導入|第2章 言語の選択という問題
この章の狙い
要点: なぜ支配者の言語で書くのか。
これがこの分野の中心の問いにあたる。書かないという選択もありえた。実際に、書くのをやめた作家も、別の言語に移った作家もいる。
この章は全地域に共通する。どの地域の章を読むにしても、先にここを通す。
問いの形
⚡ 同じ事実に、4つの評価がありうる
- 1 疎外(そがい)である — 支配者の言語で書くことは、支配を内面化することにあたる。
- 2 戦略である — 支配者の言語を使って、支配を内側から批判できる。
- 3 現実である — 学校教育がフランス語で行われた。選んだのではなく、それしか書けない。
- 4 所有の問題である — 言語は使う者のものになる。もはや支配者だけの言語ではない。
⚠️ どれが正しいかを決めない
- 作家ごとに、時期ごとに立場が違う。
- 同じ作家が、生涯の中で立場を変えることがある。
- 論じるときは、誰がいつどう言ったかを特定する。
4つの立場の中身
疎外という捉え方
⚡ 中身
- 学校で母語を否定され、フランス語を強いられた経験が背景にある。
- 書く言語と、話す言語と、考える言語がずれる。
- 読者もずれる。本国の読者に向けて書くことになる。
- フランツ・ファノン(第4章)が、言語と自己像の関係を早くに論じている。
戦略という捉え方
⚡ 中身
- 支配者の言語で書けば、支配者に届く。
- 国際的に読まれる。翻訳の経路も広い。
- 言語の内側から、その言語が前提にしているものを崩せる。
- これは08の領域の脱構築の発想と近い。
現実という捉え方
⚡ 中身
- 植民地の学校はフランス語で行われた。書き言葉として身についたのがフランス語である。
- 母語に文字の伝統が薄い場合、書く手段がない。
- したがって「選択」という言い方自体が実態と合わない場合がある。
- この点は、地域と世代によって大きく違う。
所有という捉え方
⚡ 中身
- 言語は、使う者によって変えられる。
- 語彙・統辞・リズムを作り変えて、自分の言語にする。
- アマドゥ・クルマ(第5章)やパトリック・シャモワゾー(第7章)の実践がこれにあたる。
- 「フランス語で書く」のではなく「フランス語を作り変える」という立場である。
二言語の間で
- 📘 二言語併用:2つの言語を使い分けて生きる状態のこと。フランス語圏の作家の多くがこの状態にある。
⚡ モロッコの評論家アブデルケビール・ハティビ(1938-2009)
- 二言語の状態そのものを主題にした。
- どちらか一方を選ぶのではなく、2つの間に立つことを積極的に捉える。
- 母語がフランス語の下に隠れている状態を書いた。
- この考え方は、マグレブの作家を読むときの基本の枠組みにあたる(第3章)。
⚠️ 「二言語だから豊か」で終わらせない
- 一方が公的で、一方が私的という非対称がある。
- 学校・行政・出版がフランス語で、家庭が母語という配置。
- この非対称を書くことが、多くの作品の主題になっている。
書くのをやめる/移る
⚡ 実際にあった選択
- フランス語で書くのをやめ、アラビア語に移った作家がいる。
- フランス語で書き続けたが、母語の構造をフランス語に持ち込んだ作家がいる。
- フランス語で書き、母語の作品を自ら訳した作家がいる。
- 映画に移った作家がいる。文字を読めない読者に届けるためという理由が語られる。
⚡ 判断の材料になる問い
- 誰に読まれることを想定しているか。本国の読者か、地元の読者か。
- どこで出版されているか。パリか、地元か。
- 翻訳されているか。どの言語へ。
- これらは第12章の調べ方につながる。
分析でどう使うか
⚡ 手順
- 1. その作家が、言語についてどう述べているかを探す。エッセイ、インタビュー、序文。
- 2. 作品の中に、言語そのものが主題として出てくる箇所を集める。
- 3. 文体を見る。母語の語彙・構文・リズムが入っていないか。
- 4. 出版の場と読者を確かめる。
- 5. そのうえで、4つの立場のどれに近いかを述べる。
⚠️ やってはいけない形
- 作家の出身地から立場を推定する。本人が述べていることを探す。
- 「フランス語で書いたから同化した」と断じる。最も単純な誤りにあたる。
- 1つの立場に固定する。時期によって変わる。
⚠️ この章で混同しやすい形
- 4つの立場のどれかが正しいと考える。作家ごと、時期ごとに違う。
- 二言語併用を、そのまま豊かさと考える。公的と私的の非対称がある。
- 「選択」という語を、どの地域にもそのまま当てる。書く手段がフランス語しかなかった場合がある。
- 出身地から立場を推定する。本人の言葉を探す。
文体に現れる4つの形
言語の立場は、文体に痕跡(こんせき)を残す。何を見るかを決めておく。
| 見るところ | 何が分かるか |
|---|---|
| 母語の語彙 | 訳さずにそのまま置かれた語。注が付くか、付かないか |
| 統辞(とうじ) | 母語の語順や構文がフランス語に持ち込まれていないか |
| リズム | 反復、呼びかけ、列挙。口承の形式の痕跡(第5章) |
| 説明の有無 | 地元の読者なら不要な説明が入っていないか |
⚡ 注の扱いがとくに効く
- 母語の語に注が付いていれば、本国の読者を想定している。
- 注がなければ、分からないまま読ませる選択にあたる。
- グリッサンの「不透明性への権利」は、この選択を理論化したものである(第7章)。
- 版によって注の量が違う場合がある(第12章)。
世代による変化
⚡ 独立の前後で問いが変わる
- 独立前 — フランス語で書くことが、支配の枠内での行為になる。
- 独立直後 — 国民の文学を作るという課題が加わる。どの言語で作るかが政治になる。
- 独立から数十年後 — フランス語で書くことが自明になった世代が現れる。問いの立て方が変わる。
- 現在 — 移動と亡命が常態になり、どこの文学かという問い自体が崩れる。
⚠️ 世代を特定せずに論じない
- 「マグレブの作家は」と一般化しない。
- 生年と、書き始めた時期を確かめる(第12章)。
⚡ 第2章の通過チェック
- 言語の選択をめぐる4つの立場を言える
- 疎外という捉え方の背景を説明できる
- 所有という捉え方の実践がどういうものかを言える
- 二言語併用の非対称を説明できる
- 書くのをやめる/移るという選択の例を3つ言える
- 分析の5段階と、やってはいけない形を3つ言える
次章へ
次章から地域に入る。最初はマグレブ——アルジェリア、モロッコ、チュニジアである。
フランスの支配がいちばん長く、いちばん深かった地域にあたる。アルジェリアは1830年から132年間、フランスの一部として統治された。その条件が、この地域の文学の形を決めている。