20世紀|第15章 ダダとシュルレアリスムの美術
この章の狙い
要点: 大戦の後、芸術の前提そのものが疑われる。
既製の品を作品として提示する。偶然に任せて描く。夢を材料にする。そしてシュルレアリスムは、詩の運動として始まり、美術を巻き込んだ。文学と美術の関係が最も密接な運動にあたる。
年表
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1914〜1918年 | 第一次世界大戦(03の領域)。価値の枠組みが揺らぐ |
| 1916年 | 中立国でダダが始まる |
| 1917年 | 既製品を作品として提示する試みが行われる |
| 1920年 | ダダがパリに入る。挑発的な催しが行われる |
| 1922年 | ダダの集団が分裂する |
| 1924年 | シュルレアリスムの宣言が発表される(02の領域) |
| 1925年 | 最初のシュルレアリスムの絵画展 |
| 1920年代後半 | 画家が次々に参加する。方法が多様化する |
| 1930年代 | 政治との関係をめぐって内部が分裂する(03・04の領域) |
| 1930年代 | 国際的な展覧会が開かれ、影響が広がる |
⚠️ この章では図版を示していない
- 20世紀の作品は著作権が存続しているものが多い(第1章)。作品名で確かめる。
ダダ
- 📘 ダダ:第一次大戦中に始まった、既存の芸術と価値の否定を掲げる運動のこと。名前自体に意味がないとされる。
⚡ 何をしたか
- 既製品を、そのまま作品として提示する。選ぶという行為だけが作者の関与になる。
- 偶然を用いる。紙を切って落とし、落ちたとおりに構成する。
- 挑発的な催し。朗読と騒音と観客との衝突。
- 宣言と機関誌。言葉による活動が大きな部分を占める。
⚡ 何を疑ったか
- 作者の技量。選ぶだけでも作品になるのか。
- 作品という枠。額縁の中にあるものだけが芸術なのか。
- 美という価値。美しくないものは芸術ではないのか。
- 戦争を起こした文明そのもの(03の領域)。
シュルレアリスム
⚡ 出発点は文学
- 1924年の宣言は、詩の運動として書かれた(02の領域)。
- 中心にあるのは自動記述。意識の統制を外して書く。
- 夢と偶然を、創作の材料として正面から扱う。
- 精神分析の枠組みが背景にある(04の領域)。ただし専門的な理解とは差がある。
⚡ 美術における方法
- 自動記述に対応する描き方。手の動きに任せる、こする、垂らす。
- 異質なものの出会い。関係のない事物を1つの画面に置く。
- 夢の情景を、写実的な技法で描く。手法は伝統的で、内容が非現実的という組み合わせ。
- 既存の図像の切り貼り。版画や図版を組み替える。
- オブジェ。物そのものを組み合わせて作品にする。
- 📘 自動記述:意識の統制を外し、浮かぶままに書く方法のこと。美術では、手の動きに任せる描き方として応用された。
⚠️ 2つの方向がある
- 抽象に向かう方向 — 手の動きと偶然の痕跡そのものを画面にする。
- 写実に向かう方向 — 緻密(ちみつ)な描写で、ありえない情景を描く。
- 正反対に見えるが、どちらも「意識の統制の外にあるもの」を目指している。
- したがって「シュルレアリスムの絵はこういうもの」と一括りにしない。
文学と美術の関係
⚡ この運動が特別な理由
- 同じ集団に、詩人と画家が属していた。
- 同じ機関誌に、詩と図版が載った。
- 宣言と理論を、詩人が書いた。
- 共同制作が行われた。複数人で1枚の絵や1つの文を作る遊び。
- したがって、影響関係を論じるための資料が豊富にある(07の領域)。
⚡ 分析に使えること
- 同じ集団の詩と絵を並べる。主題と方法の対応を見る。
- 機関誌の構成を見る。何が並べて置かれているか。
- 除名と分裂の記録。運動の内部の力関係が分かる(08の領域の場)。
