近世|第8章 18世紀(3)— ルソー、自然と契約
この章の狙い
要点: ルソーは、同じ18世紀にいながら、他の啓蒙思想家と正面から対立した。
進歩そのものを疑い、社会が人を堕落させると主張した。そして主権は人民にあり、その意志は代表できないと論じた。この主張が革命期に強い力を持ち、同時に最も激しい論争の的になる。
年表
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1712年 | ジュネーヴに生まれる |
| 1750年 | 『学問芸術論』。懸賞論文に当選し、名を知られる |
| 1755年 | 『人間不平等起源論』 |
| 1758年 | 演劇をめぐってダランベールと対立 |
| 1761年 | 『新エロイーズ』(書簡体小説) |
| 1762年 | 『社会契約論』『エミール』。ともに発禁になり、逃亡する |
| 1765年以降 | 各地を転々とする |
| 1770年ごろ | 『告白』の執筆を終える |
| 1778年 | 死去。『告白』は死後に刊行される |
| 1794年 | 遺骸(いがい)がパンテオンに移される |
進歩への疑い
『学問芸術論』は、学問と芸術の進歩が人間の道徳を高めたかという問いに、否と答えた。
⚡ 主張の骨格
- 学問と芸術は、贅沢(ぜいたく)と虚栄から生まれた。
- 人は他人の目を意識するようになり、見せかけを重んじるようになった。
- したがって進歩は、道徳の面では後退である。
- この主張が、進歩を前提とする他の啓蒙思想家との対立を決定的にした(第6章)。
⚠️ 「自然に帰れ」という要約は正確ではない
- ルソー自身がこの言葉をそのまま書いたわけではない。
- 自然状態に戻れるとは考えていない。戻れないことを前提に、どう社会を作り直すかを論じている。
- この誤った要約が、19世紀以降に広まった。
不平等の起源
- 📘 自然状態:社会が成立する前の、仮に想定された人間の状態のこと。歴史的な事実の主張ではなく、思考のための仮定にあたる(第6章)。
⚡ 『人間不平等起源論』の論の運び
- 1. 自然状態の人間は、孤立して生き、自足しており、他人と比べることがない。善でも悪でもない。
- 2. 憐(あわ)れみという感情を持つ。他人の苦しみを見て動かされる。
- 3. 完成可能性 — 人間は変わりうる。この能力が、堕落の原因にもなる。
- 4. 私有の発生 — 「これは自分のものだ」と言い、他人がそれを信じたところから、不平等が始まる。
- 5. 社会の成立 — 富める者が、自分の所有を守るために法と国家を作らせた。したがって既存の社会は不平等を固定する装置である。
⚠️ 2種類の不平等を区別する
- 自然的な不平等(体力・年齢など)と、政治的・社会的な不平等(富・地位・権力)を分ける。
- 問題にされているのは後者にあたる。
- 後者は自然に由来せず、人間が作ったものだから、変えられるという含みを持つ。
社会契約
- 📘 一般意志:共同体全体の利益を目指す意志のこと。個々人の意志の総和(全体意志)とは区別される。
公有の一文から。
⚡ « L'homme est né libre, et partout il est dans les fers. »
- 訳:人は自由なものとして生まれた。しかしいたるところで鎖につながれている。
- 『社会契約論』の冒頭にあたる。
- 事実の記述ではなく、問いの提示である。なぜこうなったのか、どうすれば正当な社会が可能かを続けて論じる。
⚡ 社会契約の構図
- 各人が、自分の権利をすべて共同体に譲り渡す。
- 全員が同じことをするので、誰も他人に従属しない。
- その結果生まれる主権者は、人民全体にあたる。
- したがって法に従うことは、自分自身の意志に従うことになる。
⚠️ 最も論争的な2点
- 主権は代表できない。代議制を、ルソーは主権の譲渡として批判した。現代の代表制民主主義とは前提が違う。
- 「自由であるよう強制される」という趣旨の記述がある。一般意志に従わない者を、共同体が従わせるという含みを持つ。
- この記述が、20世紀に全体主義の先駆けだという批判を招いた。
- 反論もある。一般意志は多数決とは違い、また文脈上の限定があるという読みである。決着していない。
教育と自己
『エミール』は、一人の子どもを社会から離して育てるという設定で書かれた教育論である。
⚡ 要点
