導入|第1章 全体地図 — フランコフォニーとは何か
この章の狙い
要点: フランス語で書かれた文学は、フランス本国だけのものではない。
マグレブ、サハラ以南アフリカ、カリブ海、ケベック、ベルギーとスイス、インド洋、そして本国の郊外。それぞれが別の歴史と別の言語状況を背負っている。
この教材は仮の版である。卒業論文で扱う領域が決まったら、その地域の章を厚くする。
⚠️ この教材では本文を引用していない
- 扱う作品はほぼすべて20世紀以降で、著作権が存続している。
- 作品名と刊行年を示すので、原文と邦訳で各自確認する。
フランコフォニーという語
- 📘 フランコフォニー:フランス語を使う人々と地域の全体を指す語。1880年代に地理学者オネジム・ルクリュが作ったとされる。
⚡ 2つの意味がある
- 小文字で書くとき — フランス語を話す人々と地域そのもの。
- 大文字で書くとき — 国家間の組織としてのフランコフォニー。
- 日本語では区別がつかないので、どちらの意味かを文脈で決める。
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1880年代 | ルクリュが語を作る。当時は地理学の用語だった |
| 1960年代 | アフリカ諸国の独立。独立した側から協力機構の構想が出る |
| 1970年 | 文化と技術の協力機関が設立される |
| 2005年 | 国際フランコフォニー機関(OIF)の名称になる |
⚠️ 語の成り立ちに注意する
- この語は、植民地支配と切り離せない歴史を持つ。
- 一方で、1960年代の構想はアフリカ側から出ている。サンゴール(第6章)はその推進者の1人だった。
- したがって「押し付けられた枠組み」とも「選び取られた枠組み」とも言い切れない。この両義性が、この分野の議論の出発点にあたる。
4つの成り立ちの型
「フランス語圏」と一口に言っても、フランス語が入った経緯が違う。
| 型 | 地域 | 経緯 |
|---|---|---|
| 1 隣接して古い | ベルギー、スイス、ルクセンブルク | 植民地支配ではない。言語圏として地続きにある |
| 2 移住と定着 | ケベック、アカディ | 17〜18世紀の入植。その後イギリスの支配下に入る |
| 3 奴隷制と植民地 | カリブ海、インド洋の一部 | 強制的な移動の結果。元の言語が断たれている |
| 4 19〜20世紀の植民地 | マグレブ、サハラ以南アフリカ | 19世紀以降の征服。独立は1950〜60年代 |
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⚡ この違いが決定的にあたる
- 型1は、言語の選択が問題にならない。フランス語が母語である。
- 型2は、言語の維持が問題になる。英語に囲まれている。
- 型3は、クレオール語との関係が問題になる(第7章)。
- 型4は、なぜ支配者の言語で書くのかが問題になる(第2章)。
- したがって、4つを同じ枠で論じない。
⚠️ 最も多い誤り
- 「フランス語圏の文学」を1つの均質なものと考える。
- ベルギーの作家とアルジェリアの作家では、言語の位置がまったく違う。
- 論じるときは、必ずどの型かを先に示す。
この教材の構成
| 章 | 扱うもの |
|---|---|
| 2 | 言語の選択という問題。全地域に共通する問い |
| 3〜4 | マグレブ。アルジェリア戦争を含む |
| 5〜6 | サハラ以南アフリカとネグリチュード |
| 7 | カリブ海とクレオール性 |
| 8 | ケベック |
| 9 | ベルギー・スイス |
| 10 | 移民と郊外の文学。本国の中の問題 |
| 11 | 理論との接続 |
| 12 | 調べ方と卒論への接続 |
⚡ 読む順序
- 第2章は必ず読む。全地域に共通する問いにあたる。
- そのあとは、関心のある地域の章へ直行してよい。
- 第11章と第12章は、卒論を考え始めたときに読む。
ほかの教材との分担
| 教材 | この教材との関係 |
|---|---|
| 03 フランス史 | 植民地帝国の歴史は03の15章。この教材は作品を扱う |
| 08 文学理論 | ポストコロニアル批評の枠組みは08の14章。この教材は対象を扱う |
| 02 文学史 | 本国の流れ。この教材はその外側 |
| 10 作品と作家 | 20作品はすべて本国の作家。この教材が補う部分にあたる |
⚠️ カミュの扱い
- カミュはアルジェリア生まれのフランス人である(10の18章、04の15章)。
- 植民者の側に属する。アルジェリアの作家とは位置が違う。
- この違いは第4章で扱う。混同しない。
用語を先に決める
- 📘 植民地:他国が支配し、経済と行政を握った地域のこと。フランスの場合、19世紀に大きく広がった(03の領域)。
- 📘 脱植民地化:植民地が独立していく過程のこと。フランスの場合は1950〜60年代に集中する(03の領域)。
- 📘 母語:最初に身につけた言語のこと。フランス語圏では、母語と書く言語が違う作家が多い。
⚠️ 「現地語」という語を使わない
- 序列を含む語にあたる。
- アラビア語、ベルベル語、ウォロフ語、クレオール語のように、具体的な言語名で書く。
- これは08の領域の指摘と同じ問題である。
⚠️ この章で混同しやすい形
- フランス語圏の文学を1つの均質なものと考える。成り立ちの型が4つある。
- フランコフォニーを植民地支配だけの産物と考える。独立した側からの構想でもあった。
- カミュをアルジェリアの作家と考える。植民者の側に属する。
- 「現地語」という語を使う。具体的な言語名で書く。
規模と読者
⚡ 数で見ておく
- フランス語を日常的に使う人の多くは、フランス本国の外にいる。人口の伸びはアフリカが中心にあたる。
- したがって「フランス語の文学」の重心は、長期的には本国の外へ動く。
- 一方で、出版と批評の中心は現在もパリにある。
- この「話者の分布」と「出版の集中」のずれが、この分野の構造的な問題にあたる(第11章)。
⚠️ 数字を使うときの注意
- 推計であり、機関によって幅がある(07の領域)。
- 「フランス語を使う」の定義が、調査によって違う。
- 論拠に使うなら、出典と年を明記する。
この分野の名前をめぐって
⚡ 呼び方が複数ある
- フランス語圏の文学 — この教材が使う呼び方。
- フランコフォニー文学 — 組織の名に由来する呼び方。
- フランス語による世界文学 — 2007年の宣言が提案した呼び方(第11章)。
⚠️ どの呼び方にも含みがある
- どれを使っても、中立ではない。
- レポートでは、使う呼び方を最初に断り、なぜそれを選んだかを一言添える(07の領域)。
- この教材は便宜(べんぎ)上「フランス語圏の文学」を使っている。第11章でその枠自体を扱う。
⚡ 第1章の通過チェック
- フランコフォニーという語の由来と、2つの意味を言える
- 4つの成り立ちの型と、それぞれの地域を言える
- 型ごとに何が問題になるかを言える
- この教材と03・08・10との分担を言える
- カミュの位置が、アルジェリアの作家と違う理由を言える
- 「現地語」という語を避ける理由を言える
次章へ
次章は言語の選択という問題である。全地域に共通する、この分野の中心の問いにあたる。
なぜ支配者の言語で書くのか。書かないという選択もありえた。実際に、書くのをやめた作家も、別の言語に移った作家もいる。その判断が何を意味するのかを扱う。