作法|第6章 引用と注 — 書式と作法
この章の狙い
要点: 引用の作法は、「どこまでが他人の言葉で、どこからが自分の言葉か」を読者に示すためにある。装飾でも儀式でもない。
ここを間違えると、内容がどれだけよくても評価されない。盗用(とうよう)と判定されれば、単位が出ないだけでは済まないこともある。形式を先に覚えてしまえば、あとは機械的に守るだけになる。
引用の2つの形
| 形 | 使う場面 | 書き方 |
|---|---|---|
| 短い引用 | 数語〜1文 | 本文の中に、鉤括弧(かぎかっこ)「 」で入れる |
| 長い引用 | 2行以上 | 改行して、前後に空行を置き、全体を一段下げる。括弧は付けない |
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長い引用は、目で見て「ここは引用だ」と分かる形にする。一段下げるのはそのためである。
⚡ 引用の3原則
- 一字一句そのまま写す。句読点も、漢字と仮名の使い分けも変えない。
- 出典を必ず示す。著者・書名・訳者・出版社・刊行年・ページ。
- 必要な長さだけ。長い引用で紙幅を埋めると、論じていないと判断される。
引用の中に手を加えるとき
そのまま写すのが原則だが、次の3つだけは手を加えてよい。加えたことが分かる印を必ず付ける。
| したいこと | 書き方 |
|---|---|
| 途中を省く | 省いた位置に […] を置く |
| 語を補う | 補った語を 〔 〕 で囲む。「彼〔ムルソー〕は〜」 |
| 強調する | 傍点(ぼうてん)か太字にし、注か引用の末尾に「強調は引用者による」と書く |
⚠️ 引用でやってはいけない4つ
- 文を切って意味を変える。「〜ではない」を「〜」だけ引くのは改竄(かいざん)にあたる。
- 前後の文脈を伏せる。皮肉として書かれた文を、主張として引かない。
- 旧字体を勝手に新字体に直す。直すなら、その旨を注に書く。
- 原文の誤植をそのまま引いて、指摘しない。そのままなら [原文のまま] と添える。
フランス語を引用するとき
原文を引くか、訳を引くか、両方かは、論の中身で決まる。
| 論じていること | 引き方 |
|---|---|
| 語の選択・時制・語順 | 原文を引く。必要なら訳を添える |
| 筋・人物・場面 | 訳だけでよい |
| 詩の音・韻・音節 | 原文を引く。訳では音が消える |
⚡ 原文と訳を併記する形
- 原文を先に置き、そのすぐ後に訳を括弧か次の行で示す。
- 引用符は、フランス語では « »(ギユメ)を使う。日本語の文中に組み込むときは「 」でもよいが、論文全体でどちらかに統一する。
- 訳が自分のものなら、「訳は引用者による」と一度書けばよい。毎回書かなくてよい。
- 例:ラシーヌ『フェードル』の « Le jour n'est pas plus pur que le fond de mon cœur. »(陽の光も、私の心の底ほどには清らかではない)
- 📘 ギユメ:フランス語の引用符 « » のこと。内側に半角の空きを入れるのが正式な組み方にあたる。
注をどう付けるか
- 📘 脚注(きゃくちゅう):そのページの下に置く注のこと。読者がすぐ見られる利点がある。
- 📘 後注(こうちゅう):章末または論文末にまとめて置く注のこと。本文が読みやすくなる。
どちらでもよいが、論文の中で統一する。学部のレポートでは脚注が扱いやすい。
| 注に書くもの | 例 |
|---|---|
| 出典 | 引用の根拠となる書誌とページ |
| 補足 | 本文に入れると流れが切れる説明 |
| 他の説の紹介 | 「なお、◯◯はこれと異なる見方を示している」 |
⚠️ 注に書いてはいけないもの
- 主張の核心。大事なことは本文に書く。注に隠すと、読まれない。
- 感想。「私はこの場面が好きである」は注にも書かない。
- 本文と無関係な知識。知っていることを見せるための注は、かえって印象を悪くする。
2回目以降の出典の書き方
同じ文献を何度も引くとき、毎回全部を書かなくてよい。
| 状況 | 日本語での書き方 | ラテン語の慣用 |
|---|---|---|
| すぐ前と同じ文献 | 同書、◯頁 | ibid., p. ◯ |
| 前に出た文献(間に別の文献あり) | 前掲書、◯頁(著者名を添える) | op. cit., p. ◯ |
| 参照せよ | 参照 | cf. |
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⚡ 最も簡単な方法
- 最初の注で「以下、本文中に括弧でページ数のみ記す」と宣言する。