- 子どもは小さな大人ではない。子ども固有の時期があるとした。
- 教えるより、経験させる。書物より事物から学ばせる。
- 社会の影響を遅らせることで、比較と虚栄を避ける。
- ただし女子の教育については、男子と全く違う扱いをしている。この点は19世紀以降、繰り返し批判される(第19章)。
『告白』は、自分の生涯を、恥ずべきことも含めてすべて語ると宣言した自伝である。
⚡ 思想史上の位置
- 内面を語るという行為そのものを、正当な主題にした。
- 「私」が真実を語れるという前提に立っている。
- この前提が、20世紀に疑われる(第18章)。語る「私」は、語ることによって作られているのではないか。
批判と論点
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 一般意志 | 全体主義の先駆けか、それとも民主主義の徹底か |
| 代表制の否定 | 現実の統治に適用できるのか |
| 自然状態 | 仮定として一貫しているか |
| 女子教育 | 『エミール』の記述は、当時から批判があった。現在は主要な論点の一つ |
| 自伝の真実性 | 語られた「私」は、書くことで作られたのではないか |
文学とのつながり
⚡ この時代の作品を読むときに要る背景
- 『告白』 — 自伝という形式の出発点として扱われる。作品と作家の領域で正面から扱う。
- 『新エロイーズ』 — 感情を主題にした書簡体小説。18世紀後半の読者の感受性を変えたとされる。
- 自然という語 — ルソーの用法は、社会の批判のためであると同時に、内面の真実の基準でもある。
- ロマン主義への影響 — 内面・自然・孤独という主題が、19世紀の文学に受け継がれる(文学史の領域)。
⚠️ この時代で混同しやすい形
- 「自然に帰れ」がルソーの主張だと考える。戻れないことを前提に論じている。
- 自然状態を歴史的事実の主張と考える。思考のための仮定である。
- 一般意志を多数決と考える。全体意志とは区別されている。
- ルソーを他の啓蒙思想家と同じ立場と考える。進歩をめぐって正面から対立した。
ルソーの受容史
ルソーほど、読まれ方が政治的な立場と結びついた思想家は少ない。
| 時期 | 読まれ方 |
|---|---|
| 1760年代 | 発禁と逃亡。同時に読者は急速に広がる |
| 革命期 | 主権と一般意志の思想として引かれる(第9章) |
| 19世紀前半 | ロマン主義が、内面と自然の主題を受け取る(文学史の領域) |
| 19世紀後半 | 革命の評価をめぐって、擁護と非難が分かれる |
| 20世紀 | 一般意志をめぐる論争が続く。全体主義との関係が争点になる |
| 20世紀後半 | 言語と書くことをめぐる読み直しが行われる(第18章) |
⚡ 受容史から分かること
- 同じテクストが、正反対の立場から引用されてきた。
- したがって「ルソーは〜と主張した」と書くときは、どの著作のどの箇所かを示す。
- 著作ごとに立場が違って見えることがある。『社会契約論』と『エミール』では、社会の扱いが異なる。
自伝という形式の余波
⚡ 『告白』が開いたもの
- 内面を語ることを、正当な主題にした。
- 恥ずべきことも書くという宣言が、以後の自伝の型になる。
- 19世紀の自伝と、20世紀の自伝的な作品が、この形式を引き継ぐ(作品と作家の領域)。
- 同時に、「語る私」の真実性という問題を残した。
⚠️ 20世紀の問い直し
- 書くことによって「私」が作られるのではないかという問いが立てられる(第18章)。
- したがって自伝は、事実の報告としては読めない。
- この論点は、自伝を扱うレポートの中心的な切り口になる(文学研究の方法の領域)。
⚡ 第8章の通過チェック
- 『学問芸術論』の主張の骨格を言える
- 「自然に帰れ」という要約が正確でない理由を言える
- 『人間不平等起源論』の論の運びを5段階で言える
- 2種類の不平等の区別を言える
- 一般意志と全体意志の違いを言える
- 一般意志をめぐる2つの読みを説明できる
- 『告白』の前提と、それが20世紀に疑われる点を言える
次章へ
次章は革命期の思想である。18世紀に用意された概念が、実際の政治の場で使われるとどうなるか。
主権・人権・徳・恐怖。これらの語が現実の制度と暴力に結びついたとき何が起きたのかは、19世紀以降の政治思想が繰り返し立ち返る問いになる。