現代|第19章 性差と他者 — フェミニズムの思想
この章の狙い
要点: この章の中心にあるのは、女は生まれるのではなく作られるという主張である。1949年の著作で示され、以後の議論の出発点になった。
そしてここで、第9章で見た「普遍と適用範囲の緊張」が正面から主題になる。普遍を掲げながら特定の人々を除いてきた思想の歴史そのものが問い直される。
年表
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1791年 | 女性の権利を宣言する文書が書かれる(第9章) |
| 1949年 | ボーヴォワール『第二の性』 |
| 1944年 | 女性の参政権が定められる(フランス史の領域) |
| 1960年代 | 社会運動の中で、女性の位置が問題にされる |
| 1970年代 | 運動と理論が並行して進む |
| 1975年 | 人工妊娠中絶を認める法律(フランス史の領域) |
| 1970年代 | 言語と身体をめぐる理論的な議論が展開する |
| 1980年代以降 | 平等か差異かという対立が焦点になる |
| 1990年代以降 | 人種・階級との交差が主題になる |
| 2000年代以降 | 制度の面での議論(男女同数、共和政の原則との関係) |
⚠️ この章では本文を引用していない
- 20世紀以降の著作は著作権が存続している。主張の中身を記述で扱う。
『第二の性』
1949年の著作は、2つのことを同時に行った。
⚡ 1. 記述
- 生物学・精神分析・史的唯物論による説明を検討し、いずれも十分でないとした。
- 神話・文学・宗教における女性の像を集め、それがどう作られてきたかを示した。
- 実際の生活の局面(幼年期・結婚・母性・老い)を記述した。
⚡ 2. 概念の提出
- 女は生まれるのではなく作られる——生物学的な事実が、そのまま社会的な位置を決めるのではない。
- 女性は「他者」として構成されている——男性が基準(普遍)とされ、女性はそこからの差異として定義される。
- これは対称的な区別ではない。一方が基準になり、他方が「その他」になるという非対称にあたる。
- 内在と超越という対で、状況の中に押しとどめられることと、そこを越えて企てることを区別した。
⚡ 実存主義との関係
- 状況の中の自由という枠組み(第14章)を、性差の分析に適用している。
- 「本質」を前提にしないという点で、実存主義の主張と一貫している。
- ただし、状況の重さの記述が、自由の主張より前面に出る場面がある。この緊張が論点になってきた。
平等か差異か
1970年代以降、大きく2つの方向が現れた。
| 平等を求める方向 | 差異を主張する方向 | |
|---|---|---|
| 主張 | 同じ権利と同じ扱いを求める | 差異を消さずに認めさせる |
| 前提 | 普遍の原理は正しく、適用が不徹底だった | 普遍とされてきたものが、実は一方の側の基準だった |
| 危険 | 既存の基準に合わせることになりかねない | 本質化に陥りかねない |
| フランスでの争点 | 共和政の原則との相性がよい | 共和政の原則と衝突しやすい |
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⚡ フランス固有の事情
- 共和政の原則は、市民を出自や属性ではなく個人として扱う(フランス史の領域を参照)。
- したがって「女性として」の権利を主張することが、原則と衝突しうる。
- この緊張が、制度をめぐる議論(選挙の候補者の男女同数など)で表面化した。
- 同じ対立が、移民や宗教をめぐる議論でも反復される(第20章)。
言語と身体をめぐる議論
1970年代、言語の側から性差を論じる理論が現れた。
⚡ 中心にある問い
- 言語そのものが、一方の側の視点で組み立てられているのではないか。
- 文法上の性、比喩、語の連想。これらは中立ではないのではないか。
- したがって、別の書き方が可能なのではないか。
- 身体の経験を書くことが、言語の組み替えにつながるという主張が出された。
⚠️ この方向への批判
- 本質化の危険。「女性の書き方」を語ることが、固定した女性像を作らないか。
- 理論の難解さが、運動から離れているという批判。
- 一方、この議論が文学研究に与えた影響は大きい(文学理論・批評の領域で扱う)。
交差する差別
1990年代以降、性差だけを取り出す枠組みが問い直された。
⚡ 論点
- 同じ「女性」といっても、階級・出自・国籍によって置かれている条件が違う。
- 性差だけを軸にすると、その差が見えなくなる。
- 植民地の歴史を踏まえた批判が、旧植民地に出自を持つ書き手から提出された(フランス史の領域)。