- 以降は本文中に(123)と書くだけでよい。注の数が激減する。
- 複数の作品を扱うなら、(『ボヴァリー夫人』123)のように略称を添える。
孫引きの禁止
- 📘 孫引き(まごびき):他人の論文に引用されている文章を、元の文献に当たらずにそのまま引くこと。原則として禁じられている。
⚠️ なぜ禁じられるのか
- 元の文献に誤りがあっても気づけない。引用のミスはそのまま受け継がれる。
- 前後の文脈が分からない。引用者が都合よく切った箇所を、さらに切ることになる。
- 確かめていないものを、確かめたように書くことになる。これが問題の本質にあたる。
どうしても元の文献が手に入らない場合は、次のように書く。
⚡ やむを得ない場合の書き方
- 「◯◯(原典の書誌)。ただし△△(引用元の書誌)、◯頁より引用。」
- 正直に書けば、誤りではなくなる。隠すことが問題になる。
- ただし、まず相互利用で取り寄せることを試す。数百円と1週間で解決することが多い。
どこまで出典を示すか
「自分で考えたこと以外は全部」が原則になる。
| 内容 | 出典が要るか |
|---|---|
| 引用した文 | 要る |
| 他人の説を自分の言葉で要約した | 要る(引用符は不要だが出典は必要) |
| 作品の刊行年・作家の生没年 | 一般的な事実なので不要(ただし説が割れるなら要る) |
| 本文から自分で数えた結果 | 不要。ただし数え方を書く |
| 授業で教員が話した内容 | 要る。「◯◯先生の授業(20XX年)による」 |
⚡ 迷ったら付ける
- 付けすぎて減点されることはない。付け足りないと盗用を疑われる。
- 書きながら付ける。あとから「これはどこで読んだのだったか」を探すのは、書くより時間がかかる。
引用を論に組み込む
引用を貼っただけでは論にならない。前後に必ず自分の文を置く。
⚡ 引用の前後に置く3つ
- 前:なぜここを引くのか。「エマの心理が地の文に溶ける箇所を見る。」
- 引用:必要な長さだけ。
- 後:何が起きているか。「ここで『〜と彼女は思った』が省かれている。」
- さらに後:だから何が言えるか。「したがって、この文は誰の判断とも決められない。」
| 悪い形 | よい形 |
|---|---|
| 引用が段落の最後にある | 引用のあとに、必ず2文以上の分析を置く |
| 引用が連続して3つ並ぶ | 1つずつ、あいだに分析を挟む |
| 引用が5行以上ある | 必要な1〜2行に絞る。残りは要約で足りる |
| 引用の直前に「以下に引用する」とだけある | なぜ引くのかを書く |
⚠️ 引用の量の目安
- 本文全体の1割を超えたら多すぎる。4,000字なら400字まで。
- 引用が多いレポートは、分析が少ないレポートにあたる。
- 削るときは、引用を短くする。自分の分析を削らない。
詩を引用するとき
行の切れ目が意味を持つので、散文とは扱いが違う。
⚡ 詩の引用の作法
- 3行以内なら、本文中に入れてよい。行の区切りを / で示す。「Les sanglots longs / Des violons」。
- 4行以上なら、改行して原文の行のとおりに組む。
- 行番号を付ける。分析で「3行目の」と指せるようにする。
- 原文で引く。訳では音節も韻も消える(第14〜16章)。
出典表記を軽くする工夫
注が多すぎると読みにくい。次の3つで減らせる。
| 工夫 | 書き方 |
|---|---|
| 本文中の括弧に統一 | 最初の注で宣言し、以降は(123)だけ |
| 略号を決める | 複数作品を扱うとき、最初に「以下、『ボヴァリー夫人』を『B』と略す」 |
| 同じ段落で連続する引用 | 段落末にまとめて1つの注を置く |
⚡ どの方法でも共通すること
- 最初に一度、規則を宣言する。読者が迷わない。
- 最後まで同じ規則で通す。途中で変えない。
- 迷ったら、指導教員や授業の指示に従う。分野ごとに慣習が違う。
⚡ 第6章の通過チェック
- 短い引用と長い引用の書き分けを言える
- 引用の3原則を言える
- 引用に手を加えてよい3つと、その印を言える
- 原文を引くべき場面と、訳でよい場面を分けられる
- 脚注と後注の違いを言え、注に書いてはいけないものを言える
- 孫引きが禁じられる理由を3つ言え、やむを得ない場合の書き方を言える
- 出典が要るものと要らないものを分けられる
次章へ
引用が本文の中の作法だとすれば、参考文献一覧は論文の末尾の作法である。
次章は参考文献一覧を扱う。とくにフランス語の文献の書き方には、日本語とも英語とも違う決まりがある。型を覚えれば、あとは埋めるだけになる。