19世紀|第11章 19世紀の音楽 — オペラと歌曲
この章の狙い
要点: オペラは19世紀の最も大きな見世物だった。
そして詩に曲を付ける歌曲が発達する。文学作品が音楽になるという関係が、この時期に量的に増える。作品に音楽が出てきたとき、それが何を指すのかを押さえるのがこの章の目的にあたる。
年表
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1820〜30年代 | 大規模なオペラが流行する。豪華な装置と群衆の場面 |
| 1830年 | ベルリオーズが標題を持つ交響曲を発表 |
| 1830年代〜 | オペラ・コミックが並行して人気を保つ |
| 1850年代 | オペレッタが生まれ、都市の娯楽になる |
| 1860年代 | ワーグナーの受容をめぐる論争が起きる |
| 1870年代 | 普仏戦争の後、フランスの器楽(きがく)を育てる動きが強まる(03の領域) |
| 1875年 | 『カルメン』の初演。当初は評価が割れた |
| 1870〜80年代 | 歌曲が芸術的な地位を得る |
| 1875年 | オペラ座の新しい建物が完成する(第12章) |
| 1890年代 | 象徴主義の詩に基づく作品が現れる(第10章・第16章) |
オペラという制度
⚡ なぜ最大の見世物だったか
- 巨額の費用がかかる。装置・衣裳・合唱・バレエ・オーケストラ。
- 国家の補助を受けた劇場が中心にあった(03の領域)。
- 社交の場でもある。桟敷(さじき)席が身分と富を示す。
- 初演は事件になる。新聞が扱い、論争が起きる。
- バレエの場面が挿入されるという慣習があった。上演の時刻に遅れて来る観客のためだったとも説明される。
| 種類 | 特徴 |
|---|---|
| 大規模なオペラ | 5幕、歴史的な主題、群衆の場面、バレエ |
| オペラ・コミック | 台詞(せりふ)を含む。歌だけでつながない |
| オペレッタ | 軽く、風刺を含む。都市の娯楽として広まった |
| 抒情劇 | 19世紀後半に、詩的な主題を扱う形として現れる |
⚠️ 「オペラ・コミック」は喜劇の意味ではない
- 台詞を含む形式を指す語である。
- 悲劇的な結末を持つ作品も、この形式で書かれた。
- 『カルメン』もこの形式で初演されている。
ワーグナーをめぐる論争
⚡ 何が争点だったか
- 総合芸術という主張。音楽・詩・演劇・美術を統合するという構想。
- 旋律の連続。明確な曲の区切りを減らす。
- 主題の反復。人物や観念に結びついた短い音型を繰り返す。
- フランス側では、賛否が激しく分かれた。
- 普仏戦争の後は、政治的な色も帯びた(03の領域)。
⚡ 文学への影響
- 象徴主義の詩人が、この構想に強い関心を示した(02・第10章)。
- 雑誌が特集を組み、詩人が論を書いた。
- 「音楽の状態に近づく芸術」という考え方が、詩の理論に影響したと論じられる。
- ただし影響の中身は論争がある。断定しない(08の領域)。
歌曲
- 📘 歌曲:詩に曲を付け、歌とピアノで演奏する形式のこと。19世紀後半に、芸術的な地位を得た。
⚡ 文学との関係が最も直接的
- 同時代の詩人の作品が、そのまま歌詞になる。
- 同じ詩に、複数の作曲家が曲を付けることがある。
- したがって、詩の読み方の比較ができる。どの語を伸ばし、どこで区切るか。
- 07の領域の詩法と直結する。音節・韻・切れ目が、曲の付け方に現れる。
⚡ レポートの切り口になる
- 同じ詩の複数の作曲を比べる。
- 詩の韻律と、曲のリズムの対応を見る(07の領域)。
- 作曲家が語を変えたり、繰り返したりしている箇所を探す。
- これは間テクスト性の分析の一種にあたる(08の領域)。
演奏会という場
⚡ 19世紀に定着したもの
- 公開の演奏会。入場料を払って聴く。
- 演目の固定化。過去の作曲家の作品が繰り返し演奏されるようになる。
- 聴衆の作法。静かに聴くという規範が定着していく。
