20世紀|第16章 構造主義(1)— 言語と親族
この章の狙い
要点: 構造主義は、思想史の大きな転換点である。
ここまでの章は、どれも「意識」や「私」から出発していた。構造主義は、その出発点そのものを外す。意味は、意識が与えるのではなく、体系の中の差異から生まれる。
この主張は言語学から始まり、親族の研究を経て、人文学の全体に広がった。
年表
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1857年 | ソシュール誕生 |
| 1907〜1911年 | ジュネーヴでの講義 |
| 1913年 | ソシュール死去 |
| 1916年 | 『一般言語学講義』が、学生の筆記をもとに刊行される |
| 1920〜30年代 | 音韻論が発展する |
| 1949年 | レヴィ=ストロース『親族の基本構造』 |
| 1955年 | 『悲しき熱帯』 |
| 1958年 | 『構造人類学』 |
| 1960年代 | 構造主義が広い分野に及ぶ(第17章) |
| 1966年前後 | 構造主義の年と呼ばれるほど関連の著作が集中する |
⚠️ 引用について
- ソシュールの著作は著作権が切れているが、この教材では用語の説明にとどめる。
- 20世紀後半の思想家については、記述だけで扱う。
記号の考え方
- 📘 記号:意味するものと意味されるものが結びついた単位のこと。音のかたまりと概念の結合として捉えられる。
⚡ 3つの基本命題
- 1. 恣意(しい)性 — 音と概念の結びつきに、必然的な理由はない。同じ概念が言語ごとに違う音を持つのはそのためである。
- 2. 差異 — 語の意味は、他の語との違いによって決まる。それ自体に中身があるのではない。
- 3. 体系 — したがって、語は体系の一部としてしか意味を持たない。
⚡ なぜこれが転換になるのか
- 意味の起源が、話す人の意識から、体系の側へ移る。
- 「私が言葉に意味を与える」のではなく、「言葉の体系の中で私が話す」という順序になる。
- この順序の逆転が、そのまま人間観の転換につながる(第18章)。
| 対 | 内容 |
|---|---|
| 言語(体系)と発話 | 社会が共有する体系と、個々人の実際の発話を区別する |
| 共時と通時 | ある時点での体系のあり方と、時間の中での変化を区別する |
| 統合と選択 | 語を並べる軸と、置き換えられる語を選ぶ軸 |
⚠️ 区別の目的を押さえる
- どちらか一方が重要だという主張ではない。分析の対象を明確にするための区別にあたる。
- ただし構造主義は、共時と体系の側を主に扱った。この偏りが、後に歴史の軽視として批判される。
- 文学の分析への応用は、文学理論・批評の領域で扱う。
音韻論からの発想
⚡ 決定的だったこと
- 音を、それ自体の性質ではなく、他の音との対立で捉える。
- 意味を区別する働きを持つ差異だけを取り出す。
- 要素の数は少なくても、組み合わせで膨大な語が作れる。
- この「少数の要素と、その組み合わせの規則」という発想が、言語以外の対象にも当てはめられた。
親族の構造
レヴィ=ストロースは、この発想を親族の研究に持ち込んだ。
⚡ 論の骨格
- 親族の名称と婚姻の規則を、体系として扱う。
- 重要なのは個々の名称の意味ではなく、それらの対立と組み合わせの規則である。
- 近親婚の禁止を、自然から文化への移行点として位置づけた。禁止によって、集団の間で人が交換されるようになる。
- したがって親族の体系は、交換の体系として捉えられる。
- 📘 無意識の構造:当事者が意識していないのに、実際の行動を規定している規則の体系のこと。話す人が文法を意識せずに正しく話すことと同じ関係にあたる。
⚠️ 精神分析の無意識と混同しない
- 抑圧された欲望のことではない。
- 意識に上らない規則の体系を指す。
- 同じ語が、まったく違う対象を指している例にあたる(第17章で両者が接近する)。
神話の分析
⚡ 方法の要点
- 神話を、要素の組み合わせとして扱う。
- 1つの版が正しいのではなく、諸版の全体が神話であるとした。
