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CHAPTER 5 作法 読む目安 約5分 / ⚡暗記ボックス 5

作法|第5章 版と本文 — どのテクストを使うか

この章の狙い

要点: 同じ作品でも、版が違えば本文が違う。引用する前に、自分がどの版を使っているのかを確定させる必要がある。

これは形式的な作法ではない。語を数える論、一語の選択を論じる論は、版が違うだけで結論が変わる。

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なぜ本文が1つに決まらないのか

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原因
作者が改稿した 初版と決定版で語句が違う
検閲や削除があった 『悪の華』は初版から6篇が削除された
雑誌連載と単行本で違う 『ボヴァリー夫人』は連載時に一部が削られた
作者の死後に刊行された 『失われた時を求めて』の最後の3篇は本人の校正を経ていない
写本(しゃほん)が複数ある 『ロランの歌』は写本ごとに本文が異なる
  • 📘 異文(いぶん):同じ箇所について、版や写本によって違っている本文のこと。どちらが正しいかを決められない場合もある。
  • 📘 校訂(こうてい):複数の版や写本を比べ、根拠を示して本文を定める作業のこと。これを行った版が批評版にあたる。

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版の種類

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種類 特徴 いつ使うか
批評版(édition critique) 校訂した本文+異文一覧+詳細な注。プレイヤード叢書(そうしょ)が代表 卒論で本文を論じるとき
注釈つき学習版 本文+語注+解説。GF、Folio classique など 授業とレポート。学部では標準
普及版文庫 本文のみ、注が少ない 通読するとき
初版の複製・画像 Gallica などで見られる 初版と後の版を比べるとき
電子テクスト 検索・計数ができる 数えるとき。引用の根拠にはしない

← 横に動かして読めます →

  • 📘 プレイヤード叢書:ガリマール社が刊行している、薄い紙に印刷された革装(かわそう)の全集シリーズ。フランス文学の標準的な批評版として扱われる。図書館の開架か参考図書の棚にある。

学部での現実的な選び方

  • レポート → 授業の指定版。指定がなければ注釈つきの学習版(GF Flammarion、Folio classique、Livre de Poche classique)。
  • 卒論で本文の細部を論じる図書館のプレイヤード版を確認する。買う必要はない。
  • 語を数える → 電子テクストで数え、引用する箇所だけ紙の版で照合する。

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草稿を扱う

  • 📘 草稿(そうこう):刊行前の下書きのこと。フランス語では brouillon、あるいは avant-texte という。
  • 📘 生成研究:草稿を材料に、作品が書かれていく過程そのものを研究する方法のこと。フランスで盛んな分野にあたる。
作家 草稿の状況
フローベール 大量に残っている。電子化されて公開されている部分もある
プルースト 草稿帳(ノート)が残る。刊行版との差が研究対象になっている
スタンダール 書き込みや余白のメモが多い

学部の段階で草稿を直接扱うことは少ない。ただし、「この語は最初こう書かれていた」という研究があることを知っておくと、先行研究の意味が分かる。

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邦訳を使うとき

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訳で読むことは手抜きではない。ただし、論の根拠にするときには条件がある。

⚠️ 邦訳を根拠にしてよい場合とだめな場合

  • だめ:語の選択を論じるとき。「この語が繰り返される」という論を訳文で立てると、訳者が選んだ語を論じていることになる。
  • だめ:文の長さや語順を論じるとき。日本語に訳した時点で変わっている。
  • よい:筋・人物・場面の配置を論じるとき。これらは訳でも変わらない。
  • よい:全体の見取り図を作るとき。通読は訳で行い、分析する箇所だけ原文に当たるのが標準的な進め方になる。

複数の邦訳を比べる

  • 訳が割れる箇所は、原文が難しい箇所である。訳の違いが、そのまま論点の在りかを教えてくれる。
  • 訳者と刊行年を必ず確かめる。古い訳は日本語も研究状況も古い。
  • 「◯◯訳では〜、△△訳では〜」という比較自体が、レポートの切り口になる。原文を添えれば、立派な論になる。

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版を明記する

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使った版は、必ず書く。書かないと、引用が確かめられない。

