20世紀|第14章 実存主義 — 自由と責任
この章の狙い
要点: 実存主義の中心にある主張は1つである。人間はあらかじめ本質を持たない。先に存在し、後から自分が何であるかを作る。
したがって人間は自由であり、その自由から逃れられない。そして自由であるということは、言い訳ができないということでもある。
この主張が、戦後の数年間、哲学の枠を超えて広がった。そして1950年代末には、強い批判にさらされる。
年表
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1938年 | サルトルの最初の小説 |
| 1943年 | サルトルの主著が刊行される。占領下 |
| 1945年 | 戦後の数年、実存主義が流行語になる |
| 1946年 | サルトルが実存主義を擁護する講演を行う |
| 1947年 | ボーヴォワールが倫理をめぐる著作を発表 |
| 1949年 | ボーヴォワール『第二の性』(第19章へ) |
| 1951年 | カミュ『反抗的人間』。翌年サルトルと決裂(第15章へ) |
| 1950年代 | マルクス主義との関係が中心的な問題になる |
| 1960年 | サルトルが弁証法をめぐる大著を発表 |
| 1960年代 | 構造主義の台頭により、位置が大きく変わる(第16章) |
⚠️ この章では本文を引用していない
- 20世紀の思想家の著作は著作権が存続している。主張の中身を記述で扱う(第1章)。
存在が本質に先立つ
- 📘 実存:あらかじめ定められた本質を持たずに、現に存在してしまっているという人間のあり方のこと。
⚡ 主張の構造
- 道具は本質が先にある。ペーパーナイフは「切るためのもの」という規定が、作られる前にある。
- 人間にはそれがない。神による設計図を認めないなら、あらかじめ決まった人間の本質もない。
- したがって人間は、まず存在し、そのあとで自分が何であるかを作る。
- この順序の逆転が、実存主義の核心にあたる。
⚡ 帰結としての自由と責任
- 選ばないという選択も、選択である。逃れられない。
- 自分を選ぶことは、同時に人間のあり方を選ぶことでもあるとされた。
- したがって責任が伴う。「そう育ったから」「そういう時代だから」は言い訳にならない。
- この厳しさが、当時の読者に強い印象を与えた。
自己欺瞞
- 📘 自己欺瞞(じこぎまん):自分が自由であることから目をそらし、自分をあらかじめ決まった何かであるかのように扱う態度のこと。
⚡ どういう形を取るか
- 役割に自分を同一化する。「私は給仕だから」と、役割が自分そのものであるかのようにふるまう。
- 過去に責任を押しつける。「私はこういう人間だ」と、変えられないものとして扱う。
- 他人の視線を、自分の本質として受け取る。
- これらはいずれも、自由から逃げる形として分析された。
⚠️ 自己欺瞞は「嘘」ではない
- 他人をだますのではなく、自分に対して行われる。
- 完全にだませるわけでもない。どこかで知っている、という二重性がある。
- この二重性の分析が、実存主義の心理記述の中心にあたる。
他者
他者は、実存主義において特別な位置を占める。
⚡ 視線という主題
- 他人に見られることで、自分が「対象」になる。自分では捉えられない自分の姿が、他人の側にある。
- したがって他者との関係は、根本的に緊張をはらむとされた。
- 「地獄とは他人のことだ」という趣旨の台詞が戯曲に出てくるが、これは特定の状況を語った台詞であって、単純な人間嫌いの表明ではない。
- 前章のヘーゲル受容(承認をめぐる論点)が、ここに流れ込んでいる(第13章)。
状況と参加
⚡ 自由は状況の中にある
- 自由は無条件ではない。身体・階級・時代・言語といった条件の中で行使される。
- その条件を「状況」と呼び、自由は状況の中でこそ意味を持つとした。
- したがって政治への参加が問題になる。書くことも行為であり、選択にあたる。
- 文学は何のためにあるかという問いが、この文脈で立てられた。
⚠️ 政治的立場をめぐる論争
- 戦後、マルクス主義との関係が最大の問題になった。
