作法|第9章 卒業論文 — 計画から提出まで
この章の狙い
要点: 卒業論文は、書く技術の問題ではなく、時間の管理の問題である。2万字は、1日500字書けば40日で終わる。終わらないのは、書く前の段階で止まるからにあたる。
この章は3年の春に一度読んでおくためのものである。4年になってから読むと、間に合わない項目が出てくる。
全体の日程
大学と専攻によって細部は違うが、大枠はどこも同じである。
| 時期 | すること |
|---|---|
| 3年 春 | 候補を3つ持つ。授業で扱った作品から選ぶ |
| 3年 秋 | 1つに絞る。先行研究を読み始める |
| 4年 春 | 指導教員に問いを相談する。原文を通読する |
| 4年 夏 | 本論を書く。ここが山場にあたる |
| 4年 秋 | 中間発表。序論と結論を書く |
| 4年 11〜12月 | 推敲(すいこう)、注と参考文献の整備、提出 |
| 4年 1〜2月 | 口頭試問(こうとうしもん) |
⚠️ 間に合わなくなる典型的な形
- 4年の春にテーマを決め始める。先行研究を読む時間が消える。
- 原文を読み切らないまま書き始める。書いている途中で、論が成り立たない箇所が見つかる。
- 夏に何も書かない。秋から2万字は、他の授業と就職活動を抱えたままでは厳しい。
テーマの決め方
⚡ テーマ選びの3条件
- 原文が読める分量であること。『失われた時を求めて』の全篇を1年で原文通読するのは現実的ではない。1篇に絞るなどの限定が要る。
- 邦訳と先行研究が手に入ること。日本語の研究がまったくない主題は、学部では難しい。
- 1年間、飽きずに読めること。これが一番大事にあたる。面白くない作品で1年は保たない。
| 選び方 | 具体例 |
|---|---|
| 授業で扱って引っかかった作品 | 演習で読んだ短編 |
| 好きな作家の、論じられていない作品 | 有名作ではなく、同じ作家の別の作品 |
| 2作品の比較 | 同じ主題を扱った異なる時代の作品 |
| 翻訳の比較 | 同じ作品の複数の邦訳 |
⚡ 指導教員に相談するときの持ち物
- 問いを1行にしたもの(第2章)
- 読んだ先行研究のリスト(数本でよい)
- 扱う版(第5章)
- この3つを持っていくと、話が具体的になる。「何を書けばいいですか」だけでは、まず問いを作るよう言われる。
章立ての作り方
2万字なら、4〜5章が扱いやすい。
| 章 | 内容 | 字数の目安 |
|---|---|---|
| 序論 | 対象・問い・先行研究・方針 | 2,000字 |
| 第1章 | 前提の確認(作品の成り立ち、版、用語の定義) | 3,000字 |
| 第2章 | 分析(1) | 5,000字 |
| 第3章 | 分析(2) | 5,000字 |
| 第4章 | 総合(2つの分析を結び、問いに答える) | 3,000字 |
| 結論 | まとめ・限界・今後 | 2,000字 |
← 横に動かして読めます →
⚡ 章立てで守ること
- 分析の章を必ず2つ以上作る。1つだけだと、根拠が1本しかない論になる。
- 各章の冒頭に、その章で何をするかを2〜3文で書く。読み手が迷わない。
- 各章の末尾に、その章で分かったことを2〜3文で書く。次の章への橋になる。
- 章立ては変わってよい。書きながら変える前提で、仮の形を先に置く。
2万字をどう書くか
⚡ 書き進める順序
- 1. 分析の章から書く。根拠が最も揃っている節から始める。
- 2. 1日の量を決める。500字でも、40日で2万字になる。「今日は乗らない」で止めない。
- 3. 書けない日は、引用を集める・注を整える・文献を読む。手を止めないことが要点にあたる。
- 4. 序論と結論は最後。
- 5. 完成の1か月前に、いったん全部を通して読む。この時間を日程に組み込んでおく。
⚠️ 推敲を最後の1週間に詰め込む
- 注の整備と参考文献一覧だけで、丸1日かかる。
- 引用のページ番号の確認は、本を1冊ずつ開き直す作業になる。
- 提出直前に発見される最も多い問題は、注と参考文献の食い違いである。
詰まったときの対処
| 症状 | 対処 |
|---|---|
| 何を書けばいいか分からない | 問いが決まっていない。第2章に戻る |
| 書くことはあるが並べられない | 見出しだけを10個書き出し、並べ替える |
| 根拠が足りない | 本文をもう一度、目的を絞って読む。探す対象を1つに決めて読み直す |