明記する場所は3つ

  • 最初の注:「本稿における『◯◯』の引用は、すべて次の版による。(書誌)以下、本文中に括弧でページ数のみ記す。」
  • 参考文献一覧:一次資料として、他の文献と分けて最初に置く。
  • 原文と訳を併記するなら、訳の出典も同じように示す。自分で訳したなら「引用の訳は筆者による」と書く。
  • 📘 一次資料:研究の対象そのもの(作品の本文、作者の書簡、当時の新聞など)。これに対し、それについて書かれた研究が二次資料にあたる。参考文献一覧では分けて並べる。

⚠️ 版をめぐって起きる失敗

  • 途中で版を変える。前半は文庫、後半は図書館のプレイヤード版、という形にするとページ数が食い違う。最初に1つ決める。
  • 電子テクストから引用してページ数を書く。電子版にはページがない。紙の版で確かめる。
  • 「岩波文庫」とだけ書く。訳者名・刊行年・版の刷(さつ)まで書く。

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作品ごとの版の事情

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どの作品にどんな版の問題があるかを、代表的な例で見る。自分が扱う作品に近いものを探す。

作品 版の事情
『ロランの歌』 写本が複数あり、本文が違う。どの写本に基づく版かを必ず確認する
『エセー』 著者が生涯にわたって加筆した。版によって分量が違う。加筆層を区別して示す版がある
『悪の華』 初版から6篇が削除された。初版・第2版・後の版で構成が違う
『ボヴァリー夫人』 雑誌連載時に一部が削られた。草稿が大量に残る
『失われた時を求めて』 最後の3篇は著者の校正を経ていない。版によって本文が異なる
20世紀の作品 著者自身が改訂していることがある。決定版がどれかを確認する

確認の手順

  • 手元の本の奥付(おくづけ)と、巻頭の解説を読む。「何に基づく本文か」がたいてい書いてある。
  • 書いていないなら、その版は分析には使えない。別の版を探す。
  • 図書館のプレイヤード版の解説を読む。版の事情が最も詳しく整理されている。

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翻訳を比べる — 実際の手順

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訳の比較は、原文が難しい段階でもできる分析にあたる。

手順

  • 1. 同じ箇所を、2〜3種類の訳で並べる。数行でよい。
  • 2. 違っている語に印を付ける。
  • 3. 原文の該当語を確認する。辞書でその語の語義の幅を調べる。
  • 4. なぜ訳が割れたのかを考える。語義が広い、文化的な含みがある、構文が曖昧、など。
  • 5. その割れが、作品の解釈にどう関わるかを述べる。
訳が割れやすい箇所 理由
自由間接話法の部分 誰の声かが決まらないので、日本語の文末が訳者ごとに違う
代名詞が指すもの フランス語では曖昧なままにできるが、日本語では補うことになる
時制 単純過去・複合過去・半過去の区別が、日本語では消える
敬称と人称 二人称の使い分けが、日本語では言葉づかい全体に及ぶ

⚠️ 訳の比較で気をつけること

  • どちらが「正しい訳か」を判定しない。判定するのは翻訳批評であって、作品の分析ではない。
  • 訳の違いを、原文のどんな性質が生んだのかを書く。そこが分析にあたる。
  • 訳者名と刊行年を必ず示す。「岩波文庫では」では不十分である。

第5章の通過チェック

  • 本文が1つに決まらない原因を5つ言える
  • 異文と校訂を説明できる
  • 版の5種類を挙げ、学部で使うものを選べる
  • プレイヤード叢書が何であるかを言える
  • 邦訳を根拠にしてよい場合と、だめな場合を2つずつ言える
  • 版を明記する3か所を言える
  • 一次資料と二次資料の違いを言える

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次章へ

版が決まれば、引用ができる。

次章は引用と注である。どこまでが引用でどこからが自分の文か、注をどう付けるか、そして孫引きがなぜ禁じられているかを扱う。ここを間違えると、内容がよくても評価されない。

読了の記録はこの端末の中だけに残ります。

📗 読み終えたら、この章の問題で理解を確かめましょう。

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