近世|第7章 18世紀(2)— 法・寛容・百科全書
この章の狙い
要点: 個々の思想家に入ると、啓蒙が一枚岩でないことがはっきりする。
モンテスキューは制度を比較し、ヴォルテールは事件に介入し、ディドロは物質から考えた。問題意識も方法も違う。共通しているのは、権威をそのまま受け入れないという姿勢だけである。
年表
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1689年 | モンテスキュー誕生 |
| 1694年 | ヴォルテール誕生 |
| 1713年 | ディドロ誕生 |
| 1721年 | 『ペルシア人の手紙』 |
| 1734年 | ヴォルテール『哲学書簡』。発禁になる |
| 1748年 | 『法の精神』 |
| 1749年 | ディドロが投獄される |
| 1751年 | 『百科全書』第1巻 |
| 1759年 | 『百科全書』が一時停止される |
| 1763年 | ヴォルテール『寛容論』 |
| 1765年 | 『百科全書』本文編が完結 |
| 1778年 | ヴォルテールとルソーが相次いで死去 |
モンテスキュー — 制度を比較する
- 📘 『法の精神』:1748年刊。世界各地の法と政体を比較し、それぞれの条件との関係を論じた著作。
⚡ 3つの要点
- 政体の分類 — 共和政・君主政・専制の3つに分け、それぞれを支える原理を示した。共和政は徳、君主政は名誉、専制は恐怖であるとする。
- 権力の分立 — 立法・執行・裁判の権力が別々の手にあるべきだとした。権力が権力を止めるという発想にあたる。
- 条件との関係 — 法は、気候・土地・人口・宗教・慣習といった条件と関係している。普遍の法を演繹(えんえき)するのではなく、比較する。
⚠️ 気候の議論をどう扱うか
- 気候が国民の性格を決めるという記述があり、現在では強く批判されている。
- 地域を序列づける見方につながったという指摘がある(フランス史の領域の植民地の章を参照)。
- 一方、法を絶対的なものではなく条件との関係で見るという方法自体は、社会科学の先駆けとして評価される。
- レポートで扱うなら、方法の新しさと、その中の問題のある議論を分けて書く。
『ペルシア人の手紙』は同じ発想の文学版にあたる。外から見るという装置によって、自分の社会を相対化する(作品と作家の領域を参照)。
ヴォルテール — 事件に介入する
- 📘 『寛容論』:1763年刊。実際の冤罪(えんざい)事件をきっかけに書かれた著作で、信仰の違いを理由に人を罰することの不当さを論じた。
⚡ 方法の特徴
- 具体的な事件から始める。抽象的な原理から演繹しない。
- 短く、繰り返し、広く配る。小冊子・書簡・物語など、形式を使い分ける。
- 敵を1つに絞る。「不寛容」を標的として繰り返し攻撃した。
- 文学の形式を武器にした。『カンディード』のような物語も、議論の手段にあたる。
⚠️ ヴォルテールをめぐる論点
- 寛容の範囲 — 彼の寛容がどこまで及んでいたのかは論じられ続けている。当時の偏見を共有していた面も指摘される。
- 王政の擁護 — 啓蒙的な君主による改革を望んでおり、民主政を主張してはいない。
- ルソーとの対立 — 人間の本性と社会の見方をめぐって激しく争った(第8章)。
- 📘 理神論:世界を作った神の存在は認めるが、啓示や奇跡、教会の権威は認めない立場のこと。ヴォルテールはこの立場に近いとされる。
ディドロ — 物質から考える
- 📘 唯物論:精神も含めて、存在するのは物質だけだとする立場のこと。18世紀のフランスで、明確に主張されるようになった。
⚡ ディドロの位置
- 『百科全書』の編集を最後まで担った。組織者としての功績が大きい。
- 思想としては、物質の側から生命と精神を説明する方向へ進んだ。
- 対話の形式を好んだ。結論を出さずに、複数の声を並べる。
- 多くの著作が生前に刊行されていない。死後に刊行されたものが評価を変えた。
⚠️ 生前と死後で像が変わる思想家
- 同時代には主に『百科全書』の編集者として知られていた。
- 死後に刊行された対話や小説によって、思想家としての評価が変わった。
- したがって「18世紀の読者が読んだディドロ」と「現在のディドロ」は違う。
- これは思想史でしばしば起きることにあたる。
3人の比較
| モンテスキュー | ヴォルテール | ディドロ | |
|---|---|---|---|
| 中心の問い | 法と政体はどう成り立つか | 不寛容をどう終わらせるか | 物質から精神をどう説明するか |
| 方法 | 比較と分類 | 事件への介入と宣伝 | 対話と実験的な思考 |
| 形式 | 大部の論考と書簡体小説 | 小冊子・書簡・哲学的な物語 | 事典・対話・小説 |
