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中世の大学で行われた、討論の形式に基づく学問のこと。問いを立て、反対の意見を並べ、権威となる文献を引き、答えを示すという手順が定まっていた。
古代のキリスト教の著作家のこと。アウグスティヌス(354-430)がその代表で、内面と時間についての考察が、後の思想に長く影響した。
理性によって神の存在を示そうとする論証のこと。アンセルムスの証明は、「神」という概念そのものから存在を導く形をとる。この形式は、後にデカルトが取り上げ、さらに批判される(第4章)。
古代のギリシア語・ラテン語の文献を、後世の注釈を通さずに原典で読み直そうとする態度のこと。言語の正確さと文献の校訂を重んじた。
(1509-1564):フランス出身の宗教改革者。ジュネーヴで活動した。主著のフランス語訳が、フランス語の散文の形を整えたと評価されている。
ラ・ボエシ(1530-1563)が若くして書いた文章。なぜ多数の人が、少数の支配者に自ら従うのかを問うた。
モンテーニュ(1533-1592)が1580年から書き継いだ書物。「試み」という意味の語を書名にした。特定の主題について、自分の判断を試しながら書く形式にあたる。
真理に到達するための、あらかじめ定められた手順のこと。デカルトは、才能ではなく手順によって知が得られると考えた。
真理に到達するために、あえて意図的に疑うという手続きのこと。懐疑そのものが目的ではない点で、モンテーニュの懐疑とは違う。
世界を、考えるもの(精神)と広がりを持つもの(物体)という、まったく性質の違う2つの実体に分ける考え方のこと。
17世紀のカトリック内部の一派で、人間の意志の弱さと、神の恩寵(おんちょう)の絶対性を強調した。パリ近郊のポール・ロワイヤル修道院がその拠点になった。
パスカルが構想していた護教(ごきょう)の書のための断章群。未完のまま死後に刊行された。編集の順序が版によって違うため、引用のときは版と断章番号を示す必要がある。
神を信じるかどうかを、理性では決められないと認めたうえで、どちらに賭けるほうが得かという形で論じた議論のこと。信仰を証明ではなく決断の問題として扱った点が新しい。
人間の行動と動機を、体系ではなく短い断章や箴言(しんげん)の形で観察・記述する著作家のこと。道徳を説く人という意味ではない。
理性を用いて、受け継がれてきた権威・伝統・迷信を批判し、判断を自分で行おうとする態度のこと。フランス語では「光」を意味する語の複数形で呼ばれる。
ディドロとダランベールが中心となって編集された事典。本文編は1751年から1765年にかけて刊行された。学問だけでなく技術と職人の仕事を大きく扱った。
人類の知識と社会が、時間とともによりよくなっていくという考え方のこと。18世紀に強く主張されるようになった。
1748年刊。世界各地の法と政体を比較し、それぞれの条件との関係を論じた著作。
1763年刊。実際の冤罪(えんざい)事件をきっかけに書かれた著作で、信仰の違いを理由に人を罰することの不当さを論じた。
世界を作った神の存在は認めるが、啓示や奇跡、教会の権威は認めない立場のこと。ヴォルテールはこの立場に近いとされる。
精神も含めて、存在するのは物質だけだとする立場のこと。18世紀のフランスで、明確に主張されるようになった。
社会が成立する前の、仮に想定された人間の状態のこと。歴史的な事実の主張ではなく、思考のための仮定にあたる(第6章)。
共同体全体の利益を目指す意志のこと。個々人の意志の総和(全体意志)とは区別される。
人が生まれながらに持つとされる権利のこと。制度によって与えられるのではなく、制度が承認すべきものとされる(第6章)。
(1743-1794):数学者であり思想家。人類の精神の進歩を10の時代に分けて描く草稿を、追われる身のまま書いた。
観察できる事実と、そこから引き出される法則だけを知の対象とする立場のこと。神学的な説明も、形而上学(けいじじょうがく)的な説明も退ける。
産業社会が生む不平等を問題にし、所有と労働の仕組みを組み替えることで解決しようとする思想の総称。19世紀前半のフランスで、複数の形で現れた。
あらゆる出来事は、先行する原因によって必然的に決まっているとする考え方のこと。人間の行動もその例外ではないとすると、自由意志の位置が問題になる。
仮説を立て、条件を制御して確かめるという手続きのこと。医学と生理学で定式化され、他の領域にも広げられた。
意識が実際に生きている時間のこと。均質な単位に分けられず、量として測れない。互いに溶け合いながら流れる質的な変化として捉えられる。
対象の外側から記号や概念で捉えるのではなく、内側から共感的に捉えるという方法のこと。ベルクソンはこれを、知性による分析と対比した。
意識が常に「何かについての」意識であるという性質のこと。見ることは何かを見ること、考えることは何かを考えることであり、対象を持たない意識はない。
世界が存在するかどうかという問いをいったん括弧に入れ、現れているものを、現れているとおりに記述するという手続きのこと。
あらかじめ定められた本質を持たずに、現に存在してしまっているという人間のあり方のこと。
自分が自由であることから目をそらし、自分をあらかじめ決まった何かであるかのように扱う態度のこと。
世界には意味がないのに、人間は意味を求めてしまう——そのずれそのものを指す概念。世界が無意味だという主張ではない。
反抗が、それ自身の起点である「人間の尊厳」を裏切らないための境界のこと。目的のために無限の手段を認めないという原則にあたる。
意味するものと意味されるものが結びついた単位のこと。音のかたまりと概念の結合として捉えられる。
当事者が意識していないのに、実際の行動を規定している規則の体系のこと。話す人が文法を意識せずに正しく話すことと同じ関係にあたる。
言語以外のもの——衣服・食事・広告・写真・作法など——を、意味を運ぶ体系として分析する学問のこと。
幼児が鏡に映った自分の像を、まとまりのある自分として認めるとされる時期のこと。自己の像は、外から与えられるという論点を含む。
ある主題について、何を語りうるかを規定している語り方の総体のこと(フランス史の領域でも扱う)。個々の発言ではなく、その背後にある規則を指す。
意味が、差異によって生じると同時に、常に先送りされるという事態を指すために作られた語。「差異」と「遅延」を1語に重ねている。