地域|第9章 ベルギー・スイス
この章の狙い
要点: この2つは、植民地支配とは無関係である。
フランス語が母語であり、言語の選択という問題が生じない(第2章)。では何が問題になるのか。「本国の文学に吸収される」という別の問題にあたる。
条件
| 項目 | ベルギー | スイス(フランス語圏) |
|---|---|---|
| 成立 | 1830年に独立 | 連邦の一部として古くから |
| 言語 | オランダ語圏とフランス語圏に分かれる | ドイツ語圏・フランス語圏・イタリア語圏ほか |
| フランス語圏の呼び方 | ワロニーとブリュッセル | ロマンディ |
| 出版 | パリの出版社が中心 | 同じくパリが中心 |
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⚡ この2地域に固有の問題
- フランス語が母語なので、書く言語をめぐる葛藤(かっとう)がない。
- 代わりに、パリで出版されると「フランスの作家」として扱われる。
- 国籍が意識されない。作品が本国の文学史に吸収されていく。
- したがって「独自の文学があるのか」という問いが繰り返し立てられてきた。
⚠️ これも第1章の型1にあたる
- 隣接して古い型であり、ほかの地域とは前提が違う。
- 同じ「フランス語圏」の枠で論じると、問題の質がずれる。
ベルギー
⚡ 19世紀末が中心の時期にあたる
- 象徴主義の時期に、ベルギーの作家が本国の運動と深く関わった(02・05の領域)。
- 雑誌と出版の拠点がブリュッセルにもあった。
- 本国の作家がベルギーで発表することもあった。
⚡ モーリス・メーテルランク(1862-1949)
- 象徴主義の演劇で知られる。
- 1911年にノーベル文学賞。
- フランス本国の象徴主義の運動の中で論じられることが多い。
- 「ベルギーの作家」として扱われるか「フランス語の作家」として扱われるかが揺れる典型例にあたる。
⚡ エミール・ヴェラーレン(1855-1916)
- 詩人。近代の都市と産業を主題にした。
- 同時代の絵画の運動とも関わりがある(05の領域)。
⚡ 20世紀以降
- ジョルジュ・シムノン(1903-1989)— 推理小説を大量に書いた。通俗と高級の境の問題に関わる(08の領域の正典)。
- アメリー・ノートン(1966/1967- )— 現在最も広く読まれるベルギー出身の作家の1人にあたる。
- 絵と文字を組み合わせた形式が、この国では独自の発達をした。
⚠️ シムノンの扱い
- 大量に書き、広く読まれた。そのことが長く文学的な評価を妨げてきた。
- 08の領域の正典の問題を考える題材として扱いやすい。
- 「誰が文学に含まれるか」という問いにあたる。
スイスのフランス語圏
⚡ シャルル=フェルディナン・ラミュ(1878-1947)
- この地域を代表する作家にあたる。
- 山と農村の共同体を主題にする。
- 標準的なフランス語からずらした文体を意識的に用いた。この点は第2章の「所有」の立場に近い。
- 本国の文壇からの独立を主張した。
⚡ ブレーズ・サンドラール(1887-1961)
- スイス生まれ。後にフランス国籍を取得している。
- 20世紀初頭の前衛の詩(05・02の領域)の中で活動した。
- 旅と移動を主題にする。
- 「どの国の作家か」が最も決めがたい例の1つにあたる。
⚠️ ジュネーヴ生まれの作家に注意する
- ルソーはジュネーヴの生まれである(02・04・10の領域)。
- ただし18世紀の作家であり、この教材の枠組みで論じる対象ではない。
- 「フランス語圏の文学」という枠は20世紀以降の概念にあたる。過去に遡って適用しない。
この2地域をどう扱うか
⚡ レポートで扱うなら
- 「独自の文学か、本国の一部か」という問いそのものを論点にできる。
- どこで出版され、どの文学史に記載されているかを調べる(第12章)。
- 作家自身が、自分の位置をどう述べているかを探す。
- 文体に、その地域の言語的な特徴が入っているかを見る。
⚠️ ほかの地域と同じ枠で論じない
- 支配と抵抗の枠組みが当てはまらない。
- ポストコロニアル批評の道具は、ここでは効かない(08の領域)。
- 代わりに、中心と周縁、正典の問題が使える(08の12章)。
⚠️ この章で混同しやすい形
- 言語の選択の問題があると考える。フランス語が母語にあたる。
- ポストコロニアル批評の枠組みを当てる。支配と抵抗の構図が当てはまらない。
- ルソーをこの枠組みで論じる。18世紀の作家であり、枠組みが後の時代のものにあたる。
- メーテルランクを本国の作家として扱いきる。帰属が揺れること自体が論点である。
「小さな文学」という捉え方
⚡ 20世紀後半に提示された考え方
- 大きな言語の中で、少数の集団が書く文学を、独自の型として捉える見方がある。
- 特徴として挙げられるもの — 言語がずらされている、個人の問題が集団の問題と直結する、政治から切り離せない。
- ベルギーとスイスにも当てはめられてきた。
- ケベックにも当てはめられる(第8章)。
⚠️ そのまま当てない
- この考え方は、もともと別の文脈で提示されたものにあたる。
- ベルギー・スイスの作家の多くは、多数派の言語を母語としている。
- 使うなら、どこが当てはまりどこが当てはまらないかを書く(08の領域)。
何を調べれば論になるか
⚡ この2地域で扱いやすい論点
- 文学史への記載。本国の文学史に載っているか、載り方はどうか(08の12章)。
- 出版の場所。パリか、ブリュッセルか、ジュネーヴか。
- 賞。本国の賞を受けているか、地域の賞があるか。
- 作家自身の発言。自分をどう位置づけているか。
- 文体。地域の語彙や言い回しが入っているか。
⚡ 記述が固まる
- すべて調べられる(第12章)。
- 正典の枠組みで論じられる(08の12章)。
- 「なぜこの作家は本国の文学史に入り、この作家は入らないのか」という形の問いが立てやすい。
⚡ 第9章の通過チェック
- この2地域に固有の問題を説明できる
- ベルギーで19世紀末が中心の時期になる理由を言える
- メーテルランクの受賞年と、帰属が揺れる理由を言える
- シムノンが正典の問題と結びつく理由を言える
- ラミュとサンドラールの位置の違いを言える
- この2地域にポストコロニアル批評が効かない理由を言える
次章へ
次章は移民と郊外の文学である。
地理的には本国の中の話にあたる。だが扱う問題は、この教材のほかの章と地続きである。マグレブから来た人々の子の世代が、本国で書き始める。第4章の記憶が、ここに引き継がれる。