地域|第8章 ケベック
この章の狙い
要点: 条件がまったく違う。
植民地支配の結果ではなく、17〜18世紀の入植とその後のイギリスの支配という経路にあたる。言語を守ることが、そのまま政治になった地域である。
経過
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 17世紀 | フランスからの入植が始まる |
| 1763年 | イギリスの支配下に入る(03の領域の七年戦争) |
| 19〜20世紀前半 | カトリック教会が言語と文化の維持を担う。農村中心の社会 |
| 1960年代 | 静かな革命。教会の影響が急速に後退し、国家が主導する近代化が進む |
| 1968年 | 『義姉妹(ぎしまい)』初演。話し言葉を舞台に載せる |
| 1977年 | フランス語憲章(法律101号)。フランス語を公用語として強く位置づける |
| 1980年・1995年 | 主権をめぐる住民投票。いずれも否決される |
⚡ この地域の中心の問題
- 英語に囲まれた中で、フランス語をどう維持するか。
- 同化への圧力が、支配者からではなく周囲の多数派から来る。
- したがって「言語を守る」ことが政治の中心の争点になる。
- マグレブとは問題の向きが逆にあたる。
⚠️ 「フランス系カナダ人」から「ケベック人」へ
- 1960年代に自己の呼び方が変わった。
- カナダの中の一集団から、固有の社会としての自己規定へという転換にあたる。
- この転換が文学の主題そのものになっている。
静かな革命と文学
- 📘 静かな革命:1960年代のケベックで進んだ、教会中心の社会から国家主導の近代化への急速な転換のこと。流血を伴わなかったためこう呼ばれる。
⚡ 文学に何が起きたか
- 主題が農村から都市へ移る。
- カトリックの規範を正面から扱う作品が現れる。
- 話し言葉を書くという選択が可能になる。
- フランス本国の文学からの独立が意識される。
- 📘 ジュアル:モントリオールの労働者層の話し言葉のこと。フランス語の一形態で、英語からの借用と独自の発音を含む。
⚡ ジュアルをめぐる論争
- 1960年代に、これを文学で使うかどうかが争われた。
- 使う側 — 実際に話されている言葉を書かなければ、この社会は書けない。
- 使わない側 — 貧しさの記号を固定することになる。国際的にも読まれなくなる。
- この論争は、第2章の言語の問題がケベックの形を取ったものにあたる。
主要な作家
⚡ ガブリエル・ロワ(1909-1983)
- 1945年の小説が代表作にあたる。モントリオールの労働者地区を舞台にする。
- 農村を描くそれまでの流れから、都市の貧困へ主題を移した。
- 本国の文学賞(フェミナ賞)を受けている。
⚡ アンヌ・エベール(1916-2000)
- 詩から出発し、小説へ。
- 1970年の小説が代表作にあたる。19世紀の実際の事件を下敷きにしている。
- 抑圧された欲望と、閉じた共同体を主題にする。
- 本国と行き来しながら書いた。
⚡ ミシェル・トランブレ(1942- )
- 1968年初演の戯曲が代表作にあたる。
- ジュアルを舞台の言語として全面的に用いた。上演時に論争になった。
- 登場人物は労働者層の女性たち。合唱のように語る場面がある。
- 話し言葉を書くという選択が、そのまま政治的な意味を持った例である。
⚡ ダニー・ラフェリエール(1953- 、ハイチ生まれ)
- ハイチからケベックへ亡命した(第7章)。
- 2013年にアカデミー・フランセーズ会員に選ばれた。
- カリブ海とケベックが接続する経路を示す例にあたる。
言語の政策
⚡ 1977年のフランス語憲章
- 公的な場、職場、商業の表示におけるフランス語の使用を定めた。
- 移民の子どもの就学についても規定がある。
- 法律によって言語を維持するという方法にあたる。
- 賛否の両方が現在まで続いている。
⚠️ 文学研究でどう使うか
- 言語政策そのものを主題にした作品がある。
- 移民の側から書かれた作品では、この政策が別の意味を持つ。
- 「守る側」と「守られる枠に入れられる側」の両方の視点がある。
- これは第10章の本国の郊外の問題と構造が似ている。
移民の文学
⚡ 1980年代以降
- ハイチ、レバノン、中国、マグレブなどからの移民の作家が書き始める。
- ケベックのフランス語で書くが、ケベック人としての自己規定を共有するとは限らない。
- 「守るべきフランス語」の内側に、複数の来歴が入ってくる。
- 現在のケベック文学の最も活発な部分にあたる。
⚠️ この章で混同しやすい形
- ケベックを植民地支配の結果と考える。入植とその後のイギリスの支配という経路にあたる。
- 同化の圧力がフランスから来ると考える。周囲の英語話者の多数派から来る。
- ジュアルを単なる方言の記録と考える。使うかどうかが政治的な争点だった。
- 1980年と1995年の住民投票が可決されたと考える。いずれも否決されている。
本国との関係
⚡ 一方通行ではない
- 19世紀から20世紀前半は、本国の文学を規範として仰(あお)ぐ関係にあった。
- 1960年代以降、本国からの独立が意識される。
- 現在は、本国で読まれる作家も、本国を参照しない作家も両方いる。
- 「本国の文学の一部か、別の文学か」という問いは、ベルギー・スイスと共通する(第9章)。
⚠️ ただし条件が違う
- ケベックには国家に準じる制度がある。出版・助成・教育の体系が独自にある。
- ベルギー・スイスにはその規模の体系がない。
- したがってケベックのほうが「独自の文学」を主張しやすい条件にある。
先住民の文学
⚡ 近年の重要な論点にあたる
- ケベックには先住民の集団がいる。フランス語で書く作家がいる。
- 「フランス語を守る側」の枠組みが、そのままでは当てはまらない。
- 入植によって言語を失った側という位置にあり、この教材のほかの地域の条件に近い。
- ケベックの内部に、支配と被支配の別の層があるということにあたる。
⚠️ 層の重なりを見る
- ケベックは、カナダの中では少数派である。
- 同時に、先住民に対しては入植者の側にあたる。
- 1つの集団が、文脈によって両方の位置を取る。
- これは08の領域のポストコロニアル批評が繰り返し扱う構図である。
⚡ 第8章の通過チェック
- 1763年に何が起きたかを言える
- 静かな革命の内容と、文学に起きた4つの変化を言える
- ジュアルとは何かを言い、論争の両側の主張を言える
- 主要な作家3人と、その代表作の年を言える
- 1977年の法律の内容と、その両義性を言える
- 移民の作家がこの地域で持つ位置を説明できる
次章へ
次章はベルギー・スイスである。
この2つは、植民地支配とは無関係にあたる。フランス語が母語であり、言語の選択という問題が生じない。では何が問題になるのか。「本国の文学に吸収される」という別の問題である。