近世|第3章 16世紀 — イタリアからの流入と城館
この章の狙い
要点: 16世紀の芸術は、イタリアからの流入で大きく変わる。
遠近法、人体の表現、古代の建築の規則。これらが理論書と職人とともに入ってきた。そして「規則に従って作る」という考え方が定着し、17世紀の古典主義を準備する。
年表
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1494年〜 | イタリア戦争。軍事的には得るものが少なく、文化的な影響は大きい(03の領域) |
| 1515年 | フランソワ1世が即位 |
| 1516年 | レオナルド・ダ・ヴィンチがフランスへ招かれる(1519年に死去) |
| 1519年 | シャンボール城の建設が始まる |
| 1520年代〜 | ロワール地方に城館が建てられる |
| 1530年代 | フォンテーヌブロー城の装飾。イタリアの画家が招かれる |
| 1540年代 | 建築の理論書がフランス語に訳される |
| 1546年 | ルーヴル宮の改築が始まる |
| 16世紀後半 | 宗教戦争により、建設と制作が停滞する(03の領域) |
何が入ってきたか
⚡ 4つの流入
- 遠近法 — 一点に消失する線遠近法。画面の中に奥行きの秩序を作る。
- 人体の表現 — 古代彫刻に学んだ比例と姿勢。
- 古代の建築の規則 — 柱の様式(オーダー)、左右対称、比例。
- 理論書 — 建築と絵画の規則を言葉で書いた書物。フランス語訳が出て、規則が共有される。
- 📘 オーダー:古代の建築における柱と梁(はり)の組み合わせの様式のこと。ドリス・イオニア・コリントなどの種類があり、それぞれに比例の決まりがある。
⚡ 理論書が入ることの意味
- 作り方が、職人の経験から、書かれた規則へ移る。
- 規則があれば、正しさを議論できる。批評の言葉が生まれる素地にあたる。
- 同じことが文学でも起きる。詩法の規則が書かれ、論じられるようになる(07の領域の詩法)。
- 17世紀の古典主義は、この延長にある(第4章)。
城館
ロワール地方の城館が、この時期の建築を代表する。
⚡ 変化の中身
- 防御のための城から、住むための館へ。堀と塔が装飾になる。
- 左右対称の平面。イタリアの影響。
- 大きな窓。採光が重視される。
- 庭園が建物と一体で設計される。
- ただしゴシックの要素も残る。急勾配の屋根、垂直の強調。混在が16世紀の特徴にあたる。
- 📘 シャンボール城:1519年に建設が始まった大規模な城館。中央の二重らせん階段が知られている。イタリア風の平面と、フランス風の屋根が同居している。
フォンテーヌブローの装飾
⚡ 何が新しかったか
- イタリアから画家と装飾家が招かれ、工房が作られた。
- 絵画と漆喰(しっくい)の彫刻と額縁を組み合わせた装飾が生まれた。
- 神話を主題にした裸体の表現が広まる。
- 版画によって、この様式が各地に伝わった。版画は当時の複製技術にあたる。
⚠️ 「フォンテーヌブロー派」という呼び名
- 後の時代の整理による名前である(第1章の様式の注意)。
- 統一した集団があったわけではない。
- 第1期と第2期に分けられることが多いが、区分にも幅がある。
版画という技術
- 📘 版画:版を作り、紙に刷る技術のこと。同じ図像を多数複製できる。
⚡ なぜ重要か
- 図像が移動する。イタリアの絵が、版画によってフランスの職人に届く。
- 書物の挿絵になる。印刷術と結びつく(03の領域)。
- 安価に手に入る。絵画を買えない層にも図像が届いた。
- 文学との関係 — 挿絵つきの書物が広まり、読書の形が変わる。
制度と条件
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 注文主 | 王と宮廷が中心。大貴族も館を建てる |
| 作り手 | イタリアから招かれた芸術家と、フランスの職人 |
| 場 | 宮廷。まだ公開の展覧会はない |
| 理論 | 書物によって規則が共有される |
| 中断 | 宗教戦争が建設と制作を止めた(03の領域) |
文学とのつながり
⚡ 16世紀の作品を読むときに要る背景
- 古代への回帰 — 人文主義(04の領域)が、美術でも文学でも同じ方向に働いた。古代を範として、規則を学ぶ。
- プレイヤード派 — 詩をフランス語で書くという主張は、イタリアとの関係で自国語の地位を上げるという文脈にある(02の領域)。
- 描写の技術 — 遠近法と人体の表現は、空間と身体をどう言葉にするかという問題と並行する。
- 『エセー』の視覚 — モンテーニュの記述には、対象を多面的に見る態度がある。同時代の絵画の空間の扱いと重ねて論じられることがあるが、比喩にとどめる(08の領域)。
⚠️ この時代で混同しやすい形
- イタリアの影響を、全面的な置き換えと考える。ゴシックの要素は残り、混在するのが16世紀の特徴にあたる。
- オーダーを装飾と考える。比例の決まりを含む体系である。
- 「フォンテーヌブロー派」を統一した集団と考える。後の時代の整理による名にあたる。
- 版画を美術の一分野としてだけ考える。図像を移動させる複製技術としての役割が大きい。
版画と印刷
16世紀に、図像の流通の仕方が変わる。
⚡ 版画が果たした役割
- 同じ図像を複数作れる。一点ものだった絵画と、性質が根本から違う。
- 遠くの作品を知ることができる。イタリアの作品が、版画によってフランスに伝わった。
- 建築の図面と装飾の型が版画で広まる。
- 本の挿絵として使われる。文字と図像が同じ本の中に入る。
⚡ 文学とのつながり
- 本の作り方が変わる。印刷された本が、写本に代わっていく(第2章)。
- 扉(とびら)の装飾、著者の肖像、寓意(ぐうい)の図。本の中の図像が、作品の読まれ方に関わる。
- 同じ図像が繰り返し使われる。在庫の版木を使い回すことがあった。
- したがって挿絵が本文と対応しない場合がある(07の領域)。
宮廷と詩人
⚡ 芸術と文学が同じ場にいた
- 宮廷は、絵画・建築・音楽・詩が同時に注文される場にあたる。
- 祝祭・入市式・婚礼のために、装飾と詩と音楽がまとめて作られた。
- 詩人が、絵画や建築の主題を提案することがあった。
- したがってこの時期は、第19章の型4(制度)が最もよく当てはまる。
⚠️ 宮廷の注文を「趣味」と考えない
- 注文には政治的な意図がある。王の権威を示すこと。
- 図像の主題が、統治の主張になっている場合が多い。
- 同じ主張が、詩と絵画と建築で同時に繰り返される。
- これは第4章のヴェルサイユで、より大きな規模で反復される。
⚡ 第3章の通過チェック
- イタリアから入ってきた4つを言える
- 理論書が入ることの意味を3つ言える
- 城館の変化の中身を4つ言え、ゴシックの要素が残ることを言える
- フォンテーヌブローの装飾の新しさを3つ言える
- 版画がなぜ重要かを4つ言える
- 16世紀の芸術が宗教戦争でどうなったかを言える
- 美術の古代への回帰と、文学の人文主義の並行を説明できる
次章へ
次章は17世紀である。規則が制度になる。
王立のアカデミーが設立され、何が正しい絵画かを定める。そしてヴェルサイユが作られる。建築・庭園・絵画・彫刻・音楽・演劇が、1つの目的のために組織された例にあたる。文学もその中にあった。