| 先行研究と同じことを言っている気がする | それでよい場合もある。根拠が違えば、それは補強にあたる(第4章) |
| 論が成り立たないと気づいた | 気づいたことを書く。「当初〜と考えたが、〜のため成り立たない」は正当な記述になる |
最後の行が重要である。仮説が外れることは失敗ではない。外れたと書けることが、研究の作法にあたる。
提出前チェックリスト
⚡ 提出の3日前に確認する12項目
- 序論の問いと、結論の答えが対応しているか
- 各章の冒頭と末尾に、案内と要約があるか
- 引用がすべて原文と一致しているか
- 注の番号が飛んでいないか
- 注に出た文献が、すべて参考文献一覧にあるか
- 参考文献一覧の書式が最後まで統一されているか
- 一次資料と二次資料が分けてあるか
- ページ番号が入っているか
- 表紙に必要事項(題名・氏名・学生番号・指導教員名・提出年月日)があるか
- 字数が規定の範囲に収まっているか
- 人名・作品名の表記が全体で統一されているか
- 提出の方法と締切の時刻を確認したか
口頭試問
- 📘 口頭試問:提出後に行われる、論文についての質疑のこと。論文を読んだ教員から質問を受け、その場で答える。
⚡ 備え方
- 自分の論を3分で説明できるようにする。問い・方法・結論。
- 弱いところを自分で把握しておく。「そこは扱えなかった」と正直に答えてよい。
- 想定質問を5つ作る。「なぜこの版を使ったか」「なぜこの作品を選んだか」「◯◯という別の解釈もあるのでは」は定番にあたる。
- 答えられない質問には、そう言う。取り繕(つくろ)った答えは、すぐ分かる。
中間発表の準備
多くの専攻で、4年の秋に中間発表がある。ここで方向を修正できるかどうかが、最後の数か月を決める。
⚡ 中間発表で示すもの
- 問いと、その理由。なぜこの問いなのか。
- これまでに分かったこと。未完成でよい。分かっていないことも示す。
- 章立ての案。変わる前提でよい。
- 残りの日程。何をいつまでにやるか。
⚠️ 中間発表でよくある失敗
- 完成した部分だけを見せる。詰まっているところを見せたほうが、有益な助言が返ってくる。
- 質問への答えを用意しすぎる。その場で考えて答えてよい。
- 指摘をメモしない。この日にもらう指摘が、最も具体的で最も役に立つ。
章と章をつなぐ
2万字になると、章のあいだのつながりが見えなくなる。次の2つを必ず入れる。
| 位置 | 書くこと |
|---|---|
| 各章の冒頭 | この章で何を扱うか。前章とどうつながるか(2〜3文) |
| 各章の末尾 | この章で分かったこと。次章で何を扱うか(2〜3文) |
⚡ 効果
- 読み手が迷わない。口頭試問で「この章は何のためにあるのか」と問われなくなる。
- 書き手も迷わない。書いている途中で論の位置を見失わない。
- この部分だけを抜き出して並べると、論文全体の要約になる。発表の原稿にそのまま使える。
分量が足りないとき/多すぎるとき
| 状況 | 対処 |
|---|---|
| 足りない | 根拠を増やす。扱う箇所を増やす。あらすじや背景で埋めない |
| 足りない | 例外の処理を書く。自説に合わない箇所を扱うと、必ず分量が増える |
| 足りない | 先行研究との関係を丁寧に書く(第4章) |
| 多すぎる | 引用を削る。分析は削らない |
| 多すぎる | 背景説明を削る。問いに必要な分だけ残す |
| 多すぎる | 扱う対象を1つ減らす。深さを保つ |
⚠️ 分量あわせで最もやってはいけないこと
- あらすじを足す。すぐに分かる。
- 一般論を足す。「現代社会において文学とは」。
- 同じことを言い換えて繰り返す。読み手はすぐ気づく。
⚡ 第9章の通過チェック
- 3年春から4年冬までの日程を言える
- 間に合わなくなる典型的な形を3つ言える
- テーマ選びの3条件を言える
- 指導教員に相談するときの持ち物3つを言える
- 2万字の章立ての配分を言え、分析の章を2つ以上作る理由を言える
- 書き進める順序を言え、序論をいつ書くかを言える
- 提出前チェックの中で、注と参考文献に関わる3項目を言える
次章へ
構成が決まっても、文が論文の文になっていないと読まれない。
次章は日本語で書くである。「だ・である」体、一文の長さ、避けるべき表現、断定と留保の使い分け。中身は同じでも、文体で説得力は変わる。