。
- 挿絵の仕事を通じて、両者が直接つながる。
サロンでの論争
⚡ 何が争われたか
- 線か色か。輪郭の明確さを重んじる立場と、色彩と筆致を重んじる立場が対立した。
- 古代の規範に従うか、現在の感情を描くか。
- 仕上げの度合い。筆の跡を残すことが、未完成と見なされた。
- この対立は、文学の古典と革新の対立と同時期に起きている(02の領域)。
⚠️ 「対立」を単純化しない
- 同じ画家が、両方の性質を持つ場合がある。
- 論争は批評家が作った面がある。対立の図式そのものが、批評の産物にあたる(08の領域)。
- 後から書かれた美術史が、その図式を引き継いでいる場合が多い。
⚡ 第7章の通過チェック
- 新古典主義とロマン主義を6つの面から対比できる
- 色彩と素描の論争が17世紀の反復であることを説明できる
- 1819年の作品が持った意味を4つ言える
- 風景画の地位が上がった経緯を言える
- 戸外制作を可能にした技術の条件を言える
- 中世の再評価が何と結びついていたかを言える
- 絵画と文学で同じ転換が起きたことを説明できる
次章へ
次章は写実主義である。主題の序列が、正面から崩される。
農民、労働、葬儀、日常。それまで歴史画の大画面にふさわしくないとされた主題が、歴史画の大きさで描かれる。これが制度への挑戦になり、同時期の小説と同じ問題を扱っている。