20世紀|第17章 映画 — 発明から作家主義まで
この章の狙い
要点: フランスで公開上映が始まり、映画は20世紀の最も大きな表現の形になる。
発明から、詩的な写実、そして作家主義まで。そして批評が運動を作ったという点で、映画は文学の場と同じ構造を持っている(08の領域)。小説の映画化をどう分析するかも扱う。
年表
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1895年 | パリで公開上映が行われる |
| 1900年代 | 物語を語る映画が作られる。特殊な撮影と編集の技法が発明される |
| 1910年代 | 連続活劇が人気を得る |
| 1920年代 | 前衛的な映画が作られる。シュルレアリスムの映画も(第15章) |
| 1929年〜 | 音声が付く。表現の条件が根本から変わる |
| 1930年代 | 詩的な写実主義と呼ばれる作品群 |
| 1940〜1944年 | 占領下でも製作が続く(03の領域) |
| 1951年 | 映画批評の雑誌が創刊される |
| 1954年 | 作家主義の主張が発表される |
| 1959年〜 | ヌーヴェル・ヴァーグ。批評家が監督になる |
| 1960年代以降 | 映画研究が学問として制度化していく |
⚠️ この章では場面の記述にとどめる
- 20世紀の映画は著作権が存続している。画像は載せず、作品名と年を示す。
発明から物語へ
⚡ 最初の10年
- 1895年の公開上映が、映画史の出発点として扱われる。
- 当初は、現実の光景を撮ったごく短い作品が中心だった。
- やがて物語を語る作品が作られる。舞台の記録ではなく、映画固有の語り方が探られる。
- 編集・場面転換・特殊な撮影といった技法が発明される。
- 無声だが、上演には音楽が伴った。「無音」ではない。
映画固有の要素
文学の道具をそのまま持ち込まない(08の領域)。映画には別の要素がある。
| 要素 | 内容 |
|---|---|
| 画面の大きさ | 遠景か、上半身か、顔の一部か |
| カメラの位置と動き | 高さ・角度・移動 |
| 編集 | どの順序で、どの長さでつなぐか |
| 音 | 台詞・音楽・環境音・画面に映っていない音 |
| 時間 | 撮影の時間・物語の時間・上映の時間 |
| 色と光 | 白黒か色か、照明の方向 |
⚡ 語りの分析との対応
- カメラの位置は、焦点化に対応する部分がある(08の領域)。
- 編集は、語りの順序と速さに対応する。
- 画面外の音は、文学にない要素にあたる。
- したがって「移せる部分と移せない部分」を先に述べる(08の領域)。
詩的な写実主義
⚡ 1930年代の作品群
- 都市の下層の人々を主題にする。
- 霧・港・夜・街灯といった視覚の型。
- 運命に追い詰められる筋。しばしば悲劇的な結末。
- 台詞に詩人が関わった。文学者が脚本と台詞を書いている。
- 後から与えられた呼び名であり、統一した運動ではない(第1章)。
⚡ 文学との関係
- 小説の映画化が多い。
- 詩人が台詞を書くことで、映画の言葉が文学に近づく。
- 同時代の社会状況が背景にある(03の領域の1930年代)。
批評が運動を作る
⚡ 1950年代
- 映画批評の雑誌が創刊され、若い批評家が集まった。
- 1954年に、監督を作品の作者とみなす主張が発表された。
- 監督の一貫した主題と様式を、複数の作品を通して見るという読み方にあたる。
- これは文学の作家研究と同じ構図にあたる(08の領域)。
⚡ 1959年以降
- 批評家たちが自ら監督になった。
- 軽い機材、街頭での撮影、少ない予算。
- 編集の規則をあえて破る。
- 映画についての映画。引用と言及が多い(08の領域の間テクスト性)。
⚠️ 作家主義への批判
- 映画は共同作業であり、監督だけを作者とするのは一面的だという批判がある。
- 脚本・撮影・編集・俳優・製作の役割が見えなくなる。
- 文学における作者の位置をめぐる議論と、同じ構図にあたる(08の領域)。
小説の映画化を分析する
⚡ 手順
