運動|第6章 ネグリチュード
この章の狙い
要点: 1930年代のパリで、アフリカとカリブ海の学生たちが始めた運動である。
地域を超えて結ばれた最初の運動であり、そして後の世代から強く批判された運動でもある。
この章は第5章と第7章をつなぐ。アフリカとカリブ海が、パリで出会った地点にあたる。
成り立ち
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1930年代 | パリに留学した学生たちが交流する |
| 1934年 | 学生の雑誌が創刊される。運動の名がこの時期に生まれる |
| 1939年 | セゼール『帰郷ノート』が発表される |
| 1947年 | アフリカとカリブ海の文化を扱う雑誌と出版社が設立される |
| 1948年 | アンソロジーが刊行され、サルトルが序文を書く |
| 1960年 | セネガル独立。サンゴールが初代大統領になる |
- 📘 ネグリチュード:黒人であることを否定的な条件ではなく、積極的な価値として引き受ける立場のこと。1930年代のパリで、フランス語で書く学生たちが作った語にあたる。
3人の中心人物
⚡ エメ・セゼール(1913-2008、マルティニック)
- 『帰郷ノート』(1939年)が代表作にあたる。長い詩の形式。
- カリブ海への帰還と、そこで見たものを書く。
- 政治家としても長く活動した。マルティニックの市長・国会議員を務めている。
- シュルレアリスムの手法(05・02の領域)を、この主題に用いたという点が形式上の特徴である。
⚡ レオポール・セダール・サンゴール(1906-2001、セネガル)
- 詩人であり、セネガルの初代大統領(1960-1980)にあたる。
- アフリカの文化的な価値を体系的に論じた。
- 1983年にアカデミー・フランセーズ会員に選ばれた。アフリカ出身者として初めてである。
- フランコフォニーの構想の推進者でもあった(第1章)。
⚡ レオン=ゴントラン・ダマス(1912-1978、ギアナ)
- 3人の中で最も早く詩集を出している(1937年)。
- 短く、口語に近い、リズムを前面に出した詩。
- 3人の中では扱われることが少ないが、形式の面では最も先鋭にあたる。
⚠️ 3人を同じものとして扱わない
- 出身地が違う。カリブ海(マルティニック)、アフリカ(セネガル)、南米(ギアナ)。
- 政治的な立場も違う。独立の捉え方が一致していない。
- 詩の形式も違う。
- 「ネグリチュード」という1つの語が、この差を覆い隠している。
何を主張したか
⚡ 中身
- 同化への拒否。フランス文化に溶け込むことを目標としない。
- アフリカに由来する文化を、劣ったものではなく別の価値として提示する。
- 地域を超えた連帯。アフリカとカリブ海を1つの経験として結ぶ。
- フランス語で書きながら、フランス語の詩の規範を崩す。
⚡ なぜフランス語だったか
- 参加者がパリの学校で学んだ世代にあたる。
- フランス語が、地域を超えて通じる唯一の共通語だった。
- 支配者の言語を使って、支配の前提を否定するという構図である(第2章の「戦略」)。
批判
⚠️ 後の世代からの3つの批判
- 1 本質主義である — 「黒人であること」に共通の本質を認めてしまっている。これは支配する側の分類をそのまま裏返しただけだという指摘。
- 2 地域の差を消す — アフリカとカリブ海の歴史は違う。1つにまとめることで、それぞれの固有性が見えなくなる。
- 3 パリで作られた — 本国の中で、本国の知識人に向けて形成された運動であるという指摘。
⚡ カリブ海からの応答
- エドゥアール・グリッサン(第7章)が「アンティル性」を対置した。アフリカへの回帰ではなく、カリブ海そのものの歴史から考える。
- 1989年の『クレオール礼賛』は、ネグリチュードを乗り越えるべきものとして名指した(第7章)。
- この批判の系譜を追うことが、カリブ海の文学を読む骨格にあたる。
⚠️ 批判があるから価値がない、とはならない
- 当時の条件の中で何をしたかを見る。
- 同化を唯一の道とする状況を、初めて正面から拒否した。
- 後の運動は、この運動があったから可能になった側面がある。
- 批判とともに位置づけるのが、この分野の標準的な扱いにあたる。
サルトルの序文
⚡ 1948年
- アンソロジーにサルトル(04の14章)が序文を書いた。
- この運動を、より大きな解放の運動の一段階として位置づけた。
- その位置づけ方が、後に当事者から批判された。「終わるべき段階」として扱ったためである。
- セゼールとファノンの双方が、この序文に反応している(第4章)。
⚠️ 本国の知識人による位置づけという構図
- 誰が誰を語るかという問題そのものが、ここに現れている。
- 08の領域の「語る主体は誰か」という問いに直結する。
- この場面は、レポートの題材として扱いやすい。
⚠️ この章で混同しやすい形
- 3人を同じ立場と考える。出身地も政治的な立場も詩の形式も違う。
- アフリカで始まった運動と考える。パリで形成された。
- 批判があるから価値がないと考える。当時の条件の中で何をしたかを見る。
- サルトルの序文を、単なる紹介と考える。位置づけ方そのものが論点になった。
女性の不在という論点
⚠️ この運動の3人の中心はいずれも男性である
- 同時期に、カリブ海出身の姉妹が編集した雑誌が、この運動の前史として近年再評価されている。
- 長く文学史から落ちていた。
- 「誰が運動の創始者とされるか」という正典の問題にあたる(08の12章)。
⚡ レポートの題材として
- 運動の記述が、どの時点で誰を含めるようになったかを追える。
- 文学史の記述そのものを資料にするという方法である(08の領域)。
- 記述が固まるので、論証として成立させやすい。
詩の形式
⚡ 3人に共通する形式上の特徴
- 長い行と短い行を混ぜる。定型の詩句を使わない(07の領域)。
- 列挙を多用する。同じ構文を繰り返して積み上げる。
- 呼びかけが多い。声に出されることを前提にした形式にあたる。
- アフリカと関わる地名・語彙を、注を付けずに置く。
⚡ 07の詩法をどう使うか
- 音節を数える(07の15章)と、定型から外れていることが確かめられる。
- 反復の位置を図にすると、構成が見える。
- 「自由詩」の枠で記述できる(07の19章)。
- 形式の分析が、主張の内容と結びつく点がこの運動の特徴にあたる。
⚡ 第6章の通過チェック
- 運動が形成された場所と時期を言える
- 3人の名前・出身地・代表作を言える
- サンゴールが1960年と1983年に何をしたかを言える
- この運動が主張した4つの点を言える
- 後の世代からの3つの批判を言える
- サルトルの序文がなぜ論点になったかを説明できる
次章へ
次章はカリブ海とクレオール性である。
ネグリチュードへの応答として展開した地域にあたる。アフリカへの回帰ではなく、カリブ海そのものの混淆(こんこう)から考える。グリッサンの「関係の詩学」と、1989年の宣言を扱う。