19世紀|第10章 19世紀前半 — 実証主義と社会主義の誕生
この章の狙い
要点: 革命の後、社会をどう作り直すかが問われた。答えは大きく2つの方向に分かれる。
実証主義は、科学の方法で社会を扱おうとした。社会主義は、産業社会が生む新しい不平等を主題にした。どちらも、革命が終わっていないという感覚から出発している。
年表
| 年 | 出来事 |
|---|---|
| 1802年 | 復古の思想が現れ、革命への批判が体系化される |
| 1810年代 | サン=シモンが産業社会の構想を示す |
| 1820年代 | フーリエが共同体の構想を発表する |
| 1830年 | 七月革命。社会の問題が正面に出る |
| 1830〜1842年 | コント『実証哲学講義』 |
| 1830年代 | 貧困の実態調査が行われ、報告書が出版される |
| 1840年 | プルードンが所有をめぐる問いを立てる |
| 1848年 | 二月革命と六月蜂起。社会的な共和政の要求が敗れる |
| 1850年代以降 | 実証主義が学問と教育に浸透していく |
実証主義
- 📘 実証主義:観察できる事実と、そこから引き出される法則だけを知の対象とする立場のこと。神学的な説明も、形而上学(けいじじょうがく)的な説明も退ける。
⚡ コントの3段階の法則
- 神学的段階 — 現象を神々や霊の意志で説明する。
- 形而上学的段階 — 抽象的な実体や本質で説明する。
- 実証的段階 — 観察と法則で説明する。なぜではなく、どのようにを問う。
- 人類の精神も、個々の学問も、この順に進むとされた。
| 主張 | 内容 |
|---|---|
| 学問の分類 | 単純なものから複雑なものへ。数学から始まり、社会学が最後に来る |
| 社会学の創設 | 社会も自然と同じく法則に従うとして、科学の対象にした |
| 秩序と進歩 | この2つを両立させることを目標に掲げた |
| 予見のための知 | 知ることは予見するためであり、予見は行動のためである |
⚠️ 実証主義をどう扱うか
- 「事実だけを扱う」という主張自体が、1つの立場である。何を事実と見なすかは、あらかじめ決まっていない。
- 社会を自然と同じ方法で扱えるかという問いは、以後ずっと論じられる。
- 19世紀後半の文学(自然主義)は、この枠組みを取り込んだ(文学史の領域を参照)。
- 20世紀には、この前提が正面から批判される(第13章・第16章)。
社会主義の誕生
- 📘 社会主義:産業社会が生む不平等を問題にし、所有と労働の仕組みを組み替えることで解決しようとする思想の総称。19世紀前半のフランスで、複数の形で現れた。
| 構想 | 内容 |
|---|---|
| 産業者による社会 | 生産に携わる者が社会を運営すべきだとする。技術と組織を重んじる |
| 共同体の構想 | 情念を抑えるのではなく、うまく組み合わせることで調和した共同体を作るという発想 |
| 所有への問い | 所有とは何かを正面から問い、既存の所有権を批判した |
⚡ 共通していること
- 政治の変革だけでは足りないという認識。1789年は所有の問題に触れなかった。
- 労働と生産の組織を問題にする。
- 具体的な計画を示す。理念だけでなく、共同体や組織の設計を書いた。
- 1848年に、この要求が政治の舞台に出て、そして敗れる(フランス史の領域を参照)。
⚠️ 後の時代の枠組みで単純化しない
- 19世紀前半の社会主義は、後の時代の運動とは前提が違う。
- 暴力革命を主張しない構想も多い。説得と実例によって広げようとした。
- 後に「空想的」と呼ばれるようになるが、その呼び名自体が特定の立場からの評価にあたる。
進歩と歴史
実証主義も社会主義も、歴史に方向があるという前提を共有している(第6章)。
⚡ 19世紀前半の共通の枠組み
- 歴史には段階がある。
- 現在は移行期である。古い秩序は崩れ、新しい秩序はまだない。
- 知によって、次の段階を準備できる。
- この枠組みが、文学にも入る。時代を診断し、方向を示すという役割を、作家が引き受けるようになる。
貧困という新しい問題
産業と都市の変化が、新しい種類の貧困を生んだ(フランス史の領域を参照)。