- 自由を出発点とする哲学と、社会の構造を重視する立場をどう両立させるか。
- この緊張が、カミュとの決裂(第15章)にも、後の理論的な模索にも現れる。
- 1950年代の政治的立場をめぐる評価は、現在も論争がある。
批判と論点
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 主体からの出発 | 構造主義による最大の批判。「私」は出発点ではなく、言語と社会の構造の産物ではないか(第16章) |
| 自由の過大評価 | 現実の制約を軽く見ているのではないか |
| 個人と集団 | 個人の選択から出発して、社会の変革をどう考えるか |
| 流行としての側面 | 戦後の流行の中で、内容が単純化されて広まったという指摘 |
1番目が思想史の転換点にあたる。1960年代に、主体を出発点に置く哲学が古いものとされる。この転換を理解することが、20世紀後半のフランス思想を読む鍵になる。
文学とのつながり
⚡ なぜ文学と結びついたか
- 思想家自身が小説と戯曲を書いた。理論と作品が同じ人の手から出ている。
- 具体的な状況を描く必要があった。抽象的な議論より、場面のほうが主張を伝える。
- 戦後の読者が、占領期の経験(フランス史の領域)を語る言葉を求めていた。
- 「参加する文学」という考え方が、作家の役割をめぐる議論を組み替えた。
⚠️ 作品を思想の例解として読まない
- 同じ作者でも、理論の著作と小説では書き方が違う。
- 小説の人物は、理論を代弁する装置ではない。
- ずれているところにこそ、作品固有のものがある(第1章)。
- レポートで扱うなら、作品の記述を根拠にする。
⚠️ この章で混同しやすい形
- 実存主義を「自由に生きよう」という励ましと考える。むしろ逃れられない責任を突きつける主張である。
- 自己欺瞞を「嘘」と考える。自分に対して行われ、二重性を持つ。
- 「地獄とは他人のことだ」を人間嫌いの表明と考える。戯曲の特定の状況の台詞である。
- 実存主義を1950年代以降も主流と考える。構造主義の台頭で位置が大きく変わった。
流行と単純化
実存主義は、戦後の数年で急速に広まり、そして単純化された。
⚡ 何が起きたか
- 新聞と雑誌で語られ、思想の内容より態度として受け取られた。
- 「自由に生きる」「反抗する」という標語に還元された面がある。
- カフェや服装と結びつけて語られ、流行として消費された。
- 当の思想家自身が、この単純化に対して説明を試みている。
⚠️ レポートで扱うときの注意
- 流行としての実存主義と、著作の主張を分ける。
- 1946年の講演は、単純化への応答として読める。同時に、そこでの説明が主著と食い違うという指摘もある。
- どのテクストを根拠にしているかを明示する。
演劇という形式
この時期の思想が演劇を使ったことには理由がある。
⚡ なぜ舞台か
- 状況を具体的に提示できる。抽象的な議論より、場面のほうが伝わる。
- 他者の視線を、文字どおり舞台の上で作れる。
- 占領下と戦後の統制の中で、寓意(ぐうい)として語る手段になった(フランス史の領域)。
- 観客に届く。思想が読者から観客へ広がった。
⚡ 分析するときの注意
- 戯曲は上演されて完成する(作品と作家の領域)。ト書きと沈黙を飛ばさない。
- 登場人物の台詞は、作者の主張ではない。
- 同じ主題が、論考と戯曲で違う扱いを受けていることが多い。その差が分析の対象になる。
⚡ 第14章の通過チェック
- 「存在が本質に先立つ」という主張の構造を、道具との対比で説明できる
- 自由から帰結する責任の中身を言える
- 自己欺瞞が取る3つの形を言える
- 他者の視線をめぐる論点と、その出どころを言える
- 状況という概念が自由をどう限定するかを言える
- 実存主義への最大の批判が何かを言える
- 作品を思想の例解として読んではいけない理由を言える
次章へ
次章は不条理と反抗である。カミュをめぐる論争を扱う。
カミュは実存主義者と呼ばれることを拒んだ。そして1951年の著作をきっかけに、歴史と暴力をめぐってサルトルと決裂する。この論争は、目的が手段を正当化しうるかという、第9章から続く問いの20世紀版にあたる。