- 対立する項(生と死、自然と文化など)が、どう媒介されるかを見る。
- 神話は、解決できない矛盾を扱う思考の形式だと論じた。
⚠️ 「未開/文明」という枠組みへの態度
- レヴィ=ストロースは、諸集団の思考を優劣で序列づける見方を退けた。
- 異なる思考の様式であって、劣った段階ではないとした。
- これは19世紀以来の進歩の枠組みへの批判にあたる(第10章・第11章)。
- ただし、その記述の仕方自体が後に問い直される(第20章)。
批判と論点
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 歴史の扱い | 体系を優先することで、変化と歴史が説明できなくなるという批判 |
| 主体の消去 | 人間の行為と選択の位置がなくなるのではないか |
| 説明の適用範囲 | 言語で有効な方法を、他の領域にそのまま当てはめてよいのか |
| 記号の恣意性 | 恣意的だとしても、体系がどう成立し変化するのかは説明が要る |
1番目と2番目が、1960年代後半からの批判の中心である。この批判が、ポスト構造主義への移行を用意する(第18章)。
文学とのつながり
⚡ 文学研究に何をもたらしたか
- 作品を体系として扱う視点。要素の関係から意味を読む。
- 作者の意図を出発点にしない読み方。
- 物語を、要素の組み合わせとして分析する試み。
- ただし具体的な分析の方法は、文学理論・批評の領域で扱う。この教材は、その考え方の出どころを押さえる。
⚠️ この章で混同しやすい形
- 恣意性を「意味は何でもよい」と考える。音と概念の結びつきに必然性がないという主張であり、体系の中では決まっている。
- 共時と通時のどちらかが正しいと考える。分析の対象を分ける区別である。
- 構造の無意識を、精神分析の無意識と同じと考える。意識に上らない規則の体系を指す。
- 『一般言語学講義』をソシュール自身の著作と考える。学生の筆記をもとに死後に編まれた。
日本語訳の揺れ
構造主義の用語は、訳語が定まっていないものが多い。
| 概念 | 訳語の例 |
|---|---|
| 記号の2つの側面 | 能記/所記、意味するもの/意味されるもの、シニフィアン/シニフィエ |
| 体系と発話の区別 | ラング/パロール、言語/言語活動 |
| 時間軸の区別 | 共時/通時 |
| 語を並べる軸と選ぶ軸 | 統合/範列、連辞/連合 |
⚠️ レポートでの扱い
- 1つの訳語に決めて、最初に断る。「本稿では〜と訳す」と書けばよい。
- 原語を併記する。訳語が違っても、読者が同じ概念だと分かる。
- 引用するときは、その訳書の訳語をそのまま使う。勝手に置き換えない(文学研究の方法の領域)。
「構造」という語の広がり
⚡ どこまでを構造主義と呼ぶか
- 厳密には、言語学の方法を明示的に他分野へ移した仕事を指す。
- しかし1960年代には、体系や関係を重んじる議論が広く「構造主義」と呼ばれた。
- 当人が否定した例も多い。レヴィ=ストロース以外は、自ら名乗っていないことがある。
- したがって「構造主義者」という括りは、慎重に使う。
⚡ 文学研究で「構造」を使うとき
- 要素の関係の総体を指すのか、繰り返し現れる型を指すのかを区別する。
- 後者は、構造主義とは無関係にも使われる語にあたる。
- どちらの意味で使っているかを、最初に定義する。
⚡ 第16章の通過チェック
- 記号の3つの基本命題を言える
- 意味の起源がどこへ移ったかを説明できる
- 3つの対(体系と発話、共時と通時、統合と選択)を言える
- 音韻論からの発想の要点を4つ言える
- 親族の体系がなぜ交換の体系とされるかを言える
- 構造の無意識と、精神分析の無意識の違いを言える
- 構造主義への主要な批判を2つ言える
次章へ
次章は構造主義(2)である。同じ発想が、記号・無意識・イデオロギーへ広がっていく。
文化のあらゆるものを記号として読む試み、無意識を言語のように構造化されたものとして捉える試み、そして社会の仕組みを構造として説明する試み。1960年代のフランスで、これらが同時に進行した。