- 1. 原作と映画の、対応する場面を選ぶ。
- 2. 何が保たれ、何が変えられたかを表にする(08の領域の翻案)。
- 3. 媒体の制約による変更と、解釈による変更を分ける。
- 4. 後者を論点にする。
- 5. 映画固有の要素で、原作の何が置き換えられているかを見る。内面の描写がどう処理されているか。
⚡ とくに見るところ
- 内面をどう見せているか。独白か、表情か、音楽か、省略か。
- 語り手をどう処理しているか。声による語りを使うか、使わないか。
- 時間の扱い。回想をどう示すか。
- 省略された筋。何が削られたか(08の領域)。
⚠️ 原作との優劣を論じない
- 「原作のほうが優れている」は分析ではない(08の領域)。
- どこがどう変わり、それが何をしているかを書く。
- 映画は原作の解釈の1つとして読める。批評として扱う。
制度と条件
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 製作 | 会社・独立の製作者・国家の支援制度 |
| 上映 | 映画館。のちにテレビと配信 |
| 批評 | 雑誌が運動を作った |
| 保存 | 映画資料館が作品を収集・保存する |
| 研究 | 20世紀後半に大学の学問として制度化 |
文学とのつながり
⚡ 押さえておくこと
- 多くの小説が映画化されている。翻案の分析はレポートの題材として扱いやすい(08の領域)。
- 文学者が脚本を書いた例が多い。その仕事も作家研究の対象になる。
- 映画を主題にした文学作品がある。
- 作家主義と作者の問題 — 誰を作者とするかという問いが、両分野で共通する(08の領域)。
- 批評が運動を作るという構図は、文学の同人誌と同じにあたる(08の領域の場)。
⚠️ この章で混同しやすい形
- 無声映画を「無音」と考える。上演には音楽が伴った。
- 「詩的な写実主義」を統一した運動と考える。後から与えられた呼び名にあたる。
- 作家主義を、当然の前提と考える。共同作業を見えなくするという批判がある。
- 映画の分析に、文学の道具をそのまま使う。移せる部分と移せない部分を先に述べる。
製作の条件
⚡ 映画を成り立たせているもの
- 費用が大きい。個人では作れない規模の作品が多い。
- 共同作業。監督・脚本・撮影・美術・編集・音響・俳優。
- 興行の見込みが、企画の段階で問題になる。
- 国家の支援制度が20世紀後半に整備される(第18章)。
⚠️ この条件が作品の形を決める
- 文学は1人で書けるが、映画はそうではない。
- したがって「作者」の問題が、文学とは違う形で現れる。
- 検閲も存在した。上演と同じく、事前の許可が必要な時期がある(第5章)。
- これらは第19章の型4で扱う材料にあたる。
映画を見る場
⚡ 上映の形が変わってきた
- 映画館。決まった時間に、大きな画面で、他人と一緒に見る。
- 上映会の集まりが20世紀半ばに広がる。旧作を見て議論する場。批評家がここから育った。
- テレビ。家庭で、途中で中断しながら見る。
- 配信。個人の端末で、いつでも、止めて、戻して見る。
⚡ 見る条件が分析に関わる
- 止めて見返せるかどうかで、できる分析が変わる。
- 場面の長さと編集の速さは、繰り返し見て初めて測れる。
- 一方で、劇場で一度だけ見る経験を前提に作られている作品がある。
- どの条件で見たかを、分析の前提として書く(07の領域)。
⚡ 第17章の通過チェック
- 映画の公開上映が始まった年と場所を言える
- 映画固有の要素を6つ言える
- 語りの分析と対応する部分、対応しない部分を言える
- 詩的な写実主義の視覚の型と、文学との関係を言える
- 作家主義の主張と、それへの批判を言える
- 小説の映画化を分析する5段階を言える
- 批評が運動を作るという構図の、文学との共通点を言える
次章へ
次章は20世紀後半である。抽象、美術館、そして文化政策を扱う。
芸術が国家の政策の対象になる。美術館が建てられ、文化への支出が制度になる。そして「誰が芸術を決めるのか」という問いが、正典の問題と重なる。