- したがって、複数の軸を同時に見る必要がある。
⚠️ フランスでの受け止められ方
- 属性ごとに人を数えないという共和政の原則が、この議論を進めにくくしている面がある(フランス史の領域)。
- 一方で、差別の実態を測れないという批判もある。
- どちらの立場にも、共和政の原則に立つ論拠がある。この点を押さえたうえで論じる。
思想史そのものへの問い
⚡ この章が思想史に投げかけるもの
- 第4章から第18章までに出てきた思想家は、ほとんどが男性である。
- これは偶然ではなく、教育と出版と制度の条件による(フランス史の領域)。
- したがって「普遍的な人間」を論じてきたテクストが、実際には特定の位置から書かれていたという指摘が成り立つ。
- この指摘は、思想を無効にするのではなく、読み方を変える。どこから書かれているかを問うことになる。
批判と論点
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 平等か差異か | どちらの戦略にも危険がある。決着していない |
| 本質化 | 差異を語ることが、固定した像を作らないか |
| 普遍の位置 | 普遍を捨てるのか、作り直すのか |
| 交差性と共和政 | 属性を数えないことが、差別を見えなくしないか |
| 理論と運動 | 理論の難解さと、実際の運動との距離 |
文学とのつながり
⚡ 文学研究にどう関わるか
- 正典の見直し — 誰の作品が読み継がれてきたのかを問う。文学史の枠組みそのものへの問いにあたる。
- 書き手の位置 — 作品がどの位置から書かれているかを、分析の要素として扱う。
- 描かれ方の分析 — 作品の中で人物がどう描かれているかを、表象の問題として読む(フランス史の領域の表象を参照)。
- 読者の位置 — 誰に向けて書かれているかを問う。
- 具体的な方法は、文学理論・批評の領域で扱う。
⚠️ この章で混同しやすい形
- 「女は生まれるのではなく作られる」を、生物学的な事実の否定と考える。事実が社会的な位置を決めるのではないという主張である。
- 「他者」を単なる「他人」と考える。基準となる側に対して「その他」に置かれるという非対称を指す。
- 平等と差異のどちらかが正しいと考える。どちらにも論拠と危険がある。
- 交差性の議論を、性差の軽視と考える。複数の軸を同時に見る必要の指摘にあたる。
用語を整理する
この主題は用語が多く、混同されやすい。
| 語 | 意味 |
|---|---|
| 性別と社会的な性差 | 生物学的な区分と、社会的に作られる役割・規範を区別する枠組み |
| 他者化 | ある集団を、基準から外れた「その他」として構成する働き(本章) |
| 本質化 | ある集団に、固定した性質があるかのように語ること |
| 交差性 | 複数の差別の軸が重なり合うという視点 |
| 表象 | 言葉や絵によってどう描き出されるか(フランス史の領域) |
⚠️ 使うときの注意
- 訳語が複数ある語が多い。1つに決めて、最初に断る。
- 運動の文脈と学術の文脈で用法が違う場合がある。
- 日本の文脈にそのまま当てはめない。フランスの制度と歴史を前提とした議論にあたる。
フランス固有の制度的な争点
⚡ 共和政の原則との衝突が具体化した例
- 選挙の候補者の男女同数 — 属性による区分を持ち込むことになるため、憲法上の議論を要した。
- 公的な統計 — 属性ごとに人を数えないという運用(フランス史の領域)。
- 公立学校での宗教的な標章 — 性差と宗教と共和政の原則が交差する争点になった。
- これらはいずれも、普遍と差異の緊張が制度の形で現れた例にあたる(第20章)。
⚠️ レポートで扱うときの注意
- 現在進行中の論争である。「〜という議論がある」と書く。
- 法律の名称と年を確かめる(フランス史の領域)。
- 両方の立場が共和政の原則に立って論じていることを踏まえる。
⚡ 第19章の通過チェック
- 『第二の性』が同時に行った2つのことを言える
- 「他者」として構成されるという主張の非対称を説明できる
- 内在と超越の対を言える
- 平等を求める方向と差異を主張する方向を、4つの面から対比できる
- 共和政の原則との衝突がなぜ起きるかを説明できる
- 交差性の議論の論点を言える
- この章が思想史そのものに投げかける問いを言える
次章へ
最終章は現代である。いま何が問われているのかを扱う。
普遍性はまだ主張できるのか。承認と差異をどう両立させるか。技術と環境は、人間という前提そのものを揺るがしていないか。そして記憶をどう扱うか。この教材が追ってきた線が、現在のどこに届いているかを確かめる。