- 写真の使い方。シュルレアリスムの書物は、写真を本文と組み合わせた(第13章)。
政治との関係
⚠️ 1930年代の分裂
- 革命的な政治運動との関係をめぐって、内部が割れた(03・04の領域)。
- 芸術の自律を主張する立場と、政治への従属を受け入れる立場。
- 除名と離脱が繰り返された。
- この経緯は記録が残っており、資料として使える。
- 芸術と政治の関係を論じる具体例として、レポートの題材になる。
制度と条件
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 場 | 画廊・機関誌・宣言・催し |
| 支持者 | 少数の画商と収集家。当初、公的な制度の外にあった |
| 広がり | 国際的な展覧会により、各国へ波及した |
| 受容 | 20世紀後半に正典になる。美術館に収蔵される(08の領域) |
| 商業 | 広告と装飾に、その図像が取り込まれていく |
文学とのつながり
⚡ この時期の作品を読むときに要る背景
- 自動記述 — 詩の方法として提唱され、美術に応用された。両方を同じ語で説明できる(02の領域)。
- 偶然 — 街で偶然出会うことを主題にした散文作品がある(10の領域)。写真を本文に組み込んだ書物でもある。
- 異質なものの出会い — 比喩の理論と結びつく(07の領域の修辞)。遠く離れた2つのものを結ぶほど強い像になるという主張がなされた。
- 宣言という形式 — 文学の側の形式が、美術の側にも共有された(第14章)。
⚠️ この章で混同しやすい形
- ダダとシュルレアリスムを同じものと考える。前者は否定が中心、後者は無意識の探求が中心にあたる。人的なつながりはある。
- シュルレアリスムを美術の運動と考える。詩の運動として始まり、美術を巻き込んだ。
- シュルレアリスムの絵を1つの様式と考える。抽象へ向かう方向と、写実的な描写で非現実を描く方向がある。
- 自動記述を「即興」と考える。意識の統制を外すという方法上の主張にあたる。
宣言と機関誌
⚡ 運動の運営の形
- 宣言を出す。何をするか、何に反対するかを文章で示す。
- 機関誌を出す。作品・批評・記録を載せる。
- 展覧会と催しを開く。
- 集まる場所がある。喫茶店と特定の住居。
⚡ 文学の集団とまったく同じ構造にあたる
- 宣言・雑誌・集会・除名。この4点は、文学の運動でも繰り返される(08の領域)。
- 誰が中心にいたかは、記録から追える。
- 中心にいた人物が、後から書いた回想は、自分に有利に整えられている場合がある。
- 同時代の資料と照らす(07の領域)。
集団の内部
⚡ 参加と離脱
- 加わる人と、離れる人がいる。
- 除名が行われた。方針の違いと、政治的な立場の違いによる。
- 政治との関係が、内部の対立の主な原因の1つにあたる(03・04の領域)。
- 後から「参加していた」とされる人が、実際には短期間だけ関わった場合がある。
⚠️ 運動の枠を作品に押し付けない
- 「この作家はシュルレアリスムだから、こう読む」は分析ではない(08の領域)。
- 運動に属していた時期と、作品の制作時期を確かめる。
- 同じ作家が、時期によって別の方法を取っている場合がある。
- 枠組みは出発点であって、結論ではない。
⚡ 第15章の通過チェック
- ダダが何をしたかを4つ言える
- ダダが疑ったものを4つ言える
- シュルレアリスムの出発点が文学であることを説明できる
- 美術における方法を5つ言える
- 2つの方向を言い、それでも共通するものを言える
- この運動で影響関係を論じやすい理由を4つ言える
- 1930年代の分裂の争点を言える
次章へ
次章は20世紀の音楽である。調性という枠組みが緩み、音そのものが問い直される。
印象主義と呼ばれる音楽から、前衛まで。そして詩と音楽の関係が、19世紀とは違う形になる。録音という技術が、音楽の聴かれ方を根本から変えたことも押さえる。