20世紀|第16章 20世紀の音楽 — 印象主義から前衛へ
この章の狙い
要点: 調性という枠組みが緩み、音そのものが問い直される。
印象主義と呼ばれる音楽から、前衛まで。そして詩と音楽の関係が、19世紀とは違う形になる。録音という技術が、音楽の聴かれ方を根本から変えたことも押さえる。
年表
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1894年 | 象徴主義の詩に基づく管弦楽曲が初演される |
| 1902年 | 象徴主義の戯曲による歌劇が初演される |
| 1900年代 | 音階と和声の枠組みが広げられる |
| 1909年〜 | ロシア・バレエ団のパリ公演(第14章) |
| 1913年 | バレエの初演で騒動が起きる。リズムと不協和音が衝撃を与えた |
| 1920年 | 若い作曲家の集団が名付けられる。軽さと簡素を掲げる |
| 1920〜30年代 | 録音とラジオが広まる(03の領域) |
| 1940年代 | 録音された音そのものを素材にする試み |
| 1950〜60年代 | 前衛の作曲。音の組織の方法が根本から作り直される |
| 1977年 | 音楽の研究機関が設立される |
印象主義と呼ばれる音楽
⚡ 何が新しかったか
- 和音が、進行の途中の段階ではなく、それ自体の響きとして扱われる。
- 音階が広がる。長調と短調以外の音階が使われる。
- 旋律の輪郭が緩む。明確な主題の展開よりも、音色と響きが前に出る。
- 形式が自由になる。古典的な構成の枠から離れる。
- 主題 — 自然・水・光・夜。絵画の印象派と共通する語で語られてきた。
⚠️ 「印象主義」という呼び名の注意
- 絵画の用語を音楽に当てはめた呼び名である(第1章)。
- 当の作曲家がこの呼称を好まなかったと伝えられる。
- 絵画の印象派と、直接の対応があるわけではない。
- むしろ象徴主義の詩との関係のほうが直接的にあたる(第10章)。
詩と音楽
⚡ 19世紀との違い
- 19世紀 — 詩に曲を付ける(第11章)。詩は素材として扱われる。
- 20世紀初頭 — 詩の音そのものに近づこうとする。曖昧さ、暗示、言い切らないこと。
- 象徴主義の詩に基づく作品が複数作られた。
- 戯曲をそのまま歌劇にする試みも行われた。台本を書き直さず、原作の言葉を使う。
⚡ 分析に使えること
- 原作の詩・戯曲と、音楽作品を並べる。
- どの語が繰り返され、どこで間が置かれるか。
- 削られた部分と、加えられた部分。
- これは翻案の分析にあたる(08の領域)。
20世紀前半の転換
⚡ 1913年の騒動
- バレエの初演で、観客が騒ぎ、上演が妨げられた。
- 強い拍節(はくせつ)の反復と、不協和音が中心にあった。
- 舞踊の振り付けも、それまでの型から大きく外れていた。
- この出来事は、前衛と観客の衝突の象徴的な例として語られる(08の領域の受容)。
⚡ 1920年代の反動
- 大戦の後、壮大さと重厚さへの反発が起きる。
- 軽さ、簡素さ、日常への接近が掲げられた。
- サーカスや大衆音楽の要素が取り入れられる。
- 詩人が台本と宣言を書いた。文学と音楽が再び近づく。
録音という技術
⚡ 何が変わったか
- 同じ演奏を繰り返し聴ける。
- 演奏会に行かなくても聴ける。
- 家庭で聴く音楽が変わる。ピアノを弾く代わりに、再生する(第11章)。
- 演奏の記録が残る。演奏史が研究の対象になる。
- ラジオが加わり、聴衆の範囲が大きく広がる(03の領域)。
⚡ 20世紀半ばの展開
- 録音された音そのものを素材にする試みが行われた。楽器の音でなくてもよい。
- 音を組織する方法が根本から作り直された。音高だけでなく、長さ・強さ・音色も規則の対象になる。
- 電子的に音を作る試みが進む。
- これらは聴きやすくはない。専門の場で発表され、一般の聴衆とは距離ができた(08の領域の場)。
制度と条件
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 場 | 劇場・演奏会場・放送・録音 |
| 支援 | 国家の補助、研究機関、放送局の委嘱(いしょく) |
| 教育 | 音楽学校が演奏家と作曲家を育てる |
| 聴衆 | 大衆的な音楽と、専門的な音楽の距離が広がる |
| 記録 | 録音により、演奏そのものが資料になる |
文学とのつながり
⚡ この時期の作品を読むときに要る背景
- 象徴主義の詩と音楽 — 同じ作品が、詩・戯曲・音楽の形で存在する。比較ができる(08の領域)。
- 前衛の共通性 — 文学・美術・音楽で、同じ時期に形式の解体が起きている(02・第14章)。ただし直接の影響は個別に確かめる。
- 詩人と作曲家の協働 — 台本、宣言、批評。記録が残っている場合は影響関係を論じられる(07の領域)。
- 音の反復とリズム — 詩法の分析(07の領域)と、音楽の分析は、同じ語で扱える部分がある。
⚠️ この章で混同しやすい形
- 音楽の「印象主義」を、絵画の印象派と直接対応させる。絵画の用語を当てはめた呼び名で、当の作曲家は好まなかったと伝えられる。
- 1913年の騒動を、音楽だけの問題と考える。舞踊の振り付けも大きく外れていた。
- 1920年代の簡素さを、技術の後退と考える。壮大さへの反発として選ばれた方向にあたる。
- 録音を、単なる記録の手段と考える。聴かれ方そのものを変えた技術である。
総合される舞台
⚡ 20世紀初頭のバレエ
- 音楽・美術・舞踊・衣裳が、1つの公演のために同時に作られた。
- 作曲家・画家・振付家が共同する。
- パリで上演され、大きな反響を呼んだ。
- 1913年の初演で騒動が起きた例がよく知られている。
⚡ なぜ重要か
- 分野の境を越えた共同の最も明確な例にあたる。
- 画家が舞台装置と衣裳を担当した。第19章の型4がそのまま使える。
- 詩人が台本に関わった例がある。
- 同じ時期の前衛の絵画と、直接つながっている(第14章)。
録音という条件
⚡ 20世紀に何が変わったか
- 音楽が記録され、繰り返し聴けるようになった。
- 演奏の場に行かなくても聴ける。
- 同じ曲の複数の演奏を比べられる。
- 作曲家自身の演奏が残っている場合がある。
⚡ 文学研究への使い道
- 詩人が自作を朗読した録音が残っている場合がある。間と抑揚が分かる。
- 戯曲の上演の録音と映像。上演を前提とした形式の研究に使える(10の領域)。
- 同じ詩に付けられた複数の曲を、実際に聴き比べられる(第11章)。
- これは第19章の型2と型3の分析を、具体的に進める手段にあたる。
⚡ 第16章の通過チェック
- 印象主義と呼ばれる音楽の新しさを4つ言える
- その呼び名についての注意を3つ言える
- 19世紀と20世紀初頭で、詩と音楽の関係がどう変わったかを言える
- 1913年の騒動の内容と、その位置づけを言える
- 1920年代の反動が掲げたものを3つ言える
- 録音が変えたことを4つ言える
- 詩法の分析と音楽の分析が重なる部分を言える
次章へ
次章は映画である。フランスで公開上映が始まり、20世紀の最も大きな表現の形になる。
発明から、詩的な写実、そして作家主義まで。そして批評が運動を作ったという点で、映画は文学の場と同じ構造を持っている。小説の映画化をどう分析するかも扱う。