| 政治的な立場 | 中間団体による権力の抑制 | 啓蒙的な君主による改革 | 明確な体系を示していない |
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⚡ 共通点と相違点
- 共通 — 権威をそのまま受け入れない。公衆に向けて書く。検閲を意識した形式を使う。
- 相違 — 何を最大の問題と見るかが違う。制度か、迷信か、自然の説明か。
- この違いが、革命期に別々の系譜として引き継がれる(第9章)。
検閲という条件
⚡ どう対応したか
- 国外で印刷する。スイスやオランダで刷り、持ち込む。
- 匿名と偽の刊行地。
- 形式を変える。論文ではなく物語、直接の主張ではなく登場人物の発言にする。
- 項目間の参照を使う。『百科全書』の技法にあたる。
- この条件が、18世紀の文学の形式そのものを作っている(フランス史の領域を参照)。
批判と論点
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 気候の議論 | 地域を序列づける見方につながったという批判 |
| 寛容の範囲 | 当時の偏見をどこまで共有していたか |
| 唯物論の一貫性 | 精神を物質から説明しきれているか |
| 啓蒙と植民地 | 普遍を掲げながら、植民地支配を正面から否定しなかったという指摘(フランス史の領域) |
4番目が現在最も活発な論点である。普遍的な原理を主張することと、その適用範囲が限られていたこととの緊張は、20世紀以降に繰り返し問われる(第19章・第20章)。
文学とのつながり
⚡ この時代の作品を読むときに要る背景
- 『ペルシア人の手紙』 — 外から見る装置。比較という方法の文学版にあたる。
- 『カンディード』 — 楽天主義への反駁が主題だが、同時に旅と見聞という形式が比較を可能にしている。
- 対話形式 — 複数の声を並べ、結論を出さない。検閲への対応でもあり、思想の方法でもある。
- 事典という形式 — 断片を並べて全体を作る。19世紀以降の小説の構成にも影響を与えたと論じられる。
⚠️ この時代で混同しやすい形
- モンテスキューの権力分立を、現代の三権分立とそのまま同じと考える。構想の力点が違う。
- ヴォルテールを民主主義の主張者と考える。啓蒙的な君主による改革を望んでいた。
- ディドロを『百科全書』の編集者としてだけ見る。死後刊行の著作が評価を変えた。
- 理神論を無神論と考える。世界を作った神の存在は認めている。
3人の受容史
同じ思想家でも、時代によって読まれ方が変わる。
| 18世紀 | 19世紀 | 20世紀以降 | |
|---|---|---|---|
| モンテスキュー | 政体論の著者 | 憲法の思想の源泉 | 比較の方法と、気候論の問題の両面で論じられる |
| ヴォルテール | 論争の人・有名人 | 共和政の象徴の一人 | 寛容の範囲をめぐって問い直される |
| ディドロ | 『百科全書』の編集者 | 死後刊行の著作で評価が変わる | 対話と唯物論の思想家として読まれる |
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⚡ なぜ受容史を見るのか
- 「その思想家が何を言ったか」と「どう読まれてきたか」は別である。
- 作品に思想家の名が出てきたとき、その時代の読まれ方を確かめる必要がある。
- たとえば19世紀の小説に出てくるヴォルテールは、共和派の象徴として機能していることが多い。
- これは表象の分析にあたる(フランス史の領域)。
『百科全書』の項目をどう読むか
⚡ 手順
- 執筆者を確かめる。署名のあるものとないものがある。
- 参照の指示を追う。「〜の項を見よ」という指示が、直接は書けない主張を運んでいることがある。
- 図版を見る。技術の記述は、本文だけでは分からない。
- 穏健な記述と急進的な記述の混在を前提に読む。全体の統一した学説を探さない。
⚠️ 電子版を使うときの注意
- どの版を電子化したものかを確かめる(文学研究の方法の領域を参照)。
- 項目の帰属をめぐる研究があり、確定していないものもある。
- 引用するときは、巻と頁を示す。
⚡ 第7章の通過チェック
- 『法の精神』の3つの要点を言える
- 気候の議論をどう扱うべきかを説明できる
- ヴォルテールの方法の特徴を4つ言える
- 理神論とは何かを言える
- ディドロの評価が死後に変わった理由を言える
- 3人の中心の問いをそれぞれ言える
- 検閲への対応を4つ言える
次章へ
次章はルソーである。同じ18世紀にいながら、他の啓蒙思想家と正面から対立した。
社会が人を堕落させると主張し、進歩そのものを疑った。そして主権は人民にあり、その意志は代表できないと論じた。この主張が革命期に強い力を持ち、同時に最も激しい論争の的になる。