- 批評。新聞に演奏会評が載る(03の領域)。
- 器楽の地位 — フランスでは、19世紀後半に器楽を育てる動きが強まった。
⚠️ 「クラシック音楽」という枠
- 過去の作品を繰り返し演奏するという習慣は、19世紀に定着したものである。
- それ以前は、新作を聴くのが普通だった。
- したがって「名曲」という観念も、この時期の産物にあたる(08の領域の正典)。
制度と条件
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 場 | 国家の補助を受けた劇場、私営の劇場、演奏会場、私邸 |
| 収入 | 入場料・楽譜の出版・教授(きょうじゅ) |
| 出版 | 楽譜が売れる。家庭でピアノを弾く層が広がった |
| 批評 | 新聞と専門誌 |
| 教育 | 国立の音楽学校が演奏家と作曲家を育てる |
⚡ 家庭のピアノ
- 19世紀に、市民の家庭にピアノが普及する。
- オペラの旋律をピアノ用に編曲した楽譜がよく売れた。
- 小説に出てくるピアノの場面は、この背景の上にある。
- 娘の教養としてのピアノという主題は、当時の小説で繰り返される(02・08の領域)。
文学とのつながり
⚡ 作品に音楽が出てきたら
- どの形式か。オペラか、オペレッタか、演奏会か、家庭のピアノか。
- どこで聴いているか。劇場の桟敷か、平土間か、私邸か。場所が階層を示す。
- 何を聴いているか。新作か、繰り返し演奏される曲か。
- 誰が演奏しているか。職業の演奏家か、家庭の娘か。
- この4つを確かめるだけで、その場面の社会的な意味が取れる(03・08の領域)。
⚠️ この時代で混同しやすい形
- オペラ・コミックを喜劇と考える。台詞を含む形式を指す語である。
- 歌曲を、単に詩に曲を付けたものと考える。19世紀後半に芸術的な地位を得た独立の形式にあたる。
- 「クラシック音楽」を昔からある枠と考える。過去の作品を繰り返し演奏する習慣は19世紀に定着した。
- ワーグナーの影響を、断定的に書く。論争があり、影響の中身は一致していない。
詩に曲を付ける
⚡ 19世紀の歌曲
- 同時代の詩人の詩に、曲が付けられた。
- 同じ詩に、複数の作曲家が別々の曲を付けている場合がある。
- ピアノと声という編成。家庭と小さな会場で演奏される。
- 詩の一行ごとに、音楽がどう反応しているかを見ることができる。
⚡ 文学研究にとっての使い道
- 同じ詩の複数の曲を比べる。どの語が強調され、どの語が流されているか。
- これは翻案の分析と同じ手順にあたる(第19章・07の領域)。
- 詩の反復と、音楽の反復が一致するかを見る。
- 作曲家が詩の一部を省略している場合がある。何を削ったかが論点になる。
音楽が聴かれた場所
⚡ どこで聴かれたか
- 歌劇場。社交の場でもある(第5章の劇場と同じ構造)。
- 演奏会の会場。器楽の作品を聴くための場が19世紀に整う。
- 私邸のサロン。少人数の前で演奏される。
- 教会。宗教曲の演奏の場。
⚠️ 文学作品の中の音楽の場面
- どの場が舞台かで、意味が変わる(第19章の型3)。
- 歌劇場の場面は、しばしば社交と階層の描写にあたる。
- サロンの場面は、親密さと閉じた集団を示す。
- したがって、まず場所を特定する。曲名より先に場所を見る。
⚡ 第11章の通過チェック
- オペラが最大の見世物だった理由を5つ言える
- オペラの4つの種類を言える
- オペラ・コミックが喜劇の意味でない理由を言える
- ワーグナーをめぐる争点を4つ言える
- 歌曲が文学と最も直接的に結びつく理由を言える
- 演奏会という場で19世紀に定着したものを4つ言える
- 作品に音楽が出てきたときに確かめる4つを言える
次章へ
次章は建築と都市である。パリという都市そのものが、19世紀に作り直される。
鉄とガラスという新しい材料、大通りと上下水道、万国博覧会の建造物。そして都市の改造が、文学の主題そのものになる。同じ通りを、小説と詩と絵画が扱っている。