⚡ 思想の側で何が起きたか
- 調査という方法が現れる。労働者の住居・賃金・健康を数字で記述した報告書が出版された。
- 貧困が、道徳の問題から社会の問題へ移された。怠惰の結果ではなく、仕組みの結果として語られるようになる。
- この転換が、文学の主題にも直結する。貧困を描くことが、社会を描くことになった。
- 同時に、貧困層を「危険な階級」として語る枠組みも作られた。記述の仕方そのものが論点になる。
批判と論点
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 社会を自然と同じ方法で扱えるか | 実証主義の中心的な前提 |
| 法則と自由 | 社会に法則があるなら、人間の選択に意味はあるのか |
| 誰が新しい社会を設計するのか | 技術者か、労働者か、思想家か |
| 進歩の観念 | 20世紀に強く疑われる(第20章) |
2番目は文学と直接関わる。決定論を前提にすると、人物の選択をどう描けるのかという問題が生じる(第11章)。
文学とのつながり
⚡ この時期の文学との関係
- 社会を描くという任務 — 19世紀の小説が、社会全体を記述しようとする志向を持つのは、この枠組みと無関係ではない。
- 貧困と労働 — 新しい主題として小説に入る。『レ・ミゼラブル』が代表にあたる。
- 診断者としての作家 — 時代を診断し、方向を示すという役割意識。
- 調査という方法 — 作家が現場を取材し、資料を集めるという方法は、この時期に確立していく。自然主義でさらに徹底される(第11章)。
⚠️ この時代で混同しやすい形
- 実証主義を「事実の尊重」一般と考える。神学と形而上学を退けるという明確な主張を含む。
- 社会学を20世紀の学問と考える。19世紀前半に構想された。
- 19世紀前半の社会主義を、後の時代の運動と同じと考える。前提が違う。
- 3段階の法則の順序を取り違える。神学的、形而上学的、実証的の順である。
数字で社会を捉える
19世紀前半に、社会を数字で記述する方法が確立した。
⚡ 何が起きたか
- 統計が制度になる。人口・犯罪・貧困・衛生が数えられるようになった。
- 数えられることで、社会が「対象」になる。
- 平均という概念が、人間の集団に当てはめられた。
- この方法が、実証主義の主張を支えた(第10章)。
⚠️ 数字が作るもの
- 何を数えるかを決めることが、すでに1つの判断である。
- 「危険な階級」という語は、統計と道徳的な判断が結びついたところから生まれた。
- 数えることが中立ではないという論点は、20世紀後半に正面から扱われる(第18章)。
- 現在の議論とも直結する。属性を数えるかどうかという争点にあたる(第20章、フランス史の領域)。
実証主義のその後
| 時期 | 位置 |
|---|---|
| 19世紀後半 | 教育と行政に浸透する。共和政の学校の背景にもなる(フランス史の領域) |
| 19世紀後半 | 自然主義の文学が方法として取り込む(文学史の領域) |
| 20世紀前半 | ベルクソンと現象学から批判される(第12章・第13章) |
| 20世紀後半 | 「実証主義」が批判の語として使われるようになる |
⚡ 語の使われ方に注意
- 現在「実証主義的」という語は、しばしば否定的な含みで使われる。
- 19世紀の学説としての実証主義と、批判の語としての用法を区別する(第1章)。
- レポートで使うなら、どちらの意味かを明示する。
⚡ 第10章の通過チェック
- 実証主義の定義と、何を退けるかを言える
- 3段階の法則を順に言える
- 社会学が最後に来る理由を説明できる
- 19世紀前半の社会主義の3つの構想を言える
- 社会主義に共通する4点を言える
- 貧困が道徳の問題から社会の問題へ移ったことを説明できる
- 法則と自由をめぐる問題が、文学とどう関わるかを言える
次章へ
次章は19世紀後半である。科学の権威が最も高まった時期にあたる。
遺伝と環境が人間を決めるという考え方が広まり、小説がそれを方法として取り込む。そして世紀の終わりに、この枠組みへの反動が始まる。その反動の中心に、ベルクソンが現れる。