19世紀|第13章 写真の発明 — 表象の条件が変わる
この章の狙い
要点: 目に見えたものを、機械が記録する。
そのとき絵画は何をする分野になるのか。そして肖像・都市の記録・報道が、写真という形で作られていく。文学における描写の意味も、これによって問い直される。
年表
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1839年 | 写真の技術が公表される。国家が買い上げ、公開した |
| 1840年代 | 肖像写真が広まる。画家の一部が転業する |
| 1850年代 | 紙に焼く技法が普及し、複製できるようになる |
| 1850年代 | 歴史的建造物の記録が国家の事業として行われる(第12章) |
| 1859年 | サロンに写真の部門が置かれる。同年、写真を論じた批評が書かれる |
| 1860年代 | 文学者の肖像写真が撮られ、広く流通する |
| 1870〜80年代 | 動きの連続撮影が行われる |
| 1880年代 | 新聞に写真が印刷できるようになる |
| 1890年代 | 携帯できるカメラが広まる |
| 1895年 | 映画の公開上映(第17章) |
何が変わったか
⚡ 写真が引き受けたもの
- 記録。建造物・出来事・人物の姿を残す。
- 肖像。安価で、短時間で、似ている。
- 証拠。そこにあったことの証明として扱われるようになる。
- 複製。同じ像が多数作れる。
⚡ 絵画に起きたこと
- 記録の役割が薄れたという説明がよくなされる。
- したがって絵画は、写真にできないことへ向かったとされる。色彩・筆致・構成・内面。
- ただしこの説明は単純化にあたる。絵画の変化には、制度と市場の要因も大きい(第9章)。
- 「写真が絵画を変えた」と断定せず、「そう説明されてきた」と書く(08の領域)。
写真をめぐる論争
| 立場 | 主張 |
|---|---|
| 芸術ではない | 機械が作るものであり、精神の働きがない |
| 芸術になりうる | 選択と構成があり、そこに作者の判断が働く |
| 芸術の召使い | 記録と資料の役割に徹するべきだ |
⚡ 1859年の批評
- ボードレールが写真を論じた文章が知られている。
- 写真が芸術の位置を奪うことへの強い警戒を示している。
- 同時に、記録としての有用性は認めている。
- この文章は、当時の芸術観を知る資料として読まれる(07の領域)。
⚠️ 後知恵で評価しない
- 現在の写真の地位から、当時の批判を「時代遅れ」と見ない。
- 何が争点だったのかを記述する(08の領域)。
- 芸術とは何かという問いが、新しい技術によって作り直されたという点が重要にあたる。
肖像と流通
⚡ 文学者の肖像写真
- 作家の顔が、写真によって広く知られるようになった。
- 名刺判の写真が安価に作られ、収集された。
- 作家の像が視覚的に流通するという事態は、これが最初にあたる。
- 作品を読む前に顔を知っているという関係が生まれる。
⚡ 分析に使えること
- 作家の自己演出。どんな姿勢で、何を持って撮られているか。
- 書物の口絵(くちえ)に肖像が入る。読者の受け取り方に影響する(08の領域の受容)。
- 作家という存在が「見えるもの」になったことの意味。
都市と記録
⚡ 消えるものを撮る
- パリ大改造の前に、古い街区が撮影された(第12章)。
- 歴史的建造物の記録が国家の事業として行われた。
- したがって写真は、変化を記録する手段として使われた。
- 「失われたもの」を見せるという働きが、文学の喪失の主題と重なる(第12章)。
動きの分解
⚡ 連続撮影
- 走る馬や歩く人の動きを、連続した写真で分解した。
- 肉眼では見えない姿勢が明らかになった。
- 絵画における動きの描き方に影響したと論じられる。
- そして、この技術が映画につながる(第17章)。
文学とのつながり
⚡ この時期の作品を読むときに要る背景
- 描写の意味 — 写真が記録を引き受けたとき、言葉による描写は何をするのかという問いが立つ。
- 証拠という観念 — 写真が証拠として扱われることは、真実と表象の関係を変える(08の領域)。
- 記憶と像 — 写真が記憶の代わりになるという主題が、20世紀の文学に現れる(10の領域)。
- 作家の肖像 — 作品の外側にある作家の像が、読み方に影響する(08の領域)。
- アルバムと蒐集(しゅうしゅう) — 写真を集めて並べるという行為が、記述の形式としても現れる。
⚠️ この時代で混同しやすい形
- 写真の発明を20世紀のことと考える。1839年に技術が公表されている。
- 「写真が絵画を変えた」を確定した事実と考える。そう説明されてきたが、制度と市場の要因も大きい。
- 当時の写真批判を、単なる時代遅れと考える。芸術とは何かという問いが作り直された過程にあたる。
- 初期の写真を複製できたと考える。紙に焼く技法が普及するまで、複製は容易でなかった。
肖像写真の普及
⚡ 19世紀半ばに何が起きたか
- 写真の館(やかた)が各地にでき、肖像写真が商品になる。
- 名刺の大きさの肖像が大量に作られ、交換された。
- それまで肖像画を持てなかった層が、自分の像を持つようになる。
- 有名人の肖像が売られ、収集された。
⚡ 文学研究にとっての使い道
- 作家の肖像写真が残っている。どういう姿勢で、どういう装いで写ったか。
- 作家の像が、どう作られ、どう流通したかを追える(08の領域)。
- 作家の書斎や住居の写真が資料になる。
- 文学作品の中の写真の場面が、この時期から現れる(第19章の型2)。
絵画との論争
⚡ 何が争われたか
- 写真は芸術か、記録の道具か。
- 機械が作るものに、作者の表現があるかという問い。
- 肖像画と風景画の需要が、写真に取られたという現実の問題があった。
- 画家が写真を下絵に使うことも同時に行われていた。
⚠️ 単純な対立にしない
- 写真を使った画家と、写真を否定した画家が同時にいる。
- 写真の側にも、絵画に近づけようとする流れがあった。
- 「写真が絵画を自由にした」という説明は、後から作られた図式にあたる(第9章)。
- 同時代の記録で確かめる。批評文と書簡が資料になる(07の領域)。
⚡ 第13章の通過チェック
- 写真が引き受けた4つの役割を言える
- 「写真が絵画を変えた」という説明の扱い方を言える
- 写真をめぐる3つの立場を言える
- 1859年の批評の内容と、資料としての価値を言える
- 文学者の肖像写真がもたらした変化を言える
- 写真が都市の記録に使われたことと、文学の主題との重なりを言える
- 連続撮影が何を明らかにし、何につながったかを言える
次章へ
次章から20世紀に入る。まず初頭の前衛である。
色が対象から離れ、形が視点から離れる。わずか10年ほどのあいだに、絵画が自然の再現から大きく離れた。そしてその動きに、詩人が批評家として関わっている。